まずは情報収集
「本当にこちらで合ってるんですか?
お嬢様には似つかわしくないと言いますか、その…」
「ええ、合ってるわ」
ゴクリ
よし、行くか。
「いらっしゃい!ごめんなさいね、今準備中――って、え、お貴族様? 」
やっぱりマントで隠してもドレスは目立つのか。
夜会に着て行くようなデザインじゃなくて、普段着用のワンピースドレスなんだけどな。
「ご機嫌よう。『スペシャルドリンク』をお願い出来るかしら」
「あれま、これは驚いた。
少々お待ちを」
そう言って、開店準備をしていた店員が奥に消え、戻ってきた。
「こちらへどうぞ。
申し訳ないけど、護衛の人は待機しててくれるかい? 」
「なっ! お嬢様1人で行かせろと言うのか!
あり得ない、同行させてもらう」
「いいわ。心配してくれてありがとう。
15分経っても私が戻らなければ突入して(コソッ)」
「しかし…」
「大丈夫、行ってくるわ」
「っ、お気をつけて」
「お待ちしてます、お嬢様」
ごめんなさい。護衛対象が、1人で行動するなんて嫌よね。すぐ戻るから。
――コンコン
「マスター、お連れしましたよ」
「どうぞ」
「じゃ、私はここまでなんで。ごゆっくり」
「案内ありがとう」
「……どういたしまして」
案内されたのは、ゲームと同じ地下室だった。
ドアを開けると、地下とは思えない広々とした空間が広がっていて、まるで小規模な図書室の様だ。
「ご機嫌よう。マスターとお呼びすればいいかしら」
「ご自由に。貴族と言うから、どなたかと思えば。
まさか公女様がいらっしゃるとは」
フードで顔の半分は隠れている、怪しげな男。
その正体は、代々王家の影として暗殺業を生業にするカルマン伯爵家の次男、フリド・カルマン。
私とは2歳しか変わらないはず。
そんな人が、すでに情報屋の頭をしているなんて恐ろしい。
教育に良くないよ、そういうの。
「あら、一目見ただけで分かるなんて、さすがですわ。
それとも、どこかでお会いしたことがあるのかしら」
「へー。怖いもの知らずなお嬢様だね。
護衛もあっさり置いてきたみたいだし」
「私は依頼に来ましたのよ。
ここは依頼人を殺すような店ですの? 」
「なるほど。これは1本取られたな」
――ピコン
〈フリド好感度0%〉
何、これ。彼の頭の上に変なものが。
「どうかされましたか? 」
「あ、いえ(気づいてない? 音も鳴ったのに、まるでゲームの効果音みたいな)」
「そうですか。では依頼内容をお聞きしましょう」
どうなってるの?
私に対する好感度が0%ってこと?
「王太子殿下とジオン様の情勢が知りたいの。
あと、王族派と貴族派の動きも」
「それを知ってどうするのです?
婚約者の為に、王太子殿下を害するつもりですか」
「やめて! 冗談でもそのような言葉、口にしないで。
不敬よ」
「では何故です」
ビクッ
声色が変わった。フードで見えないはずなのに、視線に刺し殺されそう。
「私は、公爵家の人間として、ジオン様の婚約者として知っておきたいだけです。それ以上それ以下でもありません。
それに、王太子殿下はとても優秀な方です。
きっと良い世を治めて下さるでしょう」
「王太子殿下が失墜すれば、君が未来の皇后になれるのに?」
「おかしなことを言うのね。
皇后は幼い頃より教育を受けた者なら誰でもなれるの。
だけど、優れた王は教育を受けたところでなれやしないわ。代わりなんていないのよ」
「――愚王なら、誰でもなれるけど? 」
「ええ」
「フッ、ククッ。面白い、本当に愉快な人だ。
そうだな、いくらくれる? 」
依頼を受けた! 言葉は間違ってなかったみたいね。
好感度は上がってないけど。
「いくらがいいの」
「ふーん、そうくるか。
じゃあねぇ、君っていうのはどう? 」
「は? 」
「だから、君。
何も嫁に来いって言ってるわけじゃない。
お友達になりたいんだ」
それって、フリドがヒロインに言うセリフじゃ―――…
「どう? お買い得じゃない?
王家の情報なんて、トップランクの依頼だ。
下手したら命だってない。
それを、友達になるだけで手に入れられるんだよ?
破格だと思うけど」
そりゃ願ったり叶ったりだけど、裏がありそうで即答出来ない。
だって、好感度0%のままだし。
このセリフは、一定の好感度数に達しないと見れないスチルのはずよ。
「顔を隠したままの得体の知れない人物と友達になれと? 」
「うん、一理ある。
でも得体の知れないとは言い過ぎじゃない?
君から依頼してきたのに。
いいよ、顔見せてあげる。名前も住んでる場所も教えようか」
フリドは椅子から立ち上がり、ゆっくりと距離を縮めてくる。
「・・・近づかないで」
ううっ、近すぎる。
この距離なら簡単に殺されちゃう。
そして、フリドの顔が触れてしまいそうなほど近づいた。
「そしたら、もう戻れなくなっちゃうね」
ヒッ。
「おっお友達になります!
顔はかくしたま、名前も通り名とかそういうのでいいです」
「そう?
つれないな。まあ、これから仲良くなればいいか。
気軽にフリドと呼んでくれ」
それ本名ー‼︎
うっ、まさか私がイケメンに弱いなんて!
想定外よ。思い返せば、前世は包容力全開の1個上の先輩と付き合っただけ。包容力以外全て平均値。
今はジオンと定期的に面会(私が一方的に話すだけ)のみ。
まあ、顔だけは良いからね。
あんなのが好きだったなんて、記憶を抹消したいわ。周りも一緒に。
「返事は? マリア嬢」
「マッ、マリア⁈ いつ私が名前を許したのです!
せめて、フィロース嬢と呼んで下さる? 」
免疫が無さすぎて辛い。
完全に主導権を握られてしまった。
「友達なんだから、構わないよね。
情報は要らないのか」
「親しき仲にも礼儀ありですわ」
「ナニソレ。もしかしてジオン殿下の為? 」
「違います」
「……で、今日はどこまで知りたいんだ。
全部教えると、逃げられちゃいそうだしね」
「では―――」
ふう、疲れた。
けれど、これでハッキリしたわ。
やはりジオンは王の器ではない。
第2后妃に唆されて、甘い蜜を吸おうとする蝿が王族派にも貴族派にもいるようだけど。ごく少数。
王太子殿下が生きてさえいれば、決して覆すことは出来ない。
ふふっ。憂鬱だったけど、少し明日が楽しみになったわ。