ささやかな仕返しを
◆◇◆◇◆
「お父様、お義母様、メリー、おはようございます」
「ああ。おはよう、マリア。
珍しいな、緑は嫌いなんじゃなかったのか?
しかも滅多に着ない淡い色味だ」
早速、メイドに持ってきてもらったドレスに着替え、食堂へ向かった。
あらあら、すごい顔ね、メルンお義母様?
「ええ。緑色はお母様が亡くなった日に着ていたドレスの色で苦手だったのだけれど、せっかくメルンお義母様がプレゼントして下さったから着てみましたの。
淡い色は、私の顔立ちには似合わないから避けてきたのですが…いかがです? 」
「っっ⁉︎(マリアっ、私を非難する気⁉︎ )」
よくやるわ、大人がこんな地味な嫌がらせを。
私が幼い子供だったらトラウマものよ?
「そうか。マリアは凛とした美人だからな。たしかに普段の方が似合っている。
それから、無理をして嫌いな色を纏う必要はない。
メルンも知らなかったのだろう。許してやってくれ」
「ごっ、ごめんなさい、マリア。ぐすっ、私知らなくて。貴方に似合うと思ったの。良かれと思ってプレゼントしたのよ? でも、ひどいわ。教えてくれたら、すぐに違うドレスを用意したのに! うっ」
知らなかった?
まさか忘れたの? 貴方がこのドレスを寄越した時、メイドに言わせたセリフを!
私はちゃんと覚えているわよ。あの日のこと。
「お嬢様、奥様からの贈り物です。
伝言も預かっておりますのでお伝えします。
――マリア、貴方の大好きな緑色の良いドレスを見つけたから贈るわね。きっとよく似合うわ、あの女の最期とお揃いで嬉しいでしょう――
以上でございます」
知らなかったなんて、よく言うわ。
せめてメイドに言わせるんじゃなくて、手紙でも書いてくれれば良かったのに。
そうしたら、この場でお父様に見せられたのに残念。
「そうですか。あの時、お義母様も居合わせてらっしゃったから、てっきり覚えてらっしゃるのかと思っておりました。
私が嫌っているのは、屋敷の者なら誰でも知っていますし……。
でも、ご存知なかったのでしたら良かったですわ」
「(ピキッ)え、ええ。そうなの、ごめんなさいね」
「本当に良かった。てっきりお義母様に嫌われてしまったのかと不安になっておりましたの。
だって、わざとだったら――あまりに、ねえ」
「くっ」
お顔に皺が寄ってますわよ。自慢の若作りの顔が台無し。
「・・・、とりあえず座りなさい、マリア。
お前には私から新しいドレスを買ってやろう。好きなクチュリエかクチュリエールを呼ぶといい。
メルン、帰ったら少し話を聞こう」
「まあ、ありがとうございます! お父様」
「あっ…分かりましたわ。旦那様」
やーね、そんな恨めしそうに見ないでよ。
バラさなかっただけ感謝して欲しいくらい。
朝食を終え、部屋に戻ると赤いレースのドレスが掛かっていた。
私がすぐ着替えるだろうと、用意してくれたのね。
さすが、公爵家のメイド。素晴らしい。
もう完璧である必要はないし。少し歩み寄ってみようかな。
距離も近い方が、色々助けてくれるだろうし。
何より、お世話されることへの違和感が半端ない。
うん、だんだん頭もスッキリしてきた。
今の私と前世の私、どちらの記憶も上手く整理出来てきたわ。
ん? まって、明日って入学式じゃない!
まだ、作戦も何も考えてないのに、いきなりヒロインとエンカウントするの⁉︎
冗談じゃないわ。
とにかく、情報が必要よ。
ゲームでは詳しく語られてなかった(語られたとしても頭に内容入ってない)けど、王太子とジオンの情勢が気になる。
それによって、誰に取り入るかも変わってくるし。
たしか主要キャラに情報屋のマスターがいたわよね。
場所は――郊外にある孤児院の近くの食堂。
「セバス、出かけるわ。馬車の準備を。
あと、2人ほど護衛をつけて」
「かしこまりました。
2人ですか。では、ベテランの者を呼んで参ります」
「腕が確かなら誰でも構わないわ。
急いでるから、すぐ連れて行ける人を選んでちょうだい」
「しかし」
「いいの。仕事が出来るなら平民でも良くてよ。
私、貴方の目利きを信じてるわ」
家令のセバスにそう告げて10分。準備が出来たと言われ、外に出ると御者と緊張した面持ちの青年が2人、私を待っていた。
早。めちゃ早。
セバスのことは信じているけど、あまりの早さに少し不安になったのは内緒だ。
「ありがとう、セバス。
こんなに早く用意してくれるなんて、さすがね。
夕方までには戻るわ」
「とんでもございません。
――行き先を伺っても宜しいですか」
そうか、何て言おう。考えてなかった。
「えっと、色々? 」
「危ない所には行かれないと約束して下さいませ」
「当たり前よ。行くわけないじゃない」
「失礼致しました。
お気をつけて」
「ええ」
「「「いってらっしゃいませ」」」
◆◇◆◇◆
御者に行き先を告げてから、微妙な空気が続いている。
沈黙が気まずいわ。
「こほん。急で申し訳なかったわ、今日はよろしくね」
目の前に座る、護衛2人にそう言うと、ビクッと肩が跳ねた。そんなに? ちょっと傷ついたよ、私。
「いえっ! むしろ光栄です‼︎
ただ、その。私共は平民でして、普段は警備についているので、貴族のご令嬢を直接護衛させて頂くのが初めてで」
おいおいおい、セバスの目利きは大丈夫なのっ?
初めて護衛する人達に命、預け難いんだけど。
「今まで護衛経験がないの? 」
「はい。フィロース家にお世話になる前までは、ベリオ商会の専属護衛をしておりました」
なんだ、良かった。貴族が初めてってことね。
「あら、ベリオ商会と言えば王都で1位2位を争う商会じゃない。倍率も高かったでしょう? 」
「ええ、まあ。ですが、諸事情ありまして新しい働き先を探したところ、フィロース家に雇って頂きました」
「そう、色々あったのね。
まあでも気にしなくて良いわ。私がセバスに平民で構わないと言ったの。
だって護衛を任せるなら、身分より実力が大切ですもの」
「「おっ、お嬢様! 必ずお守り致します! 」」
「ありがとう、頼もしいわ」
いっそ砕けた話し方に変えてくれても良いのよ。
もっと気楽にいきたいわ。貴族めんどい。
そんなこんなしているうちに目的地に着いた。
おー、ゲームの世界のまんまだ。当たり前だけど。
決して綺麗な場所ではないけれど、経験した事のない空気感って良いかも。
悪いのに惹かれるって、こういう原理かしら。