糞ゲーに転生したらしい
「紗南ちゃん、『秘匿された公女と真実の愛』のティーザー見たっ? 王子ちょーカッコよくない? 」
「あー、見た! なんか作画めっちゃ気合い入ってるよね。もうすぐ発売でしょ? 予約しちゃおっかな」
「マジそれな! え、しようよ。私予約したよぉ。
予約特典、ランダムでポスターついてくるし」
「じゃあ、お互いの推しきたら交換しない? 」
「するするー! 」
◆◇◆◇◆
「何じゃ、この糞ゲーはっ‼︎ 」
ガバッ
あれ、朝?
というか、ここどこ。何、このスイートルームみたいな部屋。
「んー、今何時……あれ、私、こんな声だっけ」
変な夢。これも全て、あの糞ゲーのせいね。
『秘匿された公女と真実の愛』――発売前は、あまりに綺麗なスチル絵と人気声優の起用により、ネット界を沸かせていた。
しかし発売後、別の意味で話題沸騰する。
“主人公ぶりっ子すぎ問題”
終始イライラするぶりっ子具合と、お花畑すぎる頭の中…もとい、選択肢のせいで、嫌悪感を感じるプレイヤーが続出したのだ。
そりゃね、乙女ゲームのプレイヤー8割は女子ですよ。
ぶりっ子嫌われるから、女に。
どんなに絵と声が神でも、頭にストーリーが入ってこないのよねー。ウザすぎて。
――コンコン
「お嬢様、失礼致します」
「どうぞ(あれ、口が勝手に)」
「本日はどのドレスにされますか」
ピッチリ髪を結わえたメイド達がゾロゾロと入ってきた。
え、何コレ。どういう夢?
「んー、そうね。この前買った、赤いレースのやつにするわ」
「かしこまりました。では失礼致します」
ちょっ、ええっ⁈
服くらい、自分で脱げるわ!
というか、私も私で何、さも同然みたいにされるがままになってるの。
「お飲み物は如何されますか。
アッサムティー、葡萄ジュース、レモン水をご用意しております」
「アッサムにするわ(ほんと、何で口が勝手に。てかお嬢様って何! 貴方達、誰!)」
「かしこまりました。どうぞ」
寝起きで紅茶ってキツくない? 朝食と一緒にだったら分かるけど、胃空っぽでカフェイン、気持ち悪くならないの。
「――――ますか。お嬢様…マリアお嬢様」
そうそう、そういえばライバル役の悪役令嬢がマリアって名前だったわ。
なかなかエゲツない子だったけど、相手がお花畑じゃあねえ。むしろ同情するわ。あんなのに婚約者奪われるなんて。ご愁傷様。
「マリア様、何か粗相でも致しましたか? 」
私を見て、ビクビクと怯えるメイド達。
ああ、そっか。返事してなかったわね。
何でかしら。さっきからずっとマリアが呼ばれていたのに――――。
「えっ」
「あの、マリアお嬢様? 」
「マリア…私の名前? 私が、マリア……」
「ど、どうされたした?
お医者様をお呼びしますか? 」
マリア、私はマリア。
――フィロース公爵家の長女、マリア・フィロースよ!
「大丈夫。
今朝、変な夢を見たから頭が混乱していたみたい。
ねえ、やっぱり赤のドレスはやめるわ。あの、淡い緑にしてちょうだい」
「っ⁉︎ メルン様がお買いになった、あのドレスですか?
しかし、あれはお嬢様が捨てろと仰っていたものでは 」
「ああ、そうだったわね。もう、捨てちゃった? 」
「い、いえ。一応メルン様からの贈り物ですので、保管してあります」
あら、捨てろと言ったのに、黙って取っておいたのね。
まあ、いいわ。今回はファインプレーよ。
「……そう。じゃあ、それにするわ。
一応、お義母様からのプレゼントだし。
1回くらい着て差し上げなきゃ。そう思わない? 」
「ひっ、あっ、左様でございますね。
さすが、マリアお嬢様でいらっしいます。
メルン様も、さぞ御喜びになるでしょう」
震えちゃって、お可愛いこと。
「じゃあ、すぐ持って来て。
あと、朝食まで時間があるでしょ?
1人になりたいわ」
「ですが、お支度が」
「いいわ、1人でやるから。時間になったら呼びに来て。
ドレス、早くね? 」
「はっはい。かしこまりました! 」
バタバタバタッとメイド達が慌てて部屋を出る。
「・・・嘘でしょ、コレ。
私、いつの間に悪役令嬢に転生したのぉーーーーー‼︎ 」
何ということっ!
私、マリア・フィロースは前世の記憶を思い出した。
日本という国で、小鳥遊 紗南は大学生だった。
死因は…たしか工事中の建物から鉄筋が落ちて来たんだっけ。死ぬわ。むしろ下手に後遺症とか残るより、即死で良かったかも。親には申し訳ないけど。
にしてもねー。よりによって乙女ゲームの中に転生するなんて。しかも、糞ゲーの悪役令嬢。
はあ。何で今まで思い出せなかったのかしら。
うーん、手足の感じからすると幼くはないわよね。
中学、いや高校生ぐらい?
もはや、その歳だったら転生じゃなくて憑依に近い気がする。
「けどなー。私の記憶が、ちゃんとマリアだって言ってるのよねー」
そう。公爵家に生まれ、物心ついてから今日までの記憶がしっかり在る。
ゲームには一切出てこなかった描写だ。
困ったな。えーっと、ストーリーどんなだっけ。
思い出せる限り、書き出すか。
マリアはヒロインの相手役、第2王子のジオンの婚約者。
第2后妃が息子のジオンを国王にする為に、同年代で唯一の公女だったマリアを婚約者にしたのよね。
だけど、市井で育ったヒロインに出会って、恋に落ちた。
ついでにヒロインは、レクトール大公の落胤だったっていうね。だったら、そのまま市井で暮らせよ。
マリアは幼い頃より王室に嫁ぐ為、厳しい教育を受けてきた。5歳の時、母親が病死。後妻のメルンには邪険にされている。妹のメリーを嫁がせたくて、私が邪魔なのだ。
だから自分の居場所を作る為、益々己を磨き、他を寄せ付けないほど“完璧な公女” と呼ばれる令嬢になった。
それが、ヒロインが出て来た途端、ポイだもんね。
嫌がらせするに決まってるわ。
まあ、悪いことしたらバレるもんで、散々ジオンと第2后妃に利用されたあげく、断罪されて投獄。そしてギロチン。
いや、おかしいだろ。
あー、腹が立ってきた。マリアもマリアよ。
ジオンのどこが良いの? 王太子になる為に兄を毒殺して、その罪をマリアになすりつけたのよ⁉︎
クズ中のクズじゃない!
とりあえず、断罪は避けなきゃね。
あんなくだらない死に方嫌だわ、絶対。
あと、虐める気なくても、ウザヒロインにイライラし過ぎて冷たくしちゃいそう。
なるべく避けつつ、空気になるしかないか。
一応婚約者だから、エンカウント不可避だけど。
ん〜、逃げるだけじゃ癪だわ。
ジオンと第2后妃は、潰そう。国王には第1王子になってもらおう。王太子のポジション死守してくれ、全力で。
メルンとメリーもムカつくわ。
今までコケにしてくれた分、やり返してやる。
「ふふっ、うふふ。
マリア、安心しなさい。紗南が目覚めたからには、必ず生き延びてみせるわっ」