08わたしにできる事
「……はぁ」
どうやら、公爵様はわたしがお気に召さなかったらしい。
それは「住む世界が違う」と言われてしまえば「そのとおり」としか答えようがない。
かちゃり……
だが、外すことができない呪いのアクセサリーのせいで、この家から出て行く事も出来ない。
せっかく美味しく出来たのに……何だか味がしなくなってしまった。
後で、しっかり謝罪して、この屋敷に留まることを許可してもらわなければ……
わたしは、モソモソと残った料理を平らげ、皿を片付ける。
「……貴女も、手伝ってくださったのに……申し訳ありません」
『大丈夫です、気を落とさないでください。……ああ見えて、旦那様は本当はお優しい方です』
魔導人形のバードラさんから慰めの言葉が出て来ておもわず目を擦ってしまった。
こぼれそうになっていた涙も、びっくりして引っ込む。
『ただ、今はあの忌まわしい呪いのせいで女性不信におちいっているだけです』
「……でも、屋敷から出ていけ、と……」
『貴女は……あの旦那様へ呪いをかけることができるのですか?』
「いいえ! 呪いだなんて、絶対に無理です……」
それどころか、簡単な魔法すら使えない。
『では問題ありません。明日以降も引き続き、誠心誠意、旦那様へお仕えするように』
「は、はい……」
『ただし、今後、料理は普通の食材を利用しなさい?』
「かしこまりました」
魔導人形のバードラさんの取り成しもあり、わたしが屋敷から追い出されることはなかった。
しかし、貴族の令嬢とは、普段どんな生活をしているのだろう……?
妹は煌びやかなドレスを纏い、呼び寄せた友達とカードやボードゲームをしたり、川遊びをしたり、お茶会を開いたり……
いろいろな人と交流を深めていたのを見ているが、自分には友人と呼べる人も居ないし、娯楽のための道具など何一つ持っていない。
結局、魔導人形のバードラさんにお願いして、実家に居た時同様、屋敷中に散らばっている旦那様の皮膚から零れ落ちた海産物を片付けたり、そのついでに、美味しそうなものは塩水でよく洗って干物にしたり、掃除をしたり……と、そんな作業を手伝わせてもらうことにした。
全く何もすることが無くて手持無沙汰より、無心で手や足を動かしている方が気分が楽だ。
それに、魔導人形であるバードラさんのつるつると滑らかな指は、公爵様から剥がれ落ちたヌルヌル、ヌメヌメした呪いの海産物を掴むことが得意ではないらしく、掃除に四苦八苦していたので、そこはちょうど良かった。
『ミルティア様が掃除を手伝っていただけると、とても、はかどります』
ここ数日のうちに、魔導人形のバードラさんからは、名前で呼んでいただけるほど、良くして貰っている。
特に、掃除の腕がみとめられたみたいで、おもわず頬が緩んでしまう。
『部屋が奇麗だと気持ちが良いですね。それでは、今後は、旦那様の寝室の方もお願いできますか?』
「はい、かしこまりました」
『旦那様の寝室は、それ以外の部屋とは比べ物にならないくらい汚れています』
公爵様が通った後にはどこをどう歩いたかわかる位、ポロポロと垢のような皮膚の欠片やらフナムシやら……色んな分泌物が落下している。
普段、引きこもっていらっしゃる寝室はそれはひどい有様だそうだ。
わたしは、バードラさんから教えていただいた公爵様の寝室の扉の前までたどり着いた。
貴族の礼儀にのっとり、ノックの回数は3回。
だが、返答はない。
……お留守なのかな?
今度は召使のマナーとして、5回のノックを行う。
これは「これから掃除に入ります」という合図なのだそうだ。
それでも反応が無ければ、無人の部屋として、清掃に入ることを許される。
しばらく待っても反応は無い。
「……失礼いたします」
かちゃり……
扉を開けると、そこは酷い有様だった。