07《公爵side》はじめてのミルティア2
思わず私は、俯き加減で何処か不安気な表情の彼女をまじまじと観察してしまった。
婚約者になど興味はなかったから、先程触れた時も「女」という以外の感想は無かったが、よくよく見ると伯爵令嬢としては、かなりおかしい少女だ。
年の頃は10代後半だろう。ほとんど凹凸が無く、痩せて貧相な体つき。
一切の飾りっ気が無い安っぽい木綿の服。
婚約者として紹介されなければ少年と勘違いするような短い髪。
ただ、溢れるような高い魔力を保有しているであろうことは、鮮やかな薄緑の髪からも、伏目がちの長いまつ毛の色からも、そして、深い緑の瞳からも推察ができる。
私が社交界に居た頃でも、ここまでの高魔力持ちが居れば、さすがに話題の一つに上っているはずだ。
「……では、まず貴女が食べてみなさい」
流石に、こう言えば、何も答えられないはず……
私はそう考えていたのだが、
「はい……では、失礼いたします」
と、答えると、彼女はその吸盤の付いた呪いの化身を、何の戸惑いも無く口に運び、さくり、と噛み切った。
「……な……!?」
無音の室内に、小さな小さな咀嚼音が妙に大きく響いた。
「……ご安心ください。美味しく、出来ております」
少し安堵したようにわずかに目じりを下げる少女。
いやいやいやいやいや、違う。
断じて、違う。
そこは安心すべきところではないし、心配すべきは「味」ではない。
そもそも、それ自体を口にしてしまった事に対して、不安を覚えないのだろうか?
「フンっ!! 貴女は魔女ですか?」
思わず問いただす口調に険が混ざってしまった。
「え? いえ……?」
私の姿を初めて見た時よりも驚いたような顔で首をかしげる少女。
あまりに予想外の言葉を投げかけられた、とでも言いたいのか。
そして、すぐにしょんぼりと項垂れながら「魔女、では……ございません。……申し訳、ありません……」と弱々しく口にした。
キツイ言い方をしてしまったこちらの罪悪感を掻き立てるような態度。
もし、仮に、これが演技だとしたら稀代の名詐欺師……いや、もっとすごい得体のしれない何かになれることだろう。
「フン! こんな気色の悪いもの、口にできる訳が無いでしょう! 下げなさい! 私にこれ以上の呪いをかけるというのなら容赦しません。さっさとこの屋敷から出て行きなさい!!」
私は、椅子を蹴って立ち上がり、俯いた少女を置き去りにして自室に戻ると、寝室の魔法石に触れながら叫んだ。
「バードラ、見ていたんでしょう!? 何なんですか!? あの娘は!!」
触れていた魔法石から通信用の魔道具が発動し、寝室のひび割れた鏡に見慣れた男の顔が映る。
彼はバードラ。
彼は私がこんな不気味な呪われた姿になってしまっても、私に仕えてくれている。
唯一の信頼できる部下、と言っていい男だ。
攻撃や回復のような魔法は苦手だが、諜報や通信……そして、この屋敷中の整備をしている魔導人形の操作などは私よりも巧みにこなす。
恐らく、私に問いただされる事を予想していたのだろう。
ニヤニヤと……私がこの姿になってからはかなり珍しく、楽しそうな弾んだ様子で答えた。
「坊ちゃん、嫁さんはあのコにしましょう! 俺は、断然、気に入ったね! 彼女なら『奥様』と呼んでやっても良い!」
「はいぃっ!?」
「いやぁ、おもしろい子ですよ? それに、あの潜在魔力量は坊ちゃんの正妻として申し分が無い。家格だって伯爵家ならギリギリ不自然ではない玉の輿だし……」
「発言と行動が奇怪すぎますっ!!」
「でもねぇ、坊ちゃん……」
私が幼い頃から面倒を見てくれていた年齢不詳のバードラが、少し目を伏せ、伸び始めた己の無精ひげを撫でる。
これは、彼が少し真面目な話をする時の癖だ。
「坊ちゃんの呪いを一切嫌悪しない女性なんて、はじめてですよ……あのコ、自分が呪われたらどうするんだ? と尋ねた時に何て答えたと思います?」
「……私が、知るはず無いでしょう……」
「『その方が幸せかも?』ですよ? 本当に、一体どんな環境で育てばああなるんでしょうね?」




