06《公爵side》はじめてのミルティア
これは、本格的におかしな女が来た。
確かに……いままでの婚約で、私の、この姿に動じないフリのできる剛の者は存在した。
とはいえ、直接、この『呪い』が、その素肌に触れると、流石に顔色を変え……しばらくすると破談の申し込みを入れて来る。
相手の素肌に引き剥がしたばかりの蠢いているような『呪い』を貼りつけてやったのに、顔色一つ変えない猛者は今回が初めてだ。
そもそも、私は結婚など、この呪いを受けた時から、とうに諦めている。
同じ勇者パーティに居た『聖女』ですら匙を投げるような強烈な呪いなのだ。
当然、呪われる前に組まれていた婚約は、この姿を見た相手の気が狂ったと言われ破談となった。
深窓の令嬢ではそれも仕方がないだろう。むしろ、気の毒な事をしてしまった……
そう思って相手の実家には礼をつくしていたのだが、その後、彼女はさっさと別の伯爵家に嫁いでいた事実が発覚する。
その話を知った時は、気が狂った以外のもう少しマシな言い訳は無かったのかと罵ってやりたい気分だった。
だが、それ以降、私が何か手を下した訳ではないのだが、何故か相手の実家は財政に破綻をきたし、お家取り潰しとなってしまったのだ。
結局、私に残ったのは、裏切り者の元婚約相手の実家を呪い潰した冷酷非道男、というレッテルだった。
それでもなお、こうして縁談の希望が来るのは、私に仕えている忠実な部下の仕業だ。
ヤツが「お家断絶は忍びない」とばかりに、多少格下の侯爵家やら伯爵家に婚約の申し込みを贈りまくっていると聞いた時は思わず怒鳴ってしまった。
だが、『公爵家』というブランドと財力、そして血に宿る潜在的な魔力。
……それは、当主である私がこんなおぞましい姿になってなお、欲に溺れたハゲタカたちを呼び寄せる力を持っているらしい。
その後も、何人もの令嬢との縁組が持ち上がったが、そのほとんどが、この自分の姿を見ると泣いて許しを請うか、半狂乱で逃げ出そうとするか……腰を抜かして恐怖のあまり失禁した女もいた程だ。
そして、その反応の方が普通のものである、と認識している。
だが、これは何だ?
私は、思わず目の前でちんまりと控えている少女を睨みつけた。
「これはどういうことです?」
私の目の前に並んだ夕食を一瞥して、眉間の皺をさらに深く刻み込む。
「はい、先程のお言葉どおり、公爵様の皮膚より湧き出た『呪い』を調理いたしました」
「呪いを……調理……」
おかしさのレベル……いや、存在の階層そのものが違う。
衣を纏い、ホカホカと湯気を立てているこの揚げ物には、あのおぞましい生き物の吸盤が見える。
タムネギがたっぷりかけられたこの前菜にも、真っ赤に茹で上げられた呪いが薄くスライスされている。
……落ち着きましょう? 大きく深呼吸してください、私。
考え込むように左手を額に当てると、ぬちゃっとした自分の手の感触。
……この身体から湧き出た代物を……調理、ですと?
私の耳、壊れていませんよね?
「……はい。あの、この呪いを食べてみろ、と、おっしゃっていましたので……」
リラン伯爵家と言えば、特にこれと言った特産も無く、海が近いだけの領地だったはず。
こんなぶっ飛んだ感性の女が存在しているとは想定外だ。
「……カルパッチョと揚げ物に……してみました」
カルパッチョと揚げ物。
何でしょう? 調理法が新種の精神攻撃に聞こえるのは気のせいでしょうか?