55《公爵side》ミルティアの手紙
『拝啓 マリクル様
春の花が咲き、光に満ちた季節、いかがお過ごしでしょうか?
こちらは、リラン伯爵家にて、義妹をはじめとするわたしの家族達が、飛ぶ鳥を落とす勢いで魔物化する時期を迎えております。
腐敗したイカの足が活発に生い茂り、幼き少女の命を日々、脅かしているようです。
つきましては、少女の命を救うべく、私、ミルティアは、一旦実家に戻ることといたしました。
わたしが実家に戻りさえすれば、人質となっている少女の命を助けることが可能だそうです。
念のため『サッキンコーカ』なる効き目の豊富な石灰を持ちましたので、取り急ぎ、誘拐されに行ってまいります。
マリクル様におかれましては、ご心配とお迷惑をおかけしてしまい申し訳ありません。
なお、本日の夕ご飯のおかずは、いつもの『時空保管箱』に入れてあります。
旬の貝をたくさん使ったアクアパッツァを作ってありますので、バードラ様とお召し上がりください。
かしこ ミルティア』
「「ミルティア様ァァァァァッ!!!」」
私がミルティアの手紙を読んで、思わず大声で彼女の名を叫んでしまったせいで、バードラとシーラ……そしてアルスまでもが、その手紙を覗き込む。
そして、ほぼ同時に叫び声を上げたのはバードラとシーラだ。
「いや、うん? あの、これ、どこからどうツッコんだらいいのかな……」
アルスが少し困惑した様子で私に笑いかけているけれど、それを私に聞かれても困ります!
「何で毎日会って会話している婚約者との手紙に『時節の挨拶』をぶち込むんだよ! それに『飛ぶ鳥を落とす勢いで魔物化する時期』って、オブラートに包もうとして大失敗してますし! そもそも『誘拐されに行ってきます』ってなんじゃあああああぁぁぁぁ!!! こっちの夕ご飯の心配をしている場合じゃありませんよっ!!! それに、かしこ、じゃないんだよ!? かしこ、じゃ!!!」
はい、バードラが私の言いたい事の半分くらいは叫んでくれました。
「坊ちゃん!!! これは、戻ったら、手紙の書き方をきちんと教えてあげないと!」
「バードラ様! お手紙の書き方もそうですけど、それ以前の問題が多すぎますわっ!!!」
そうなのだ。
この手紙を持って大急ぎで王宮に駆けつけてくれたソンチョとの会話と総合すると、どうやらミルティアは、何らかの原因で魔物と化した家族達から、使用人の娘を助ける為に実家へ戻る決断を下したらしい。
確かに、私が一度リラン家に行った際に、妹が私と同じ呪いの首飾りを着けてしまった所は目撃している。
さすがにミルティアにその事を伝えるのは酷かと思って黙ってたのだが、どうやら裏目に出てしまったようだ。
魔物化とはおそらく、その事だろう。
しかし、バードラ曰く、リラン家では『私の婚約者の実家』という身分さえ手に入れれば、ミルティア自身には興味が無いらしく、彼女を始末しようとした形跡が複数見て取れるとのこと。
それは私も感じていたので、異論は無い。
そんな中に、たった一人で飛び込んでいくのはあまりに危険すぎる。
念のため、大急ぎで造らせた婚約指輪。
偶然とはいえ『トリニティ・ローズ』という最上級の守り石を使う事ができたので、魔法的な防衛能力についてはかなり万全に近い状態だ。
とはいえ、物理的な防衛能力の面ではそれほど強いものではない。
ヘタな話、相手が攻撃魔法を使ってくるようならかすり傷一つ付けられないが、相手がナイフを振り回して来たら、ミルティアの防衛能力など紙同然。
ごくごく普通の婦女子程度……いや、体格が華奢で小柄な分、一般的な成人女性よりも低い可能性が高い。
成人男性が力づくで拘束しようとすればたやすいだろうし、複数名居れば、手籠めにすることすら可能だろう。
がたんっ!
私は、作業していた机を乱暴に突き動かす様にして足を進める。
「マリクル? どこへ行くつもりだい?」
「決まっているでしょう? ミルティアのところです!!」




