05タコを調理しよう!
「すごい……なんて立派な調理場……」
思わず驚きの声が漏れたのは仕方がない話だ。
公爵家では、一般の平民である召使が使えるような『魔道具』も大量にあるらしく、一番驚いたのは、強く押すと奇麗な水が出て来る蛇口だ。
毎朝、井戸から汲み上げなければならない水汲みは、家事のなかでもかなりの重労働。
ここでは、それが免除されているというだけで、かなり炊事や洗濯の手間が省ける。
しかも、食材も調味料も、実家とは比べ物にならない。
驚いたことに、これらを使って一日三食、わたしまで食事をとって構わないというのだから、おもわず、顔から眼玉が零れ落ちるかと思ったほどだ。
い、一日三食なんて、夢のよう……!
折角だし、このタコさんも美味しく調理しよう!
わたしは、教えられた調理器具の中から探し出した包丁を、目と目の間、眉間に刺し入れた。
一瞬にして白っぽく色を変えるタコ。
そのまま、魔法で汲み上げられている蛇口から流れ出す奇麗な水でよくタコのぬめりを洗いとる。
くるん、と胴体部分をひっくり返して内臓や墨袋を取り、さらに塩でよく揉む。
実家では専ら、少し砂の混じった安い塩を使っていたのだが、ここのお塩は真っ白で上質すぎて、使うのが少しもったいないくらいだった。
タコの周りについているヌメリと、公爵様の皮膚の名残(?)のようなモノを洗い流すころには流石の生命力を持つタコも大人しくなっていた。
今回、公爵様の右手から生えていたタコさんは胴体部分が男性のこぶし大。全体でも私の肘くらいまでの大きさなので、大根で優しくトントンと繊維を断ち切るように叩いてから、かまどで沸かしたたっぷりのお湯でサッと茹でる。
白みがかった灰色のタコの色が艶やかなあずき色に染まり、8本の足がくるん、と丸まる。
茹で上がったタコは、公爵様の皮膚から湧いて出たとは、とても信じられない、普通のゆでダコに仕上がっていた。
わたしは、その足をおそるおそる齧ってみる。
「……おいしい……」
まだ熱々のタコの身からじゅわぁっ、と溢れ出すうま味。
ほど良き塩味がさらに食欲をそそる。
丁寧に大根でしごいておいたおかげで、その身はぷりぷりで歯ごたえがありながらも硬すぎず、サクッとした歯切れのよい状態に仕上がっている。
うん、うん。これは……なかなか……噛めば噛むほど湧き出すタコ汁が……茹でただけなのに実に美味しい。
気づけば、たこ足1本を己の腹に納めてしまっていた。
『な、何をしているんですか?』
その様子に、調理場で手伝ってくれていた魔導人形のバードラさんが質問をしてくる。
彼女(?)の口調が、驚いていたような気がするのだけど……最高品質の魔導人形だから、きっと感情表現も存在しているのだろう。
「はい、美味しく茹だったかどうかの味見です」
『…………な、なるほど?』
「公爵様にお出しするんですから、美味しくなければいけないですよね……?」
わたしの回答に、何故か魔導人形のバードラさんから「ぶぼばっ! ザザザ、ごそがささっ!!」という、誤って熱した油に水をぶちまけてしまったような音が響いた。
「あ、あの? 大丈夫ですか??」
『失礼いたしました。……音声が乱れました。あー……貴女は、呪いから生まれた生き物を食べたりして、自分も旦那様のように呪われる危険性を考慮しなかったのですか?』
……わたしも公爵様と同じように青黒い皮膚に変わり、海産物が生えて来るようになるのかしら?
だとしたら、これと同じ新鮮な食材が簡単に手に入るようになるのだ。
どうせ、他にわたしが生きていける所も無いし……見た目は少し強烈だが、わたしも呪われてしまえば、同じ呪いを持つ者同士、案外、仲良くやれるかもしれない。
「いっそ、その方が幸せなのかも……?」
ぽつり、と呟いた私の言葉に、魔導人形さんは何も答えず、ただ、赤く輝く瞳を点滅させていたのだった。
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