43《伯爵side》人を呪わば……
「があああぁぁぁぁぁっ!! かっ、がっ、ぐぅぅぅぅぅあああああ!!!」
ばりんっ!! ばきっ!! べしん!! だぁんっ!!
乙女の声とは思えない野太い唸り声をあげ、シスターナは手あたり次第、室内の家財に当たり散らしていた。
軽いもの……書籍や化粧箱のようなものは、四方八方に投げ飛ばし、重いもの……テーブルや棚には、腰や背中から生えた触手を叩きつける。
シスターナは荒れ狂っていた。
「ひ、ひぃぃぃぃ……お、お許しをっ、お許しを……!」「神様、お助け下さい、神様っ!!」「ご慈悲を……! ご慈悲をッ!」「くそっ、あの女が勝手に屋敷を出るから……っ! なんで俺達が……!」
部屋の片隅ではリラン家で働く召使い達が半泣きで身を縮めながら震えている。ある者は神に祈りを捧げ、ある者は荒れ狂う主の慈悲を願う。
それは、さながら地獄絵図。
レンロット公爵などからは「頭があまり良くない」と評されたシスターナだが、それは正確とは言えない。
彼女の頭脳には、突出している得意分野があった。
……それは「弱者を追い詰めること」だ。
格上に歯向かえるだけの知性も能力も無い彼女だが、絶対的強者として弱者の尊厳をくじき、人格を否定し、絶望の深淵に叩き落すのは得意中の得意だったのだ。
事実、呪術師を屠ったのはシスターナだが、残りの二人を処刑し、その心臓を抉り出し、その中に自分の身体から分泌されているヘドロを詰め込み、それをレンロット公爵領の農地に埋める……という常軌を逸した一連の行動は部屋の片隅で震えあがっている召使達にやらせている。
もちろん、彼等・彼女等の家族は人質として地下牢に捕らえているし、必要とあらばその人質を目の前で拷問するなど造作もない事だ。
特に、今の姿になってからは、背中や腰から生えた触手で軽~く拘束し、優し~く撫でてやるだけでも効果は十分。
この姿になる前も、自分よりも格下の子爵令嬢を虐めにより社交界からほぼ追放したり、魔法の苦手な気の弱い伯爵令嬢にそっとならず者をけし掛けた事もある。
ならず者に純潔を奪われた令嬢は、将来に絶望して修道院に入ってしまった……と専らの噂だが、その真相は明らかにはなっていない。
ただ、シスターナの嫌がらせを受けていた令嬢が修道女になってしまった例はその一人だけではない。
先代のリラン伯爵に仕えていた召使たちが大勢残っていた頃はまだブレーキがかかっていたのだが、その筆頭だった元の料理長が退職してからは、シスターナに苦言を呈するような者達は、難癖をつけられて追い出されてしまっていた。
そして、今までは、リラン家の中で、彼女のサンドバック代わりだったのは義姉のミルティアだったのだ。
召使である彼等も、シスターナやババンレーヌと同様に、ミルティアを虐めて居れば、それなりに平穏な生活をおくることができたのである。
そして、ミルティアという防波堤を失ったシスターナの嗜虐性は、当然弱者である召使たちに牙を剥く。
ここにきて、ようやく彼等も蛇蝎の如く忌み嫌っていたミルティアの重要性について思い至ったのである。
ただ、その思考の方向性は「申し訳ない事をした」「自分たちが愚かだった」という自省ではなく、「あの女がココから出て行ったのが悪い」という……明らかな逆恨みなのだが……
そして、そういう思考へと誘導をしているのがシスターナとババンレーヌだ。
「るう”ぉぁぁぁぁぁっ……おぼぼぼぼぼっ、ごぼっぼご、げぼっ、あああああっ!!!」
びちびちびちびちっ!! ぼだだだだっ!!! ばじゃじゃじゃじゃ………
そもそも、最近、シスターナの機嫌はかなり良かったと言って良いだろう。
ジュバックの教えたやり方で『呪い返し』を実行すると、あの膿と垢と粘液塗れだった身体から、その不快な汚れが明らかに減ったのだ。
聡明で優しく可憐な自分の姿が戻って来つつあることに、彼女は歓喜していた。
ところが一転。
一体何があったのか、突如、怒りに満ち溢れた顔で周り中に当たり散らし、そして、口から、目から、鼻から……いや、体中の穴と言う穴から、臭く黒いヘドロがあふれ出し、じゅぅじゅぅと、その内部を焼いている。
口や鼻のような外気に触れている部分だけではなく、臀部からも湯気のような煙が巻き上がっている。
「お、おーのーれぇぇぇ……お姉さまぁぁぁ……!!! けほっ、げほっ!!!」
何故、こんな事になったのか?
呪い返しをしていたシスターナの脳裏に映ったのは、埋められた心臓から瘴気のようなモノが広がって行く姿だった。
枯れはて、萎れていく植物に右往左往しかできない有象無象共。
その滑稽な姿は、愉快でシスターナの優越感を実に満足させるものだった。
これで……農地が全滅し、困り果てたレンロット公爵に援助の名目で文を出せば、彼は喜んでシスターナのところに来てくれる……そう考えていたのに。
ところが、映像は、そんな楽しいだけのものではなかったのだ。
気づけば、逃げ出した農民たちが、桶に入れた白い粉を農地に振り撒き始めたのだ。
さらには、あの緑の髪の疫病神が農民のジジイと一緒に、なにやら白い粉を撒きながら大地に埋められた心臓に近づいて来る。
そして、楽し気に微笑むミルティアの手から放たれた白い粉で視界の一つが覆われた瞬間、焼け爛れるような痛みと共に、唐突に理解したのだ。
あの白い粉は何か『浄化』の魔力が付加された強力な呪い返しである……ということを。
逆流した呪いが臓腑に激痛と不快感をまき散らす。
だがシスターナの命を奪う前に、おもわず体外へと、そのヘドロを放出できたのは不幸中の幸いか。
吐き出した口や鼻……その溢れ出るあまりの量の多さに目の方まで流れ込んだヘドロを必死に吐き出さんと暴れまわり、のたうち回る令嬢だったイキモノの姿を、死んだジュバックが見たらせせら笑ったに違いない。
当然、下着やドレスで覆われた下半身は大惨事だ。
ふと、気づけば……まだ、あと2つの視界が残っている。
「ちょ、ちょっと、待って……待ちなさいっ!!!」
ミルティアは農民のジジイと談笑しながら白い粉を撒き散らかしているようだが、まさか、この激痛……あと2回も味わわなければならないのか?
シスターナがそのことに思い至り、戦慄した瞬間、ミルティアの姿が視界の一つに近づいて来るのが映った。
「おねえさまああああぁぁぁぁ!!!!」
だが、彼女の絶叫が、遠く離れたミルティアに届くことは無かった。
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