04呪われ公爵と悪食令嬢
目に飛び込んで来た公爵様は、青黒いタコの化け物のようなお顔だちだった。
さらには、体の至る所から軟体生物の足やらナマコのようなものが生え、シャコのような甲虫が膿と垢で塗り固められた皮膚の下を蠢きまわり、それがときおり、皮膚ごと崩れ落ち、床には海産物がぼてぼて散っている。
ああ、あの、濡れたような音はこの皮膚が剥がれ落ちた音か。
床に落ちてなお、うねうねと蠢く生き物からは強烈な磯の香りが広がる。
上半身に衣を纏っていないのは、頻繁に皮膚ごとタコやらカメノテやらが剥がれ落ちるせいなのだろう。
普通の貴婦人が見たら悲鳴を上げるような惨状。
表情は少しわかりづらいが、両方の瞳の少し上……眉間部分に深いしわが刻まれているから、おそらく不機嫌なのだろう。
ちょこん、と瞳の前に乗っているメガネと二足歩行を行っているところが、人間だった頃の面影を残している。
ああ、それと、瞳の形はタコさんではなく、人間のものだ。
それが、救いなのか……それとも、逆に不気味さを割り増ししているのか……
元々はイケメンだったらしいのだが、その面影は、一切……無い。
皮膚の色も髪の色もヌメヌメとした分泌物に覆われよく分からない。
普通は、この、ぬらっとした青黒い肌が婦女子の生理的嫌悪感を刺激するのだろう。
確かに。これは『呪われ公爵』と謳われるだけのことはあるわ……
流石のわたしも、思わず口をぽかんと開けて目の前の怪物の姿をまじまじと見つめてしまった。
「どうです? 恐ろしさに声も出ませんか?」
「……いえ、申し訳ございませ……ッ!?」
がっ!
思わず頭を下げそうになったわたしのあごを公爵様が掴んだ。
その途端、彼の右手の甲から生えていたタコの足が、べちゃりと、わたしの顔に張り付く。
うじゅる、うじゅると蠢き、ひんやりと冷たくぬらぬらとした粘着質な八本の足。
皮膚をきゅぅきゅぅ吸い上げ張り付く吸盤。
これは……本当に新鮮なタコとしか思えない感触だ。
……と、言うか、正真正銘のタコだ。
タコが公爵様の右手から生えているのだ。
「これらは海の中に巣食う悪魔と呼ばれる生き物ですよ? 私は『呪い』のせいで、こういった異物が体の至る所から湧き出る体質なんです」
微笑んでくださったのか、それとも怒っていらっしゃるのか。
唇を三日月型に歪ませ、もぞもぞと皮膚の下で何かうごめいているような頬を引き上げる。
「……ああ、そうだ。私の妻となる気があるのなら、この『呪い』を喰ってみせなさい。別に構わないでしょう? どうせ、妻になったらこのバケモノに抱かれるんですからね!」
公爵様はそういうと、左手で右手の甲に生えていた皮膚ごと引きちぎり、わたしに張り付いていたタコをそのままべったりと顔から胸元に押し付けて部屋から出て行ってしまった。
思わず、ぽかん、と完全停止してしまったわたしだが、張り付いたタコがうねうねと服の中に入り込もうと活動しはじめたので、思わずタコの胴体と足の間……瞳の少し上部分をぎゅっと握りしめて、この活動的な呪い(?)の急所を〆る。
本当は小さなナイフかピックが欲しい。
なおも抵抗をし、腕に絡みつくタコだが、胸元からは簡単に引き剥がすことはできた。
しかし……実家で生活していた頃も、この手のゲテモノには事欠かない食生活を送っていたのだ。
見かねた前の料理長が、食べられるものであれば何でも調理できるように、わたしに料理の基礎からイロハまで叩き込んでくれている。
伯爵令嬢にあるまじき技能ではあるのだが、まさか、それがここで生きるとは……
うーん……見れば見る程、新鮮なタコ……
これを食べてみせろ、っておっしゃっていたから……
わたしは、隣に佇んだままの魔導人形のバードラさんに声をかけた。
「あの……調理場をお借りする事はできますでしょうか?」
『……はい?』
「先ほどの公爵様のご命令どおり、こちらの呪い(?)を調理しようと思いまして……」
『…………はい?』
魔導人形がこちらの質問を聞き返すなんて……本当にすごい魔術を仕込んでいらっしゃるようだ。
やはり公爵家。格が違いすぎる……
しばらくすると、魔導人形のバードラさんの瞳が赤く輝いた。
どうやら、わたしの質問の答えが出たらしい。
『了承いたしました。調理場へ案内します。……ついて来なさい』
わたしはまだまだ元気に腕に絡みつくタコを握り締めたまま、彼女(?)の後を追った。