32《伯爵side》ババンレーヌの企み再び
「これはどういうことですの!?」
ババンレーヌはいきり立っていた。
「落ち着きたまえ、マダム・ババンレーヌ」
「そもそも、あの呪いのネックレスは貴方の作品でしょう!? ジュバック!! 何とかしてわたしの可愛いシスターナを助けなさいな!」
ババンレーヌに糾弾されているのは黒いフードを被った呪術士だ。
彼は不愉快そうに口をへの字に曲げている。
……フードのおかげで人相もハッキリはしないが、声や手・口元・首筋の様子から、おそらく若い男性である、と推察できる。
「さて、一方的に吾輩を責めているようだが、君も吾輩に伝え忘れていることがあるのではないかね?」
ただし、その口調や伯爵夫人に対する尊大な態度は若い男のものではなく、もっと老猾なものを思わせる雰囲気が漂っていた。
「………ッ!」
「吾輩はアレを販売する時に言ったはずだ。あの小憎たらしいレンロットのガキのような魔力の高いヤツは『呪い返し』を行う可能性が有ると」
「そ、それは……でも、まさか、レンロット公があの出来損ないで教養も何もない、みすぼらしい女に興味を持つなんて……!」
ババンレーヌにとって、ミルティアとは嫁いできた時から完全なる邪魔者でしかない。
幼い頃に魔法封じを施してからというもの、貴族として育てて来たつもりはなく、名簿の改竄さえ済んでしまえば、邪魔なミルティアなど、いつでも殺すつもりでいたのだ。
だが、いざミルティアが成長してしまえば、それなりに掃除・洗濯・炊事と雑用を器用にこなすうえに、余計な口は叩かない娘に成長したし、無給料で死ぬまでこき使える奴隷を一匹飼っているようなもの、と考えて大いなる慈悲の心で生かしてやったのだ。
「やれやれ……」
ジュバックと呼ばれた呪術師はあからさまにため息をついた。
聞けば、レンロットの小僧から『解呪』方法を聞き出してなお、ババンレーヌ達はそれを実行できていないらしい。
第一、『一緒に食べろ』と言われていたはずなのに、自分の娘にだけは別の食材で誤魔化そうとしたそうなのだが……全く持って『呪い』に対して無知としか言いようが無い。
『解呪』に欺瞞など通用するはずがない事すら知らないのだろうか?
それとも自分達に都合の悪い情報はいっさい頭に入らないのだろうか?
ちなみに、一方的に海の魔物を喰らう羽目に陥った男は、それからというもの……まるで去勢されたように大人しくなり、何故か髪を全部剃って神に祈りを捧げる日々を送っているという話だ。
魔物によっては副次的な毒を持つモノもあるし……よほどショックな後遺症でもあったのだろう。
「良いかね? そもそも『愛』とは別に恋愛に限った話である必要性は無いのだ。『家族愛』も立派な『愛』だよ、ババンレーヌ。君がそれほど娘を想っているならば、君自身が『解呪』に挑戦するべきではないのかね?」
「!!??」
その言葉を聞いて、明らかに顔色を変えるババンレーヌ。
『愛する者同士で同時に呪いから湧き出た魔物を喰う』
たったこれだけの事なのに、それがよほどキツイらしい。
だが、ジュバックにとっては、金払いは渋く、自分の提示した注意はロクに守らない癖に、トラブルの尻ぬぐいを押し付けようとして来るクレーマーになど興味は無かった。
「それでは失礼するよ。吾輩をそんな理由で呼び出さないでもらいたいものだ」
「なっ!? ……ふん、伯爵夫人である私にそんな口を利けるのかしら? 貴方はもう私とは一蓮托生なのよ」
コトン……
「!?」
差し出されたのは一つの宝石。
これは、あの『呪いのネックレス』に使われていた石の一部である。
「これは、レンロット公爵自身が呪いを上書きする際に外れてしまったもの、と言って置いて行ったのだけど……最初に購入した時に付いていた数とは合わないのよ? 貴方になら分かるでしょ? ジュバック。 ……その意味が」
今度、顔色を悪くするのはジュバックと呼ばれた男の方だった。
作成者であるジュバックがこの宝石を見間違えるはずがない。
これさえあれば、少し魔法に詳しい者ならそこに残った魔力から『いつ作った物なのか』『どこで作ったのか』『術者の魔法の癖』などなど……かなり詳細な情報まで引き出せてしまう。
最初は4つ付いていたはずの宝石の内、一つはここに。
二つはまだシスターナの付けているネックレスに付いたまま。
では、最後の一つはどこにある?
ギリィ……ッ!
ジュバックは奥歯をきつく噛みしめた。
呪いの魔道具作りそのものが法に触れる行為だ。とはいえ、それ自体、抜け道などいくらでもある。
だが、こんなツマラナイ小遣い稼ぎのくだらない仕事が原因で自分が捕らえられる訳にはいかない。
自分の繋がりの中には魔王崇拝の闇教団があるのだ。
しかも、この呪いのネックレスに使った宝石の一部がその教団の手掛かりとなることは必至。
幸か不幸か……辛うじて、教団との繋がりを示す石は、紛失したものではなく、まだシスターナの首にぶら下がって……もとい、埋もれている。
そう言った意味では、シスターナの愚行は、首の皮一枚ジュバックの命を繋いだ訳だが……そんな事を感謝する気にはなれない。
万が一、自分が捕らえられようものなら、法に裁かれる前に、教団の手によって、どんな処刑をされるか知れたものではない。
その為にも、シスターナから首飾りを外して証拠を隠滅する事は必須だと言えた。
「……っち、仕方がない。吾輩も手を尽くそう……」




