03公爵家とオートマタ
乗合馬車を4つ乗り継ぎ、レンロット公爵家に到着した。
公爵家ともなれば、多くの魔導カラクリが起動しているらしく、無事にわたしを『輿入れ』させた証文を得た二人の兵士は逃げるように帰って行った。
噂どおり……その屋敷は、かなり人が少なかった。
いや、正直に言うと……人は誰も居ない。
代わりを務めていたのはなんと、魔術による魔導人形だ。
言葉を発する魔導人形には思わず目を丸くしてしまった。
彼……いや、彼女? は、こちらには有無を言わせず、一方的に命令しては、設定されたであろう次の行動へと移ってしまう。
だけど、一方的に命令されるのには慣れっこだ。
むしろ、わたしに対する嫌味や文句、粗を見つけてあげつらうことが無い分、とても気が楽だ。
『荷物はこの部屋に置きなさい。此処がこれからの貴女の部屋です』
「かしこまりまし……た!?」
え? こんな上質なお部屋……!?
案内された部屋は塵一つ無く奇麗に掃除されており、ベッド、机、椅子……それに照明の魔道具や暖炉まで付いていて、妹や義母の部屋よりも広くて奇麗。
わたしの部屋だった地下倉庫の一角とは雲泥の差だ。
こ、こんなボロボロの荷物……何処に置けば……
だが、迷っている間にも魔導人形さんは『荷物を置いたらついて来なさい』と、次の指示に移っている。
わたしは、部屋の床の隅……可能な限り邪魔にも汚れにもならない場所に荷物を置くと、大急ぎで魔導人形さんを追った。
『ここで跪き、首を垂れて主の到着を待ちなさい。お声を掛けられ、指示があるまで顔を上げても、声を発してもいけません』
「かしこまりました」
わたしは魔導人形さんの指示どおりその場にうずくまる。
しばらくすると、公爵様がお見えになったらしい。コツコツ、という足音に混じって、少し不思議な『ぐしょ、ぐしょ』とか『ぱちゃ、びちゃ』という、濡れた何かをまき散らすような音が響いて来た。
そして、ふわりと香る海の匂い。
何だろう? ここは実家とは違って海からは離れているはずなのに……
「……貴女がリラン伯爵家から来たという娘ですか?」
予想よりも丁寧な声色が降って来た。
わたしのような者にも敬語を使ってくださるなんて、もしかしたら公爵様ご本人ではなく、執事長様や家令様なのかもしれない。
「……はい。ミルティア・リランと申します」
それだけ答えると、またしばらく時間が過ぎ去る。
「……貴女は、いつまでそうしているつもりです?」
「……」
しかし、わたしは声を出すことも動くこともできなかった。
まだ『動いて良い』とも『下がって良い』とも言われていない。
実家では、命令された事以外の行動をとると折檻されるのが常だが、命令を忠実に実行しすぎると「臨機応変な対応ができない」と文句を言われるのが普通だ。
折檻と文句であれば、文句の方がマシなのは火を見るより明らか。
わたしは、不機嫌そうにため息をつく男性の声に少し不安を覚えながら……それでも大人しく跪き、視線を床に張り付けていた。
「はぁ……バードラ、彼女に何を命じたのですか?」
どうやら、この魔導人形さんには『バードラ』と言うお名前が付いているらしい。
『はい、旦那様。『ここで跪き、首を垂れて主の到着を待ちなさい。お声を掛けられ、指示があるまで顔を上げても、声を発してもいけません』と命じてあります』
「なるほど。……貴女はそれを忠実に実行している訳ですね、ミルティア。私の問いに答えなさい」
「……はい、さようでございます」
私は床を見つめたまま小さな声で答えた。
「ふん……オートマタの発言にすら忠実に応える事で従順なフリをしているつもりですか? この私が世間から何と呼ばれているか知っているでしょう? 呪われ公爵ですよ」
声は自嘲気味な笑いとわたしに対する侮蔑が色濃く含まれていた。
だが、この丁寧な話し方は公爵様ご自身のものであるらしい。
「それでも私の妻となる気があるのなら顔を上げて私をご覧なさい」
その言葉に、わたしはようやく固まった身体をゆっくりと起こし、目の前の男性を見上げた。