29《伯爵side》そして因果は巡る 3
「ナドルくんはウチのシスターナを愛してくれているんだよね?」
「これは、リラン伯爵……はい、もちろん愛しております! お恥ずかしながらこのナドル、麗しのシスターナの事を考えただけで胸が高鳴り、心は打ち震え、彼女の微笑みを我が瞳に映した瞬間、天女の抱擁を受けた気分です」
行きつけの娼館に幾人もなじみが居る事などおくびにも出さず、ナドルはぺらぺらとよく回転するその舌を動かした。
実際のところ、彼はシスターナを最も大切に扱っていた。
シスターナは、少しわがままで移り気ではあるものの、割と単純で御しやすい性格だ。
そして、子爵家の次男坊に過ぎない自分に『伯爵家の跡取り』の椅子を用意できる。
そのうえ、見た目は「上の中」レベル。
さらに貴族特有の【回復魔法】を扱えるのもポイントが高い。
自分の祖父と先代のリラン伯爵の仲が良かったせいで、あんな貧相で役に立たない女と書面上は婚約者にされてしまった……彼は、それを人生の汚点だと考えているようだ。
事実、貴族の間で家格の低い男が「姉」から「妹」へ婚約者を乗り換えるのは、「姉」が死亡してしまったとか、今回のように、ものすごく格上の貴族から「姉」に対して婚姻の打診があった……という、本当にどうしようもない事情以外では、あまり褒められたものではない。
それをかき消す為にも、シスターナには誠心誠意尽くしている。
多少の打算と欲に塗れているが、彼の言う「愛している」はあながち間違ったものではない。
「ただ、ここ数日はどうしたことか部屋に閉じこもりきりで……ボクも顔を見ていないのです。シスターナに会えない日々は、まるで太陽が枯れはてた世界の終わりのようで……」
「あ、あぁ……そ、そうだな、君には感謝しているよ。毎日欠かさずウチのシスターナに手紙や贈り物を届けたり、こうやって直接顔を見せてくれる。私も、早く君のことを息子と呼びたいものだ」
「……!! リ、リラン伯爵!」
パパーダの言葉に歓喜の表情を浮かべるナドル。
「だが、私は、あるものを食べることができる男でなければ息子と呼ぶに値しないと考えている」
「は、はぁ? ……あるものを食べる、ですか?」
少し想定外な条件に、思わずナドルは問い返す。
貴族家ごとに「武力」を重視していたり「魔力」を重視していたりと、それぞれの価値観が存在している。
そのため、格下の家格の男性が婿養子となるためには『○○という魔物を倒して来い』とか『魔道具に○○以上魔力を注ぎこまないと認めない』とか……ある程度の難題が提示される例は多い。
だが、『○○を食え』というのは聞いたことがない。
リラン伯爵家は消化能力を重視しているのか?
しかし、考えようによっては、食の好き嫌いが無いナドルにとって、これは実に好都合だ。
伯爵位ランクに相当する魔物討伐となれば文字通り命がけだ。
「しかし、私のシスターナへの愛を証明する手段がそれだとおっしゃるのならば、どんなものでも平らげてみせましょう!」
「おおっ!! ありがとう、ナドル君!」
何故か、その言葉に、異様なほど、ぱぁっと明るい表情を浮かべるパパーダ。
その態度がおかしいと気づく前に、パパーダに連れられてシスターナの部屋へと通された。
「ボクの愛しのシスターな゛っ!?」
「ああ、ナドル君はそこに腰かけてくれたまえ」
勧められたのは、一人用の小さな椅子とテーブルだ。
なんだここは!?
本来、日当たりが良いであろう南側の窓は全て真っ黒の覆いが掛けられ、女の子らしい内装とのちぐはぐさが際立っている。
それより何より、ものすごくクサイ!!




