23《バードラside》呪いと祝福と
『……で、坊ちゃん、リラン伯爵家ではどうでした?』
「何というか……その……毒親に育てられた馬鹿娘が豪快に自爆してしまって大変でした……」
なかなかひどい言われようである。
しかし、詳細に話を聞けば、坊ちゃんがそう纏めるのも分かる話だった。
なんでも、坊ちゃんと同じ呪いを自ら受けてしまった令嬢は、泣くわ、喚くわ、挙句の果てには『公爵様が私を愛してくれないなんて、間違ってるわ! あんなお姉さまの何処が良いのよっ!!』と言い出す始末だったそうだ。
一応、正式な婚約者が居るはずなので「そちらでどうにかしてください」としか言えることがない。
「ミルティアだったら、あの呪いを嬉々として受け入れそうなんですけど……姉妹でもここまで違うものなんですね……」
『そりゃ、そうですよ』
俺はおもわず少し食い気味に答えてしまった。
坊ちゃんの呪いだが、無事に解呪されてしまった事で『新鮮な海産物が獲れなくなるんですね……』と、あの面白令嬢のミルティアは、しょぼーん、とした表情を浮かべていた程だ。
今でも鮮明に思い出せる。
男の俺が言うのも何だが、ウチの坊ちゃんの顔面は鑑賞に値する。
まさか、その坊ちゃんが元の姿に戻ってガッカリする女性が存在するとは思わなかった。
……だけどミルティアさん?
貴女、ウチの庭に、坊ちゃんから剥がれ落ちた膿の塊……あの【呪い】をめいっぱいかき集め、生け簀のような『養殖池』と称した……いわば『小さな海』を作り出してしまっていませんでしたっけ?
チラリと部屋の窓から庭を確認すると、広大な庭の一角にキングサイズベッドを二つ並べた広さの『小さな海』が輝いている。
……伯爵令嬢にあるまじき逞しさだ。
あの申し訳なさそうで気弱そうな表情を湛えた、華奢な少女の行動とはにわかに信じがたい。
俺も魔導人形を操って養殖池作りに協力した訳だが、最初は彼女が何をしようとしているのか分からなかった。
あの呪いの塊は、「海」という属性を維持する魔力が籠っているのか?
海の魔物達……ミルティア曰く「海産物さん」の育成に適した異空間になってしまっているようだ。
明らかに海水を湛えた池なのに、周りの植物に全く塩害が発生していない事から考えても、作り手の空間魔法の素養すら感じさせられる代物だ。
おそらく、あの「呪いの残骸」とミルティアから溢れ出している魔力が混ざり合ったことで、自然と作り出されたのだろう。
幼い子供や魔法の初心者は、本人の精神状態で魔力の効果や威力がかなり上下するものだが、ミルティアの場合は、本人が「楽しい」とか「おもしろい」とか「好き」というプラスの感情が働いている際に、より強く魔力を発するらしい。
「怒り」や「恐怖」で魔力が暴走するタイプは結構多いが、「喜び」で暴走するタイプは稀だ。
……本当に不思議な少女だ。
なお、この『小さな海』……今は、コンブとか言う海藻がわさわさと生い茂り、エビやらタコやらが元気よく泳ぎまわっているし、ウニ、貝、ナマコと言った訳の分からない生き物もたくさん活動している。
坊ちゃんは、皮膚から直接海の魔物を湧き出させる事は出来なくなったが、その分、この『小さな海』に海産物を生み出すことができるようになったらしい。
呪いと祝いは紙一重とはこの事なのだろうか。
彼女は坊ちゃんの呪いをすっかり祝福へと変化させてしまっている。
だけど、その夜、すっかり寝静まったミルティアの部屋の扉の前に、海産物を盥へ山盛りにしてそっと置いておくのはどうかと思いますよ?
坊ちゃん……




