22《伯爵side》そして因果は巡る 2
金銭的な理由で食い下がろうとするババンレーヌに冷ややかな眼差しを向けたレンロット公爵が懐から、真っ白なハンカチーフに包まれたアクセサリーを取り出した。
「そうですか? それなのに、こんなものは購入できるんですね?」
コト……
「そ、それは……」
レンロット公爵が取り出して机に置いたのは、以前、自分の娘であった少女に着けさせた呪いの魔道具だ。
魔道具を購入する価格は決して安くない。
特に、相手の行動を強制するタイプの呪いの品は表に出回るモノではないから、当然、値段が跳ね上がる。
「不思議な事に、私の元に嫁いできたはずのミルティアが、身につけていたものなんですけれど……ああ、私の魔法で強制的に外させていただきました」
呪いの魔道具を強制的に外すには、これの作成者を上回る魔力で呪力をねじ伏せるか、設定されている解呪方法を探し出すしかない。
これの解呪には、購入者であるリラン伯爵夫人の血液が一滴必要となるように設定している。
パパーダはチラリと横に座るババンレーヌを窺うも、笑顔を引きつらせて顔色を無くしている妻の様子から、彼女が協力した可能性を排除する。
……となると、彼は、この魔道具の呪いなど、ものともしないだけの魔法力を持っていることになる。
しかも、そうやって外された魔道具は、更なる凶悪な呪いと厳しい解呪方法へと『上書き』される可能性が極めて高くなるのだ。
口調こそ温和だが、こちらを見つめる眼差しに容赦は無い。
「ち、ちがいますわ、これは……当家で古くから保管されていたものだったのですけれど、それを知らなかった娘が勝手に付けてしまい……外す術も判らず……かといって、無理に外すと危険でしたので、し、仕方なく……!」
「なるほど?」
先ほどレンロット公爵からは『購入したばかりである事は分かっている』と遠回しに伝えられたはずなのだが、それを理解できるほどの余裕がババンレーヌに無かったらしい。
明らかに軽蔑した眼差しを浮かべる氷の貴公子に向かって必死に言い訳らしきものを並べ立てている。
バァン!
その時、応接室の扉が勢いよく開かれた。
「し、シスターナ……! どうしたんだね?」
扉の向こうに立っていたのは、頬を紅潮させ、好奇心と恋心に瞳を輝かせた少女だ。
「……! やっぱり、玄関の所でお会いした素敵な方はレンロット公爵様でしたのね! ……ねぇ、お父様! お母様! わたくし、やっぱりレンロット公爵家へ嫁ぎますわ。お姉さまはリラン伯爵家の跡取りですもの! ね、婚約者を取り換えましょう?」
唐突にそう宣言した、少し頭の悪そうな少女の言動にめんくらったレンロット公爵が、あり得ないモノを見るような眼差しを向けた。
「……何を言っているのですか?」
「それが良いわ! レンロット様もあんな貧相で変人で根暗なお姉さまよりも、わたくしの方がずっと良いでしょう? わたくし【回復魔法】も使えますのよ?」
それまでは、あからさまな糾弾であるにもかかわらず、それなりに取り繕った笑みを見せていた公爵の表情に、不愉快さと怒りの色が混ざった。
「あ! これが婚約の証ですのね?!」
「あっ……!」「それはっ!!」「止めなさいっ!!」
シスターナと呼ばれた少女は、周りが制止する声も聞かずに、テーブルの上に置きっぱなしになっていた呪いの首飾りをサッと自分の首に装着してしまった。
「うふふ、これでわたくしは公爵夫人ですわ……!」
「いえ! 違います! その首飾りは……!」
不愉快さと怒りを上回る衝撃だったのだろう。
レンロット公爵は自分のメガネをただすと、事実を話そうとした瞬間……ごぼり、と、青黒い膿のようなものが少女の顔から湧き出した。
「え? え?? きゃぁぁぁっ!? ナニこれ、ナニこれっ!?」
「ひえぇぇぇっ!!」「シスターナっ!! 私の可愛いシスターナが!!」
まるで、以前の『呪われ公爵』のような姿に変貌を遂げた少女に、レンロット公爵が、さすがに気の毒そうな様子で答えた。
「それは、ミルティアが付けていた『呪いの首飾り』です。……どうやら、私が無理矢理取り外した時に、魔王からの呪いが上書きされてしまったようですね」
「そ、そんな……!! こ、こんなのいやぁぁぁぁぁ!!!」
「こ、公爵様、これはいったいどうやったら外れるのですか!?」
「安心してください。取り外す方法は分かっています。それは『呪いによって生み出された海産物を愛する者同士で、一緒に食べる』ことですよ」
「うわーーーーーーんっ!!!」「そ、そうだ、ナドル君なら!」「シスターナ、落ち着いて、シスターナァァァ!!!」




