21《伯爵side》そして因果は巡る 1
「何か問題でもございますか?」
「い、いえ……」
レンロット公爵本人から婚姻成立の正式文書を受け渡され、パパーダ・リラン伯爵と、その妻ババンレーヌは頬を引きつらせた。
にっこり、と、ほほ笑む青年はとても『呪われ公爵』の異名をとっていたとは思えない。
まさに、気品と風格を兼ね備えた完璧な貴公子である。
だが、そんな貴公子から突き付けられた婚姻届とはべつの書類の束に、リラン伯爵の冷や汗が止まらない。
一つは、この国の相続に関する法律の一部だ。
実際、先代伯爵の血を継いでいる正式な後継者はミルティア一人だけ。
ババンレーヌの連れ子であるシスターナは本来、伯爵家の後継者には成り得ない。
だが、後妻であるババンレーヌは亡き夫に代わり執政を行う権利がある。
事実、先代が亡くなったのは、まだミルティアが子供の頃。
そこで、ババンレーヌがまだ幼い後継者に代わり、伯爵領を治めた……までは問題無い。
しかし、彼女は実権を握ってから、連れ子である妹のシスターナを先代の実子として『貴族名簿』に載せてしまったのだ。
この『貴族名簿』……これは、貴族にとって『命よりも大切なもの』だ。
この国で貴族とは貴族名簿に名前を記された者、を指すと言って良い。
もちろん、偽造は大罪。
当然、実子として登録するために、王家の名簿管理の部署にどれだけの賄賂をねじ込んだか……
パパーダはそこまで詳しく知らないが、貴族階級では中位にあたる「伯爵家」であったとしても決して「安くはない」金額だ。
現時点で明確な偽造の証拠が並んでいる訳ではないが、何故、わざわざ、この相続に関する書類がここにあるのだろうか?
男でありながら女のような美しい顔をしているレンロット公爵の緑色の瞳に「私は本当の事を知っているが、リラン伯爵家を消滅させてしまうのは、ミルティアが可哀想だから糾弾しないでおいてやる」とガッツリ書かれているような気がしてならない。
「いくつか、正式な婚姻とは関係の無い書類をお持ちしてしまって申し訳ありません」
トントン、とその細く美しい指でレンロット公爵が指し示すのは、相続の書類の隣に鎮座している納税証明書の書類束だ。
リラン家は地方税徴収部で、この地方一帯の子爵や男爵領を取り纏めている役職を賜っている。
目の前に置かれた書類は、その会計諸表だ。
だが、その複数個所に、丁寧に栞が挟まれ、明らかな横領や不正を指摘している報告書の束が添付されていた。
「ですが、妻をリラン家から迎えることになりますと……当然、犯罪者が身内に居たりしては困りますので、少しだけ、調べさせていただいたんです。私の言わんとすることは、ご理解いただけますね?」
今すぐ、不正を正して、横領した金を国庫に戻せ。
そうすれば貴様の家を取り潰すのだけは勘弁してやる。
二回りも年下の青年から突き付けられた動かぬ証拠に、臍を噛む事すら出来ずに頷いた。
「は、はい……す、すぐにでも……」
「で、ですが、公爵様、それでは、当家は日々の生活の糧を得ることも難しくなりますわ」




