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02護送馬車は乗合で

 ガタガタと揺れる乗合馬車に揺られて、わたし……ミルティアは小さくため息をついた。


 貧相な体つきに一切のツヤを消し去ったような短い薄緑の髪。水仕事でガサガサに荒れた手。召使いのような地味な装いに、女一人でも軽々と持ち運べる小さな荷物が一つ。唯一の装飾品は、少し武骨な首飾り。


 とてもではないが、伯爵令嬢には見えないだろう。

 伯爵令嬢どころか……一般的な村人に混じっても、貧困層だと識別されるに違いない装いだ。


 ……いっそのこと、身分なんて投げ捨てて、平民として生きられたら良かったのに……


 いや、でも、仮に平民になったとしても、実のお父様譲りの、この緑髪が浮く。


 緑色の髪や瞳を持つ者は、生まれつき魔力量が豊富だが、その反面、魔族に魅入られやすく、相当お金をかけて、一流の魔導学校に通い、正しく魔法を教えなければ危険だと言われている。

 当然、ウチの実家には、そんな費用を捻出する余裕は無い。

 

 平民に緑髪の子供が生まれた時と同じように、幼い頃に『封魔の施術』を施され、魔術とは一切縁の無い生活を送っている。

 当然、そんな厄介者のわたしの扱いは召使以下。


 子供の教育に存分にお金を使える高位貴族や魔導や魔術で名を轟かせている名家であれば喜ばれたであろう緑色の髪も、貧乏貴族や平民にとっては無用の長物。

 むしろ、気味悪がられて敬遠される不気味なものに過ぎない。


 わたしは『輿入れするのに毛先が傷んでいて見苦しいわ』と妹に指摘され、少年のように短く切られた襟足を小さく引っ張った。


 ……それでいて前髪は目にかかる長さなのに放置なのが、実家におけるわたしと妹の関係性を如実に物語っている。

 

「あははははっ、お姉さま! 本当、短い髪がよくお似合いね。まるで断頭台へ上る際に己の髪を断ち切った聖・ジャンヌのようだわ!!」


 仮にも、伯爵家から公爵家への輿入れだというのに、花嫁が『断髪』して臨むのは非常識がすぎるということは、淑女教育を受けていないわたしでも判る。

 妹は、単なる嫌がらせか見せしめで私の髪を切りたかっただけに違いない。

 

 結局、結納金や花嫁衣裳はおろか、専用の馬車すら準備してもらえず……

 さすがに実家で着ていた服はボロボロ過ぎだったので、この服はメイド長からの餞別に貰ったお古である。


 もともと食事も、まともどころか、家族の残り物すら口にすることは許されず、近くの海で取れたゲテモノや炊事洗濯の合間に摘んで来た野草で飢えを凌いできたのだ。


 この程度の虐めはいつものことなのだが……こんな『ないない尽くし』の女が嫁いで来たら、いくら呪われているとは言え、公爵様だってお嫌だろうに。

 むしろ、公爵様が気の毒になってくる。


 だが、逃げ出すこともできない。

 護衛役の兵士が二人。

 すぐ傍で、わたしを見張りながらコソコソと……いや、結構ハッキリと不満を垂れ流していた。

 

「なんで俺達が……あんな女を送り届けるために、公爵領まで行かなきゃなんねーんだよぉ……」「仕方ねぇだろ! 出来損な……じゃなくて、ほら、その……何だ、あの女……えーと……ともかく、あのお嬢様をキチンと輿入れさせたって証文を貰って来ねぇと、新しいユーシ? とやらが貰えなくて、俺達の給料が出なくなっちまうんだぞ」「でもよぉ、あの呪われ公爵様だろ? 俺達にまで呪いが感染(うつっ)ちまったらどうすんだよ?」「だ、大丈夫だって、シスターナお嬢様からお守りを貰ってるだろ!?」「だけどよぅ、呪われ公爵様のお屋敷じゃ、呪いが感染するってんで、下働きも召使もみ~んな、逃げ出しちまったんだ、って話だぜ?」「そ、そんなもん、噂だよ、うわさ!」


 ……護衛というより、生贄を逃がさないための護送の様相を呈している。


 わたしはそれを聞き流しながら、唯一、伯爵家から贈られた少し武骨な『首飾り』をカチャカチャと弄った。


 これは伯爵家でも選りすぐりの『魔道具』である。

 ……ただし、『呪い』の。


 いくら相手が呪われた公爵様であっても、相手から離縁を言い渡されては、伯爵家の沽券にかかわる。

 つまり、この首飾りには『伯爵家に不利益になるような行動や言動を取ったら死ぬ呪い』がかかっているのだ。


 例えば、わたしが公爵様から追い出されたり、自分の意志で逃げ出したり、はたまた実家の悪口を言おうものなら、即座に呪いが発動する。

 

 義母達は、わたしに死んで欲しいに違いない。

 『公爵家と婚姻した』という事実が欲しいだけなのだ。


 死にたくは……ない。

 いや、死にたい、と認めるのが、亡くなった実の両親に申し訳ないだけだ。


 だって、生きていたところで……また同じ今日が、明日も、明後日も続いて行くだけ。

 

 そのとき、小さくお腹が鳴った。

 ……せめて、お腹いっぱい食事をして、満足してから、苦しまずに死にたい……


 そんな思いが頭をよぎった瞬間、自嘲の笑みがうっすらと浮かびそうになった。

 なにが「せめて」なのか。めちゃくちゃ欲張りじゃないか、わたし……。


 視線を足元から上げると、揺れる馬車から見える風景の中で、食べられる野草が遠ざかって行くのがわたしの目に飛び込んできて……無性に胸と鼻の奥が痛くなった。


 

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