19召しませ、海の幸!
マリクル様はどうやら湯あみが気に入ってくださったらしい。
数日もすれば、また、一番最初に出会った時の姿に戻ってしまわれるけれど、それでも、以前よりもずっと機嫌が良い。
確かに、湯あみをしたその日や翌日は普通にベッドでお休みになられるらしく、最初の頃よりも、ずっと顔色が良くなっている気がする。
そりゃ、硬い石や鉄の椅子に座ってウトウトするだけの生活では、眉間にあんなに深い皺が刻まれてしまうのも無理はない。
わたしとしても、マリクル様の湯あみは、新鮮な魚介類大漁ゲットのチャンスだ。
最初の日に採れた大きなエビは、それはもう、ジューシーで甘くて、うま味のかたまりofうま味、と表現しても過言では無いような素晴らしいお味だった。
魔導人形のバードラ様から、『時空保管箱』という、入れて置けば時間が止まる魔法の倉庫のような箱を使っても良い、とお達しを受けているので、マリクル様から収穫した魚介類は、全てその中に入れてある。
……実家の海より、身がぎっしり詰まってて、味が濃くて、新鮮で、簡単に獲れて……
本当に、あれは呪いなのだろうか?
天使様からの祝福なんじゃないだろうか?
いっそ、わたしもあの体質になれれば……! と、何度、このうま味のかたまりを噛みしめ感じたことか。
「……ミルティア、それはそんなに美味しいのですか?」
最近では、マリクル様と自分の食事は、全てわたしが作っている。
マリクル様がご準備いただいたお肉やお野菜を使うのがメインではあるのだが、副菜として、大漁に獲れている魚介類の料理も1品か2品食卓に並べる許可を貰っている。
……口をつけるのはもっぱらわたしだけだが……
「は、はい。……とても良いお味です」
茹で上げて皮をむいたシャコの皿を不思議そうに見つめるマリクル様。
深い緑色の瞳に、蒼銀色の髪。
顔色は、まだ青黒い感じだし、すでに所々、岩のように呪いのかたまりができはじめているものの、それさえ無ければ、王族の姫君だって目を奪われる美丈夫のはずだ。
と、言うか……この状態でありながら美人の断片が見え隠れするんだから、貧相of貧相なわたしとは、住んでいる世界が違いすぎる……
最近は、毎日のように湯あみをするので、人間の着用する服を普通に着ることができるようになってきているお陰で、高貴さがよりにじみ出ているような気がする。
「……そうですか……ミルティアは……そんなものを毎日、口にしていて身体に異変はないのですか?」
「はい、残念ながら……申し訳ございません」
「なんで残念なんですか……はぁ……本当に貴女の感性は不可解ですね」
ため息をつきつつも、口元に浮かぶ笑み。
どうやら、怒ったり蔑んだりしている訳ではないらしい。単純に、この食生活が不思議でならないのだろう。
まぁ、公爵家の当主様が、こんな貧乏丸出しの下級貴族と差し向かいで食事をすることなど、無かったせいに違いない。
「その……それ、私も……いただいてみても構いませんか?」
おずおず、とマリクル様が指さしたのは、シャコの皿……の、となりのスープだ。
これは、エビの頭やカニの甲羅などの甲殻類の殻を煮だして出汁を取ったところに、いくつかの香味野菜を入れて煮込んだものである。
海のエキスが凝縮したような上品な味とうま味。そして、海そのもののような香りを放っている。
しかし……公爵様が召し上がってみたい、と、興味を持っていただいたのはありがたいのだが……
……このスープ……本来、食すべき『身』を剥いた殻を再利用して作ったもので……
香味野菜だって、葱の皮とか、セルリーの普段は食べない葉っぱの部分とか、キャベツの芯とか、その辺の部位を使っている。
悪い言い方をすれば『残飯ギリギリ手前のケチケチ汁』と表現しても良いレベルのブツなのだ。
「あ、あの……問題ありませんが……その、お口に合うかどうか……」
「それは承知の上です」




