18《公爵side》ミルティアに恋する
『旦那様……』
バードラの操る魔導人形の赤い瞳が点滅している。
これは、本人の魔力の揺れによる反応だ。
一体何をそんなに動揺しているんでしょうね?
「……どうしました?」
『御髪が……』
髪? この姿になってからは、あの呪いに埋もれて梳けるほど空気に触れていないはずだ。
『残っていらっしゃったんですね……』
「……バードラ……今度会ったら、あなたのその無精ひげを全部引きちぎってやりますよ?」
『失礼いたしました』
ミルティアの準備してくれた熱いおしぼりで顔を拭くと、自分の肌が、なんだか、物凄く久しぶりに人間に近い感触になっている気がする。
「マリクル様、これで、あらかた『呪い』については取り除きました」
『旦那様、これをご覧ください……!』
魔導人形が持ってきたのは書籍サイズのあまり大きくない鏡だ。
そこに映っていたのは、人間の、男……だった。
確かに、まだ肌色は悪いし、頬にも首筋にもひび割れたようなウロコにも似た痕が見えるが、それでも、あの膿と皮膚と垢と分泌物を混ぜて腐敗させたような所から、不気味な生き物たちがウゾウゾと湧き出してくるあの普段の姿から比べたら天と地ほどの差だ。
これは、まだ「人間の男」と呼べる生き物である。
この呪いを解くために、色々な事を試したが、ここまで人間に近い姿になったのは初めてだ。
「す、すごいですね、ミルティア……!」
「はい!! とても大漁です!」
「いや、私が褒めたのは海産物の取れ高ではありません!」
チラリと彼女が仕留めていた海の魔物達がザルの上に乗っている姿を目に焼き付ける。
確かに大漁ですけれども!
「貴女は……」
私は、次の言葉を紡ぎ出すのに、何故か、魔王を倒すのと同じくらいの勇気を振り絞った。
「……あの、不気味な姿の私が……その、嫌……では、ないのですか?」
逆光か?
それとも、私の弱い心が彼女の顔を直視するのを避けているのか……
今、ミルティアがどんな顔をしているのか、私は分からなかった。
ただ、自分の心臓だけが軋むようにうるさく騒ぎ立てている。
何故だろう?
「え? いえ……あの、わたしは、嫌では……あの、マリクル様は、漁に出られなくても、いつも新鮮で美味しい海産物を生み出せる体質なので……すこし、羨ましいです」
う ら や ま し い ?
耳を疑った私の目に飛び込んで来たのは、真っ赤な夕日を背に、聖母よりも天使よりも尊い輝きを放っているような少女の笑顔で……
その光が私の胸で、ぽわぽわと、輝いていた。




