17《公爵side》ミルティアに畏怖する
……もとい。
慣れてきた、と思っていたが違ったようだ。
普段と同じ……嫌悪も恐怖も無い瞳で、おおきな盥を二つばかり抱えている彼女がそう進言してきた。
『さ、流石にそれは……危険では? 旦那様の皮膚の下では何がうごめいているのか知れたものではありませんよ? それに、以前、旦那様が湯船に浸かった時は……』
おもわず、口ごもるバードラ。
魔道人形を通じて彼女を制止する。
彼の言いたいことはもっともだ。
そう、あれは大変だった……
まるで凝縮された海から魔物が解放されたような勢いで、曾祖父の代から引き継いだ湯船は、一瞬にして異様な魔物たちとヌルヌルのヘドロに埋もれたのだ。
それ以降、何度か挑戦してみたが、この肌を水にさらすことは百害あって一利なしを思い知っただけだった。
私の『呪い』から湧き出る生き物の中には鋭い牙を持つものや、無数の棘を持つものもいる。
以前にも、黒い棘だらけの生き物で怪我をしていたことを忘れたのだろうか?
「はい……湯舟は無理でも、素肌を拭くだけでも、スッキリすると思います。それに、呪いの欠片が自動的に落ちるようになるまで待つよりも、洗い流せるならば、洗って清めた方が良いかと思いまして……だいいち、すぐに茹でてしまえば、海産物さん達も暴れることはできないと思いますし」
「……」『……』
彼女が指さす先には、中庭に準備されたかまどと大きな鍋。
かまどにはすでに火が入っており、ぐつぐつと白湯がゆだっている。
結局、私たちはミルティアに折れることにした。
「マリクル様、失礼いたします」
がしっ!!
びびびびびびびっ!!!!
私が中庭に準備されていた椅子に腰かけると、すぐに彼女は肩あたりから顔を覗かせていた棘だらけの節足動物を引き剥がした。
無数の足と長く鋭い髭、身体の大部分を占める尾のようなものがびちびちと暴れまわる。
尾にまで足の生えた異様な風体の茶褐色の生き物がわたしの皮膚から出た垢のような物質の一部をまき散らせ、思わず私は顔をそむけた。
「……すごいです、何て立派なイセエビ……」
だが、ミルティアは、その生物の背中(?)……急所らしき部分をしっかり握りしめているため、それがどんなに暴れようとも、逃げ出すことは敵わないらしい。
ざばざばと準備していた甕の水で、そのイセエビと呼んだ生き物を洗い流すと、何のためらいもなく、沸騰した湯にそれを放り込み、素早く鍋に蓋をする。
一、二回、ばん! と、鍋の蓋を内側から叩くような音が響いたが、それっきり……その鍋は大人しくなってしまった。
ものの数分で、信じられないほど真っ赤にゆだった海の魔物をうれしそうに鍋から取り出し、ザルの上で冷ましている。
そんな事が一度や二度ではない。
……つよい……
彼女なら、魔王討伐でも、活躍できたのでは……?
特に、参加者パーティの兵糧準備は、歴戦の侍従達でも、かなり困難を極めていたのだ。
おかげ様で、保存食で作られる粗食に耐える術は身につけたが、魔物そのものを喰らう術は身につけていない。
そうこうする間にも、彼女は私の皮膚の下で暴れていた呪いの生き物たちを、あるものは急所を包丁で刺し、あるものは流水で洗って、即座に熱湯へぶち込み、あるものは、そのまま盥の中に分別し……
中には明らかに鋭い牙を持った細長い蛇のような生物も居るんですが……その程度じゃ微動だにしませんね……この娘は。
触手の塊みたいな生き物……確か、ナマコと呼んでましたっけ?
それを生のままぶつ切りにして、お酢と出汁で割った汁と共に、コリュン、コリュンと音を立てながら、実に美味しそうに食べていたのは衝撃でした。
そんな事を思い出している内に、どんどん私の汚れを取り払ってゆく。
常に薄らかゆく、ねとねとべちょべちょして不快だった全身が、妙に軽くなった気がする。




