16《公爵side》ミルティアに慣れる
ミルティアは、やはりおかしな少女だ。
潮干狩りと称して、私の寝室の掃除を嬉々として毎日行っている。
一体、何がそんなに楽しいのか尋ねた所、大きな二枚貝を掴んで、こう言い放った。
「これは、少し焼いただけでも、とてもいいお味がします」
と。
私は、彼女を飢えさせているつもりはないのですが……いや、むしろ、普段よりも肉も野菜も多めに確保しているはずなんですが……?
バードラに頼んで調べて貰った彼女の生い立ちは悲惨なものだった。
早くに他界した実の両親にかわり、義理の家族からは疎まれ、虐められ……まともな食事にもありつけない生活。
そんな生活苦がゆえに、あの『乙女にあるまじき悪食』に成長してしまったのかと思うと……何故か胸の痛みと頭の痛みが同時に襲ってくる。
確かに、年端の行かない少女が生き延びる為に、どんなものでも喰ってきた、というのは胸の痛む話だ。
だが、同時に、どうして幼気な少女が、食に関してそんなに図太いんだ!? という謎の混乱が私の頭を占領する。
子供って、普通、好き嫌いも多くて偏食家じゃありませんかね!?
それは私が子供の頃だけの話なのでしょうか?
本人に尋ねたところ、実の父の代から仕えていた料理長から、あらゆる海産物の調理方法を学んだと言っていた。
おそらく、その料理長とやらが実質的な親代わりだったのだろう。
……その諸悪の根源とやらを小一時間、問い詰めたい……
残念ながら、すでに高齢で、何年も前に伯爵家を退職してからの行方はわからないようだ。
私が彼女の行動から目が離せないのは、その儚さと図太さの混ざり合わないハーモニーがゆえだ。
そう、この屋敷の中で、自分の意志で動き回る生き物……それでいて、何をしでかすのか予測がつかない者……それは彼女しか居ない。
だから、私は彼女が気になってしまっているだけで、別に、それ以外の他意はない。
別に……ちょっと褒めてあげるだけで、緩くふわりと微笑む口元が可愛いな、と感じているとか……
短い髪であるがゆえに引き立つ細く白いうなじとか、何を考えているのかよく分からない少し困った眉とか、いつも泣き出しそうに潤んでいる深い緑の瞳とか……そんなものに興味を持っている訳ではない。
その、どうにも嗜虐心をそそる外見で有りながら「何を考えているのか」問いかけると「マリクル様から剥がれ落ちた『海の欠片』を集めて庭に撒いたら立派なコンブが生えて来てうれしいです」などという斜め上を遥かに上回る珍回答が飛び出て来るのが面白い、と感じている訳でもない。
ま、まぁ、その、母上の桜色の服を着た時は、その、馬子にも衣裳だとは、思いましたけど……
ただ、彼女といると、自分が呪われている事実を忘れている瞬間がある。
その一瞬が、なんだかとても尊いものに思えるので……彼女と共に生活するのは、悪くない。
だが、そんな彼女の奇行も、しばらく共に暮らしているとなんとなく慣れて来る。
「マリクル様、湯あみをなされてはいかがですか? お背中、お流しいたします」
「……はい?」




