１２《バードラside》ミルティアという少女
『ミルティア様は、毎日がたのしそうですね』
「え？ そ、そうですか？」
ほくほく顔で焼いた貝を幸せそうに頬張る少女を見つめて、俺は思わずつぶやいてしまった。
ちなみに、この貝……うちの坊ちゃんの呪いから湧いて出た代物である。
普通の伯爵令嬢であれば、それを聞いただけで裸足で逃げ出す代物……の、はずだ。
「バードラ様は、お食事をなさらなくても平気なのですか？」
『魔道人形に食事は不要です。魔道人形の動力源は魔力ですから』
「そうなんですね……その魔力はいつ補充されるのでしょう？」
『……補充、ですか……それは、問題ありません』
思わず……一瞬、言葉が止まってしまった。
いや、公爵家の魔道人形の補充については本当に問題が無いのだ。
坊ちゃんがいつでも補充できる。
それなのに「補充」と聞いて俺が言葉に詰まってしまったのが、レンロット公爵家から派遣している王宮側の魔道人形の存在が頭をよぎったからだ。
王宮側の魔道人形の魔力補充ができるのは、当主である坊ちゃんのみ。
だが……呪われてからというもの、歯に衣着せぬ言い方をすれば、王宮側への魔力補充を完全にサボっている。
まぁ、坊ちゃんは、あの外見なので、王宮側も顔を出して欲しいとは言ってこないが……
だがせめて、当家の評判をこれ以上落とさないように……と、俺が王宮とレンロット公爵家の中間距離にあるこの屋敷から遠隔で王宮の魔導人形の操作を始めて……はや１年。
坊ちゃんが引きこもりから脱して、王宮に派遣しているウチの魔導人形を引き上げてもらうか、前のように頻繁に魔力補充ができるようになるまで、俺はこの屋敷を離れることが難しい。
後者については、正直……諦めていたのだが、最近、ミルティアのおかげで、坊ちゃんの人嫌いに多少の変化がある。
俺は、彼女なら、すっかり引き籠りになってしまったあの坊ちゃんを日の下に引きずり出せるのではないか、とひそかに期待しているのだ。
『オホン！ それより……』
俺は、少し強引に話題を変えた。
『貴女の実家から手紙です』
「えっ？」
実家、と聞いて今まで明るかった彼女の顔がサッと曇った。
俺が調べたところ、彼女の実家での生活は悲惨なものだったようだ。
その反動なのか……些細な事であっても、驚くほど幸せそうな顔をするのだが、逆にリラン伯爵家の話が出ると、まるで炎に水をぶちまけたように一瞬で表情が消えてしまう。
確かに、ここに来た当初「食事が三食出る」という話を聞いただけで小躍りしそうなほど驚いていたし、彼女の日記（？）には、その日『何』を『どう料理して食べたか』、『その味の感想』が詳細に書かれていて、まるで珍味のレシピ集のようになっている。
ふと見れば、手紙を読み進めながら、しきりに首をかしげるミルティア。
『何が書かれていたのですか？』
「いえ……あの、一度、実家に戻ってこい、と……ただ、サプライズを計画しているのでマリクル様に帰ることを伝えてはならないそうです」
『旦那様に内緒でそっと実家に戻れ、と……？』
「は、はい……あの……実家でわたしにドレスを作って下さるそうなんです。こんなのは、初めてで……あ、いえ、その、わたしがドレスに興味なかったのが原因なんですけど……ですので、その、採寸のために戻ってこい、と」
俺は、その手紙の内容に違和感を覚えた。
『その手紙、見せていただいて構いませんか？』
「は、はい」
『……ふむ、本当にそう書いてありますね』
手紙に押された印も、封蝋もリラン伯爵家のもので間違いない。
婚約し、相手方の家に行ってしまった娘に実家側が新たなドレスを贈る。
それ自体は、さほど不自然でもないし、むしろ、よくある話だと言える。
だが、その場合のサプライズ対象は、普通、娘本人だ。
まぁ、百歩譲って『実の娘の着飾った姿を婚約者へのサプライズ』とするのは、あり得ない話ではない。
事実、複数名の妻が居る貴族の場合は、己の娘への寵愛を勝ち取る為に、娘へのプレゼントと称して、夫の好み全振りのアイテム……例えば、武具だの名馬だのを贈る実家も存在している。
だが、今回贈ろうとしているのは娘へのドレス。
しかも、婚約に出したばかりの実の娘の体型が分からないというのは不自然すぎる。
そんなことを言い出したら、そもそも、ドレスの１着も無しに嫁いで来ようとする方がおかしな話だし、たとえ本人がドレスに全く興味が無くとも、それなりの装いを持たせるのはむしろ親として常識と言える。
なにより……
俺は、魔道人形の瞳を通して彼女の首飾りを凝視した。
間違いない。
俺の『鑑定魔法』によると、ミルティアの首に巻かれているのは呪いの魔道具だ。
こういうタイプの魔道具は何度か目にしたことがある。
この呪いの場合、例え、サプライズとは言えども、ウチの坊ちゃんに内緒で屋敷から出て行ったりしたら『勝手に逃亡した』とみなされるはずである。
そうなってしまえば、その不利益を被るのは間違いなく、彼女だ。
呪いの魔道具とはいえ、坊ちゃん自身に害を及ぼすようなものではなかったから放置していたが……これは、考え直す必要がありそうだ。
