11《伯爵side》ババンレーヌの企み
「うふふ、これで次の融資は安泰ですわ」
リラン伯爵夫人・ババンレーヌは、二人の兵士が持ち帰った証文を握り締めほくそ笑んだ
この証文さえあれば『婚約』自体は成立したことになる。
これでもう、あんな出来損ないの前妻の娘が、呪われ公爵の癇癪に触れて殺されようが追い出されようがどうなっても問題が無い。
むしろ、事故か何かで死んでくれれば、こっちは『大切な娘を殺された被害者』だ。
婚約者……つまり、未来の妻。慰謝料、迷惑料をレンロット公爵の財産の半分くらい貰っても良いはず。
財産分与は、跡取りが居なければ妻が半分。
当然、その取り分は自分たちの懐に転がり込んで来る。
……そう思い込んでいる彼女は、愚かにも、もう公爵家の財産の半分は自分の物と認識している。
例え呪われているとはいえ『護国の大魔導士』として名高いレンロット公爵家だ。
その財産はこの国でも、国王を除くと、ずば抜けていることは有名だ。
「これなら、いつもの宝石商から、おススメの品をセットで揃えることも可能ですわ」
以前、見かけた深い青の竜輝石。
豊富に魔力を含んだその貴石は、彼女を一瞬で魅了したが、お値段が大変可愛くなかった。
結局……その石は別の貴族に買われてしまったが、他にも宝石はある。
捕らぬ狸の皮算用でソロバンをはじくババンレーヌの元に尋ねて来たのは、娘のシスターナだ。
「ねぇ、お母さま、お姉さまが婚約されたら新しいドレスを作ってくださるっておっしゃってたでしょう?」
「あら、シスターナ」
「それで、来週の侯爵様が主催のダンスパーティーにナドル様と出席したいの!」
「来週なの? わかったわ、今回は貴女の好きに注文して構わないわよ」
「わぁ、本当!? ありがとう、お母さま!」
小躍りせんばかりの足取りで部屋から駆け出して行くシスターナ。
「急いで仕立て屋に指定をしなきゃ!」
ドレス一着分程度なら、まだ許容できる範囲の出費だ。
折角の可愛い娘の晴れ舞台。しかも、格上の侯爵家が主催しているのだから、参加させない手はない。
一応、ナドルと言う婚約者はキープしているが、彼は女癖があまり良くない。
同じ貴族家の娘に手出しするほど馬鹿ではないが、彼の馴染みの娼館……少なくとも二か所……リラン伯爵夫人にバレている。
さすがに、シスターナは知らないようだが、ここでさらに格上の男を捕まえさせるのも悪くはない。
愛らしく、小悪魔的で、さらに魔法まで使えるシスターナの魅力ならば、十分侯爵夫人は狙える。
それを考えると、娘のドレス費用は手痛い出費や浪費ではなく、さらなる未来への投資である。
「これで、あの出来損ない娘が早く死んでくれれば助かるんだけど……」
ババンレーヌは、決して人には聞かせる事ができない本音を小さく口にする。
ふと、その時、何かが彼女の耳元で囁いた気がした。
「……そう、そうよ! あの娘に付けた首飾り……あれが有るんだから、一旦、こっそり実家に戻ってくるように命じた手紙を書けば……」
公爵家から無断で逃げ出した=我が家の評判を落とす行為をした、となって呪いが発動するはず……!
ババンレーヌは薄い唇を三日月型に吊り上げると、普段は滅多に使う事の無い羽ペンを手に取った。




