01婚約破棄は手短に
「あんなバケモノ公爵と結婚なんて、絶対に嫌っ!! そうよ、お姉さまならお似合いよね! 代わりにお姉さまの婚約者は私がもらってあげるわ! ナドル様だって、お姉さまなんかより、私の方が良いでしょう?」
「もちろんだよ、僕の天使ちゃん。……第一、ボクが伯爵家の令嬢と婚約したのは、彼女みたいな淑女の中の淑女……麗しのシスターナと愛し合うため。いつから、このボクが、君みたいな魔法も使えない、貧相な使用人女と婚約すると考えていた? 思い上がりも甚だしいぞ!」
わたしの婚約者だったはずの子爵家の次男……ナドル様が、勝ち誇った笑みを浮かべたブロンドの少女に寄り添う。
書類だけの関係とはいえ、あまりの発言におもわず耳を疑ってしまったが、どうやら彼は、人当たりも良く、可愛らしいうえに、魔法の才能もある妹の方をずっと前から気になっていたようだ。
普段のよそよそしい態度からもそれは分かり切っていたことだったが、それでもこんなに明確に言葉に出して拒絶されるとは思わなかった。
言葉の毒には慣れているはずなのに、両親や共に働いている使用人たちの前でさらし者にされるのは、やはり、じくじくと胸が痛む。
「あら? 良いじゃない、格上の公爵家からのお誘いですもの! おめでとう、お姉さま」
我が家にレンロット公爵家から結婚の申し込みが届いたその日、わたしは、婚約者:ナドル・ロキペーズ様から、あっさりと婚約を破棄された。
そして、降って湧いたのがレンロット公爵との婚約である。
レンロット公爵家と言えば、王家とも血のつながりがある大公爵。
さらに、公爵家のご当主様は、まだお年も20代前半とお若く、おまけに魔法の腕も当代随一の呼び声が高く、かの魔王討伐隊で指揮を執った『護国の大魔導士』としても名を轟かせている雲上人だ。
本来は、控えめに言っても、財政が赤字続きで落ち目な伯爵家に婚姻のお誘いが来るような家格ではない。
だが、レンロット公爵家の当主と言えば『いわくつき』として有名だ。
……通称、呪われ公爵。
勇者パーティの一員として魔王を成敗したものの、その激しい戦いの中で『呪い』を受け、見た目がおぞましい化け物のような異様な風体に変わってしまった……と、もっぱらの噂である。
そのせいで、あらゆる婚姻を断られ、家格で言えばかなり格下である伯爵家に打診が来たらしい。
しかも、レンロット公爵は、やたら厳格な上に気難しい性格で、何人もの正妻候補の女性が追い出されたり、殺されたりしたという黒い噂の絶えない人物だ。
「まぁ! 本来は花嫁側が負担するはずの結納金が不要ですって!?」
届けられた手紙を読み進めていた義母が瞳を輝かせる。
「さらに公爵家と縁を結ぶことができれば……」
苦しい財政が立て直せる。
口には出さないが、明らかにそう言いたい様子で笑みを深くした。
「ねぇ、アナタ、こんなに良い縁談を断るなど、もってのほかです! 格上の公爵家が相手なのだから、長子であるミルティアが嫁ぐのは当然のこと。当家にはシスターナが居りますもの。ナドル殿も私のかわいいシスターナとの縁談に乗り気ですし、何の問題も無いでしょう?」
義母が断言するような強い調子で、父に迫る。
父は義母の提案を断ることはしないはずだ。
「それもそうだね、ババンレーヌ」
案の定。
わたしの実の母が病で亡くなったのは、まだわたしが物心つく前。
3歳になった春に、後妻として、妹のシスターナを連れ、やって来たのが現在の義母だ。
最初はそれなりに優しい義母だった。
だが、わたしが5歳になる前に実の父が事故で他界。
そこで義母様は、気が弱く、自分の言うことに何でも従ってくれる今の父をすぐに迎え入れ……わたしの世界は180度変わってしまったのだ。
「あー……ミルティア、すぐにでも準備してレンロット公爵家に向かうのだ」
「粗相のないようになさい! 貴女は愚図で、のろまで、やることなす事、非常識なのだから!!」
「……はい、義父様、義母様」