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おわれ

 柔らかい。体中が温かい。自宅にあった万年煎餅布団よりも上質な気持ちで目が覚めた。


 俺は今、昭子におんぶされていた。


 昭子は風を爆散させるような速さで塩砂漠を走っており、おかげで揺れている。赤ちゃんのゆりかごのような揺れではなく、乱雑なバス運転手のようなぐちゃぐちゃな揺れ。視界が定まらないほどの揺れだ。


 起きて早々気持ち悪くなった俺は叫ぶ。


「昭子、何やってんだ!」


『おはようございます! 今、全力で平原へ戻っています』


 昭子は走りを維持しながら答えてくれた。


『ここに来るまで、私たちは5日間かかりました。このペースだと3日ほどで戻れます』


「えっと⋯⋯何で戻っているんだ?」


『進めないからですよ。食料も無いからです。このままだと翔ちゃんが餓死しちゃいます』


 昭子の口調には余裕が無かった。


『私の体内に水は保存されています。しかし食料については何もありません。あのドラゴン達の攻撃を避けている間に、服に忍ばせていた非常食は焼け焦げて灰になってしまいました。


 333の法則によれば三週間は食事を取らなくても生きていけるらしいですが⋯⋯翔ちゃんには苦労させることになると思います』


 多分、俺の事を思って言っているんだろう。すこしでも生きれる道筋を選んで行動してくれている。


 だから、


「あー⋯⋯それなんだけどさ、昭子」


『なんです?』


「何とかなりそうだわ」


『はい?』


 これを言うのはなんか、かわいそうだった。


「――ログアウト許可申し立て」


《10秒後にログアウトが決定されました》


『⋯⋯翔ちゃん、なんですかコレ?』


「ログアウト」






 ◇◆◇◆◇






 【ラソイト・オンライン】でログアウトを実行し終わると、良く分からない神殿に転移して、そこでゲーム終了処理を行う。


 つまり、俺たちはその良く分からない、白一色な神殿内に居た。


「えーっと。まぁ信じられませんが、そういうこともあるんですねぇ⋯⋯」


 そう語るのは、このゲームの管理者だ。神様っぽいアバターをまとっている。


 管理者は俺らを見るなり、他のプレイヤーでは入れない別室に案内し、色々と説明してくれた。


 以下まとめ。


 MMORPG【ラソイト・オンライン】は異世界そのものに行われていたゲームであった。


 つまり、


 プレイヤー ⇔ PC ⇔ 色々 ⇔ 異世界にいるアバター


 という感じだ。


 なんだそりゃと思う一方、どこか納得していた。思い返せばこの世界は【ラソイト・オンライン】のシステムで動いているところが多いなって。


 ちなみに俺たちがいた場所は、開発途中で終わった追加コンテンツ用のマップらしい。そのままテキトーにモンスターやら設置したまま忘れ去られていた場所へ、俺たちは異世界転移したのだ。


 どうしてこんな仕組みなんだと問うと、リアリティを追求したら、現実そのものをゲームとして改造した方が早いと判断したそうな。頭おかしい。


「貴方たちがこの世界に来た転移装置ですが、昭子さんが言う型番が本当だとすると⋯⋯リコール品な欠陥品ですね。この世界はちゃんと正式な手続きを行って買いました。異世界連合から認められている所です。なら普通はロックが掛かってこの世界には飛べないはずです」


「ある意味、運がよいって感じでしょうか?」


「そうですね。別の良く分からない、ブラッグホールみたいな場所へ転移する方がありえますし、翔太さんは非常に運が良かった」


 そうして俺達は現代日本へ帰ることができた。






 ◇◆◇◆◇






 色々な手続き(異世界転移とか、福袋にリコール品があったこととか)を終えて、久しぶりに我が家に帰ることになった。


 一か月ぶりに見る家。6階建てのコンクリート製のアパートだ。


『翔ちゃんの家って、こんな立派なところだったんですね』


「全然だわ。家賃すげー安いよ」


『ここ一か月の寝床事情を考えれば十分立派です』


 そうですね。確かに野宿とかに比べれば立派だね。


 俺の部屋は5階にある。エレベータという便利なものは無い。平成に作られた建築物は人を苦しめるために作られていた。


 まぁ昭子がおんぶしてくれたのでそうでもないか。昭子がおんぶして階段を登る。


 その途中で同じアパートの人とばったりと会う。俺達を見るなり、ぎょっとしてくれた。その後は、俺と目を合わせずに小走りで俺の横を駆けていく。


 ⋯⋯そうだよな。いい大人が良く分からないメイドにおんぶされていたら意味不明だよな。これから気をつけよう。


 そう思っていると、階段を上り終わったらしい。昭子から降りて、奥にある自分の部屋へ行こうとするが――俺の表札が無かった。


「⋯⋯どういう事?」


『翔ちゃん、階段を間違えていませんか?』


「いや、この階であっているよ。【加藤】さんの表札がある。その表札の横に俺の表札があったはずなんだよ」


 だが、【加藤】の横は【鈴木】だった。


 とりあえず、チャイムを鳴らして、俺の部屋だったはずの【鈴木】を呼んで話す。


 そうすると、こう言い返された。


「いや、おれ3日前に此処が開いたから入ったんだけど? お前らの事は知らんぞ」


 ⋯⋯たった一か月不在なだけで、俺は家を追い出されていた。


「ババアーッ!!!」


 俺はこのアパートの管理人への呪詛を吐き散らした。直接管理人へ説明しても無駄だった。部屋内の私物は1か月分の家賃未支払いへのツケと変貌していた。俺の私物は家賃の何倍のも価値があったはずだが、取り返せない。


 ついでに会社もクビになっていた。銀行口座は凍結されていた。


 ここに貯金0の無職おっさんが爆誕した。


「⋯⋯どうしよう」


 俺は困った。どうしようもなかった。


『生活保護をもらった後に、裁判を起こしましょう。少しでもお金が必要です』


「あのクソ婆か? でもさ勝てないと思うぞ。契約書に家賃未支払い時の処理についてちゃんと書かれてたし⋯⋯」


『翔ちゃんが気が滅入るほどの小さくと書かれていましたねー。でも、理不尽なことを受け入れるわけにはいけないでしょう?』


 それが終われば、会社と銀行へ裁判を起こしましょう、そう言って昭子は微笑んだ。


 今度はコンクリートジャングル内で、サバイバルが始まったのだ。




【おわれ】

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