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悪化

 333の法則という物がある。人間は三分呼吸を止められ、三日は水を取らなくて良く、三週間は食事を取らなくても生きていける。


 アンドロイドの昭子に食事は不要だ。充電も確か三年は持つ仕様だったはずだ。


 だけど俺は純人間。特に肉体改造やらを受けていない純人間なのだ。


 ゆえに333の法則が大切になってくる。


 まず水を安定確保する手段を見つけ、その後は食料の安定確保をしなくてはならない。


「でもその方法が分からないんだよな」


 現代日本の山ならまだ可能かもしれないが、ここは異世界の森。キノコやらがあっても果たして口に入れても良い物かどうか。


『問題ないですよ、翔ちゃん』


「何でそんな柔らかい口調で話すんだよ。お前の口調はもともと硬いはずだろ」


 あと翔ちゃんとかホントマジで止めろよ。


 そう何回も言葉を返しているのに、このアンドロイドは柔らか言葉を止めない。介護レベルが5と高いためか、こちらの言葉を無視して介護対象を安心させる言葉を勝手に学習して話すのだ。つらい。


 介護レベルを下げるためにはインターネット認証が必要なので、もうコイツが壊れるまでは一生こんな柔語を話し続ける……地獄だ。


『翔ちゃん』


 頭を抱えていると、昭子が言葉をかけてきた。


 視線をそちらに向けると、昭子は右手にキノコを持っていた。


 全体的に青く、白い斑点模様がチラホラ浮き出るキノコ。昭子は左手でキノコ傘の端をむしり取り、それを口に含んだ。


 何やってんだコイツと思う前に昭子はキノコ片を口から吐き出し、こう呟く。


『毒性物質及び、アレルギー物質などの危険物質は検出されませんでした。栄養素も申し分ないです。ゆえに食べても問題ないですよー』


「途中まで硬い口調だったのに何で急に柔らか言葉になるんだよ」


 とは言え助かったのは事実だ。これで安心して食事がとれる。


 あんな人を馬鹿にしたような口調ばかりするので忘れてはいたが、こいつは高級介護アンドロイドなんだよな。たしか護衛任務でも採用されるほど高性能だったはずだ。


『さて、この付近の地形を確認しないといけませんので動きましょう。翔ちゃんがここでお留守番しても良いですが、危険なワンワンがいるかも知れませんので一緒に移動しましょうねー』


「分かった」


 もう柔語については気にしないことにした。いつまでも気にしてても疲れるだけだしな。


 山を登れば森の全体像が確認できるという事で、俺らは山の頂上に向かって歩き始めた。


 山の頂上? 昭子が周囲にいっぱい生えている木を登って確認したよ。


 そうなんだよ。ここは山のふもとに生えている森林だったんだよ。


 




 ◇◆◇◆◇




 


 そうして歩き始めて一時間たった姿が此方になります。


『よしよし大丈夫ですよー。翔ちゃんが疲れても、こうやっておんぶしてあげるからねー』


「」


 昭子におんぶされて、介護されている俺の姿が此処にあった。


 俺は口を開くことも出来ないくらいに疲れている。


 何故か?


 俺、靴を履いていないんだ。靴下なんだ。歩いたらクッソ痛いんだ。だって森だしね此処。石ころやら折れた枝とかが刺さるんだよ。


 だから簡易的に草鞋(わらじ)っぽいものを作った。でも足が痛くなる。店で売っている靴と比べたら質が悪いからな。


 別に不器用な俺が作ったわけじゃなくて、機械的な精度を誇る昭子が作ったんだけど、やはりというか店で売っている靴よりも足が痛くなった。


 そんな(わらじ)で山を登るとどうなる?


 ――アンサーはクソ足が痛くなってめちゃくちゃ疲れるです。辛い。


 てなわけで、俺は昭子におんぶされている。


 昭子は原付もビックリな速度で山を登っている、いや駆けあがっているという言葉が正しいのではないかと思うくらい素早く移動していた。


 そのくせに、おんぶされている俺は殆ど揺れてはいない。むしろ心地よくなるくらいの揺れしか感じ取れない。高級アンドロイドが生み出せる力だ。


 それから、どんだけ経ったのかは分からないが、心地よい揺れを感じ続けて眠くなってくる。


『あらあら、お眠のようで』


 俺の眠気を感じ取ったのか、昭子がそんな事を音にする。


『では子守唄を』


 いや止めてくれ。俺は赤ん坊じゃないんだよ。クソ恥ずかしい。


 そんな否定の言葉を口にしようとするが、口は上手く動かず無言を返してしまう。


『ゆりかごの歌を かなりやがうたうよねんねこ ねんねこ ねんねこよ――』


 しかし昭子は只のアンドロイドではない。人間の中枢神経を的確に刺激し睡眠へといざなう事が可能だ。


 高級介護アンドロイドの完璧に計算された人工音声。そいつが奏でる子守唄を聞いて、あっさりと俺は寝落ちした。⋯⋯昭子ママぁ。


 




 ◇◆◇◆◇






 いや何でまた、俺は昭子に甘えてたんだよ。


 俺は数分前の自身に対して嫌悪感を抱いていた。


『よーちよち。良く寝てまちゅたねぇー』


「⋯⋯」


 昭子の口調も悪化しているし。赤ちゃん言葉にパワーアップしているんだけど。俺は頭が頭痛で苦痛であった。


 今すぐコイツ(しょうこ)から逃げ出したい気分だ。しかし逃げることは出来ない。俺の尻を岩の硬さから守るために、昭子は俺の椅子になっている。俺の腰回りに、彼女の腕を回さられている。完全に赤ちゃん扱いだ。


 それはもうガッチリと腕が回されており、この拘束から逃げることが出来ない。逃げるには介護レベルを下げるためにインターネット認証が必要となります。


 俺はその苦痛から逃げるべく、俺は辺りの風景を見渡す。


 今現在の場所はごつごつとした岩ばかり。すでに森は抜けていて、此処は山の頂上近くの場所であった。


 山の頂上付近からは様々なものが見える。


 まずは森。もともと俺たちが居た場所だろう。木々が生い茂る森であるが現代日本では考えられないクソ大きな花がばらばらに咲いていた。ひまわりっぽい花であるが、直径が東京ドーム位ありそうだ。


 海。もともとの森とは逆側には海が広がっていた。地平線らしきものが見える。それ以外は何もない。水だけが、そこにあった。


 その、森と海の境界線。


 片側は山がどこまでも並んでいる。山の終わりはどこかにあるだろうが、見えない。一体どこまで続いているのだろうかこの山脈は。


 もう片側は平地だ。緑一色、たまに木々がぽつぽつと立っている。


 ――そして、その平地の一つに城が建っていた。


 その城は灰色一色。大きい一つの三角屋根の円柱建物を中心に、様々な石材建物が横付けされている。そう感じる形をした城であった。


「もしかしたら、あそこに人がいるかもしれないな」


 そう感じてしまう。


 異世界で知的生命体と出会う可能性は低いが――逆にないとは言い切れない。むしろその知的生命が人間と全く同じ形をしてる場合もあるのだ。


 そして、その知的生命体が元の世界、現代日本へ転移する技術があれば⋯⋯帰れるかもしれない。


「⋯⋯次の目的地はあそこか」


 そう考えると希望が湧いてくる。限りなく小さい可能性。だけどそう感じなければ生きる気力も湧いてこない。頑張るしかない。


 そう考えてみると腹が減ってきた。一生この世界で過ごさなくてはならないという覚悟と緊張が少し解けたのだろうか? 今まで腹が減っていないのは不自然だ。もしかしたら緊張が食欲を抑制していたのだろう。


 腹減りを意識すると、なんでも良いから食べたくなってきた。しまいには腹がグーと鳴った。


 それを感知したのか、俺の椅子になっていた昭子が口を開く。


『おまんま食べまちゅかー』


「口調直せ」


 しかし、食欲には逆らえないので彼女から提供される食糧を手に取る。


 青キノコだ。昭子が試食して問題ないと説いていた青キノコだ。


 なんとも食欲が失せる色をしているが、腹が減っているので口に運んで――衝撃を受けた。


 ――クソまじぃんだけど、このキノコ!


 食えたものではなかった。口に噛んだ瞬間広がる粘着質な青臭さ。その匂いと味が舌から花まで通り、吐き気を呼び起こそうとしてくる。


 思わずキノコを吐き出す。しかし不味さは口の中に残るので不快なまま。ぺっぺと唾を吐き出すがその味は収まらなかった。


 俺は首を後ろの昭子へ向ける。


「なんつーもんを食わせようとしてきたんだよ!」


 キノコのイライラを昭子に向けた。これは流石にひどいという事を昭子に訴える。


 しかし昭子は動じていなかった。


 無表情だ。何も感じていないかの如く、顔は何も変化していない。


 コイツ⋯⋯! と一瞬思うが、おかしい事に気が付いた。


 無表情?


 この高級介護アンドロイド昭子は人を安心させるために表情が豊かに変化する仕様となっている。無表情なんて基本ありえないはずだ。


 そう考えると不気味だ。なんで無表情なんだよ。


『⋯⋯どうして』


 数秒後、昭子は口を開く。


 俺は良く分からなくて、どうして?、とオウム返しに昭子に問う。


『どうして、好き嫌いするの?』


「へ?」


 そうして返されたのは良く分からない問であった。

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