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カマキリの肝スープ

 カマキリの肝ってなんだよっていう気持ちだ。


 まず肝とは、生物の主要な臓器、心臓というのが俺の知識だ。つまりカマキリが生物であるため肝という機関は存在しているはず。


『肝は肝臓のことですよー』


 ア、ハイ。


 ⋯⋯しかしカマキリとは本来小さい生物で、過去何度も踏みつぶして遊んだ記憶がある。そんな小さき生物の肝は見たことが無いし、想像もつかなかった。


『翔ちゃん。地球にいたカマキリには肝臓はないんです』


「うんじゃあ、この世界のカマキリは違うんか?」


『はい、人間に近い位置に肝臓が存在してますねー』


 そう言って、昭子はカマキリの肝臓を見せる。人間の肝臓に似たような形としか分からない。


 いや、人間と同じような形をしているってことは、


「こいつら人間ベースな生き物ってことか?」


『そう考えることもできるかと。⋯⋯ほら見てください翔ちゃん。心臓がありますよ心臓』


 そう昭子は言うと、そのカマキリの心臓を見せてくれたけど、緑色の血で濡れていて良く分からなかった。なんかひと塊の肉塊があるなーとだけ分かる。


『カマキリにはこんな人間みたいな心臓はありません。血流を背脈管と呼ばれるもので送っています。人間でいう背骨あたり一体がその背脈管なんですねー』


「他の内臓はどうなんだ?」


『見てみましょう』


 昭子は鉈包丁を振り回す。ぐちゅりとカマキリの血液が飛ぶ。それを気にせずに昭子は解剖を進める。そしてまた何かの臓器を取り出した。


『肺っぽい物がありますねー。人間のと変わらない形をしてます』


「ああ、じゃあ人間ベースに作られたの確定した感じかな」


『まぁ異世界ですし、そう十分考えられますねー』


 じゃあこの臓器でスープを作りますか、と昭子が鍋を取り出した。俺は聞かなかったことにした。


 しかし聞かなかったことにしても昭子は作り始める。それを認知した俺はカマキリの臓器類を捨てようと動くが、気づかれて紐で縛られた。


 どうにかこうにか土でも蹴飛ばしてカマキリの肝スープという暗黒料理を失敗させようとするが、それも昭子に止められた。


 そうして完成されるカマキリの肝スープ。


 匂いは何故か香ばしい胡椒のような感じ。だが、なんか全体的に緑色で食欲が見るだけで失せる。


 そんなものを昭子は食わせようと、スプーンですくって『あーん』と差し出す。


「いや、カマキリの肉塊って何か毒でもあるでしょ!」


『成分は熊肉よりも健康的ですよー』


「味は!」


『キノコ以上、熊肉以下ですかねー』


「見た目最悪なんだけど!」


『緑色って健康的な色じゃないですか。青汁だって緑一色ですよ?』


「あれは野菜で合って、カマキリの肉じゃない!」


 うわーあ。っと叫んで拒否しようとするが昭子のスプーンはこちらを進み続ける。


 俺の口へ直進するスプーン。首を曲げて回避。再びスプーンが来るのでそれも回避! ビュンビュンと向かってくるスプーンを回避し続ける。


 がしかし、昭子の片手が俺の頭を押さえた。回避できねぇ! そう思った瞬間、俺の口にカマキリ肝スープが流し込まれた。


 ドロドロとした液体と、柔らかい肉が口に流れる。


 ⋯⋯。


「⋯⋯なんか意外にいけるな」


 人間の頭は結構単純で、苦手意識があったものでも食えるようになった瞬間、その食材はとても美味しく見えるものである。


 俺はカマキリの肝スープを美味しくいただいた。






 ◇◆◇◆◇






 そんなこんなで俺達は森を進んでいく。そして二日後。俺たちは森を抜けた。


 見えてきたのは草原。だが、ぜんぜん穏やかな感じはしない場所であった。


 まず、平らではない。起伏に富んだ土地であり、かなり立体的な地形をしている。しかも二段構造になっている場所があり、なんか説明がめんどくさくなってきたので「ガウル平原」って検索してみてくれ。大体あんな感じの平原だ。田中が渡辺に改名されててビビったわ。


「というか、奥の景色が見えんな⋯⋯丘とかが邪魔だ」


『そうですねー。まぁ今回は目標地点がありますし、地図もあります。ゆっくりまっすぐ進んでいきましょー』


 というわけで、俺たちはまた進む。森の中より地面が平らなので荷台のスピードは少し上げられた。わーい。そのスピードが気持ちいい風を生み出し、俺は楽しかった。


 きゃっきゃ、きゃっきゃ、楽しみながら俺は昭子の上で景色を楽しんだりするが、まぁ飽きた。


 だってさ、面白い事が無いんだ。ドラゴンとか別に飛んでいない、遠目から見れるのは熊位だし。


 そうなんだよ。ぜんぜん動物が居ないんだ。森でも熊とカマキリしか見てないんだ。城にいたドラゴンもあれから見てないし。


 というかこの世界って全然生命が居ないな。蟻とかの小さな生物、一切視界にとらえてないわ。もしかしたら、そもそも存在していないかもな、そういう生物。


 まぁ、つまり暇だったので、カマキリと戦った場面を思い出して昭子に質問する。


「昭子、カマキリの時にやった、あの多重に火矢(ファイアーアロー)を発生させるやつ。あれ一体何をやったんだ?」


 ――『『『『『『『『『《なんか火が出てくれお願いだ頼む、故郷に病気の妹がそこそこの威力で飛んでいる火を見たいって言っているんだ! 本当に頼む!!》』』』』』』』』』


 昭子のあの声が多重に聞こえる技。あれはいったい何だったんだろうか?


『声を多重に出せば、その分魔法も多重に出てくるだけですよ』


「いや、だけって何なんだよ。どうやって声を多重に出してんだよ。お前の内臓スピーカ一台しかないはずだよな?」


『私にスピーカは内臓されていませんよ。無線スピーカーに接続すればそこから声は出せますが』


「え、あー。じゃあ人間の口を再現した発音方法なのか」


『そうですよ。声を多重に出すのも簡単です。そう聞こえるように発音すればいいだけですから』


「⋯⋯なんかお前が高級介護アンドロイドのこと忘れてたわ。確かに高級品なら可能なのか、そんな曲芸じみた事」


『可能なんですが⋯⋯忘れてたってなんですか忘れていたって』


「そういうところだぞ」


 なんか親しいお姉さんみたいな態度してんだよな昭子。どう考えても人外なのに、それを忘れさせちゃう生命の息吹を会話から感じる。


 ⋯⋯まぁ楽しいから良いか。


 俺たちの平原旅は、ドラゴンに遮られるまで続いた。

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