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勇者 イセカイザー  作者: 榛名
11/15

第11話 決戦、魔王城

『勇者、イセカイザー!』


カイザーブレードを構えたイセカイザー。

その搭乗席でアニスは、モニター越しにイセカイザーと視界を共有していた。

先程までは巨大に感じられた深界騎兵が小さく見える。

実際にはイセカイザーがやや上回る程度だが、見上げるのと見下ろすのではだいぶ世界が違った。

膨大な魔力がイセカイザーの全身を駆け巡っているのがわかる・・・負ける気がしない。


「これが合体・・・イセ・・・カイザー」

『本来は私の世界の仲間達と合体した際の名前なのですが・・・別の名前が思い浮かばず、申し訳ありません』

「いいえ、良い名前だと思うわイセカイザー」

「楽しくお喋りしてるんじゃないわよ!いきなさい深界騎兵!」


命令するベルディーネも動揺の色が隠せない。


(まさか・・・本当に合体をするなんて・・・)


機械の規格も何もないこの異世界で、それもイセカインに合わせて作られたわけでもない者達と・・・

それでもイセカインは合体してのけたのだ。

ベルディーネの命じるままに、深界騎兵が合体したばかりのイセカイザーへ迫る。


「来るわよ、イセカイザー!」


迎え撃つべくイセカイザーが構える。

その動きはごく自然で、合体による違和感はなかった。



『ネオアクアブリット!』


イセカイザーの右腕、リヴァイアサンの口から水の弾丸が放たれる。

高圧の水流が深界騎兵の装甲を易々と貫いた。


『カイザーキック!』


一気に間合いを詰めたイセカイザーが救い上げるように強力な蹴りを放つ。

まるでサッカーボールのように、深界騎兵が空高く打ち上がった。


『フェニックスファイヤー!』


上空の深界騎兵目がけて、胸の不死鳥から分身の如く火の鳥が舞い上がる。

その火の鳥を追いかけるように、イセカイザーが大地も蹴った。

下から切り上げるカイザーブレードの軌跡が、火の鳥に追いついて交わった。


『ファイヤースラッシュ!』


炎の斬撃が深界騎兵を切り裂いた。

その巨体が真っ二つに両断され落下・・・大地を揺らした。



「圧倒的じゃない、イセカイザー」


あれほど追い詰められた深界騎兵を易々と倒してしまった。

先程までの劣勢が嘘のようだ。


『当然だ、この我が力を貸しているのだからな』

「その声・・・マーゲスドーンね、ありがとう」

『ふん、お前に感謝される事ではない』


イセカインとは違う声がアニスに語り掛けてきた。

鋼竜マーゲスドーンはまだアニスを認めていないのか高圧的な態度だ。

見かねたのかストームフェニックスがフォローに入る。


『申し訳ありませんマスターアニス、こいつは昔からこういう性格なのです・・・まったく、何も変わっちゃいない』

『ふん、貴様こそ変わったのは派手な見た目だけのようだな』

「ちょっと、二人とも喧嘩しないで」


たちまち言い争いを始めた二人だが、険悪な雰囲気は感じられない。

言葉とは裏腹に、互に再会を喜んでいるのだろう。


『人間の勇者よ、こうして共に戦える事を感謝する』


聞きなれない声が搭乗席に響いた・・・リヴァイアサンの声だ。

彼もまた古の時代から海を護って来た勇者だが、薬によって醜い魔物へと変貌していた時の記憶がアニスの脳裏を過ぎる。


「リヴァイアサン・・・具合は大丈夫?」

『気遣いを感謝する・・・だが心配には及ばない』


彼を苦しめた薬の毒素も浄化の炎が綺麗に消し去っていた。

もう二度と悪しき力に屈する事はないだろう。


『マスターアニス、そして勇者イセカイン・・・・我ら3体、今後は共に戦いましょう』

「うん、頼りにしているわ」


今はイセカイザーの各部となっている心強い仲間達・・・その信頼にアニスが頷く。

皆この世界を護る勇者達だ。


「まだ綺麗に話を纏めるような時間じゃないわよ!立ちなさい深界騎兵」


その雰囲気を壊すようにベルディーネが叫んだ。

真っ二つになった深界騎兵のその断面から触手が伸び、互いに絡まり合う・・・まだ生きていたのだ。

傷を再生して立ち上がって来た深界騎兵だが、イセカイザーとの力の差は明白。


カイザーブレードが閃き、深界騎兵はまたすぐに倒される・・・しかし・・・


「またなの?!」


再び傷を再生させて立ち上がって来る深界騎兵。

しかも先程よりも再生速度が速い・・・驚異的な生命力だ。


「深界の力は不滅の力・・・決して滅びる事はないわ」


さながら不死身の兵士の如く、深界騎兵は何度倒しても立ち上がって来る。

このまま戦い続けても、こちらが消耗するばかりだ。


「不死の力だって言うなら、浄化の炎で・・・」

『お待ちくださいマスターアニス、今の貴女が私の力を使い過ぎるのは危険です』

「だって、それ以外に方法が・・・」


おそらく、あの再生は死霊術をベースにしたものだろう。

その力に対抗出来るのは、ストームフェニックスの浄化の炎しかない。

しかし、生半可な炎では深界騎兵を倒すにも至らない。

あの巨体を全て焼き尽くす程の炎ともなれば、アニスへの反動も相当なものである事は容易に想像出来た。


(それでいいわ・・・さっさと力を出し尽くしてしまいなさい)


地球での伊勢湾警備隊との戦いから、ベルディーネは学んでいた。

イセカイザーは確かに強力な力を持っているが、その合体を長時間維持出来ない。

ましてや異世界の者達との合体は今回が初めてなのだ。

そして一度合体が解けてしまえば、深界騎兵の優位は揺るがないだろう。


『ダブルスラッシュ!』


カイザーブレードの二連撃によって×の字に斬られた深界騎兵がバラバラになって崩れ落ちる。

だがやはりその身体は一つに纏まり、復活してきた・・・もう幾度目かもわからない。


「もうやるしかないわ、ストームフェニックス!力を貸して!」

『しかし・・・』

「私の事なら大丈夫よ、元気だけが取り柄みたいなものだしね」


口ではそう言いつつも、アニスの表情に余裕はない。

自分にどこまでの事が出来るのか・・・もしそれでも倒せなかったら・・・不安は拭えない。

それでも、ここはやるしかないのだ・・・アニスが覚悟を決めたその時。


『その必要はありません、アニス王女』

「え・・・」


イセカインが力強く断言した。



『戦いながらデータを収集していたのですが・・・あの深界騎兵は、私のいた世界で戦った深界棲命体と基本的には同じものだと結論しました』

「・・・深界棲命体?」


深界棲命体・・・初めて聞いた言葉だ。

そもそも、イセカインが自分の世界の話をするのは珍しい。

だがこうして異世界の敵が目の前に現れた今、それは何よりも有用な情報だった。

・・・イセカインは説明を続ける。


『彼ら深界棲命体は、人間を取り込んで核とする事で巨大な戦闘形態へ変化します』

「人間を・・・取り込む・・・」


そう言われて、深界騎兵が現れた時の事を思い出す。

・・・確か、ベルディーネが放った宝玉が逃げ遅れた魔導騎兵の操手へと・・・


「つまり、あの深界騎兵の身体のどこかに核となった人間がいる・・・って事?」

『はい、その核を取り出して、浄化する事が出来れば・・・』

「深界騎兵は・・・もう復活しない・・・でもどうやってその核を・・・」

『もう見当はついています』


イセカインがそう言うと、モニターに複数の映像が表示された。

映像に映っているのはどれもバラバラになった深界騎兵が復活してくるシーンだ。

もう何度も見た光景だ。

映像の中で再生していく各部位・・・その中でいくつかの部位が赤い線で囲まれた。

こうして見ると良くわかる・・・そこだけ再生速度が違うのだ。


『リヴァイアハング!』


イセカイザーの右腕・・・リヴァイアサンの頭部が・・・折り畳まれていたその首がまっすぐ伸びて・・・

水竜の咢が、深界騎兵のその部位目がけて牙を剥いた。

見事に深界騎兵の身体を貫いたリヴァイアサンが再び右腕に戻っていくと、その口には脈動する球体・・・深界の核がしっかりと咥えられていた。


『さぁアニス王女、核の浄化を!』

「任せて!」


核はイセカイザーの右手に収まるサイズだ。

この大きさならば、アニスへの負担も少なく済むだろう。

フェニックスの浄化の炎が、核を包み込むように燃やしていく。

・・・すると、核の表面が溶けるように崩れて・・・その中から人間の姿が現れた。


「え・・・」


たしか、核にされた魔導騎兵の操手は獣人タイプの魔物だったはず・・・

遠目で見た限りなので定かではないが、今目の前にいる人間は明らかに別人に見えた。

その人間は眠っていたかのように目を覚まし・・・


「うーん・・・あれ、俺・・・たしか魔王軍に捕まって変な薬を・・・ってうわ、なんだこれ!」


・・・なんと彼は魔物にされた元人間だったのだ。

彼は不幸が重なって、魔物から更に深界の核へと二重の変貌を遂げていた・・・そこへ浄化の炎が一気に元の姿へと戻したのだ。


『すぐに降ろすわ、危ないからじっとしてて』

「ははは、はい・・・」


イセカイザーの手の上で怯え切って震える青年を地面に降ろす。

目を覚ましていきなりこんな状況では無理もないだろう。

そして彼が物陰に避難するのを見守りながら、イセカイザーはその元凶へと向き直った。


『ベルディーネ、後はお前だけだ』

「く・・・」


突きつけられたカイザーブレードがキラリと光る。

隙なく構えるイセカイザー・・・そこに期待していた合体の限界の気配は感じられない。


(所詮は即席のゲテモノ合体と侮っていたけど・・・まさかこれ程とは・・・)


イセカイザーは想像を超える性能と安定性を見せていた。

このままベルディーネが全力で戦ったとして、勝てるかどうかも危うい。


「合体が上手くいったくらいで調子に乗るんじゃないわ・・・お前など今の深界王様には及ぶべくもない」

『ここでお前を倒し、深界王の野望も必ず打ち砕いてみせる』


「浄化の炎を剣に!」


胸の不死鳥が炎をカイザーブレードに纏わせる。

不死の力を打ち破る必殺の剣だ。


「これは・・・まず・・・」


イセカイザーがカイザーブレードを一閃する。

避け切れずにベルディーネの上半身が吹き飛んだが、やはり残された下半身が再生を始めた。

しかし再生するのを悠長に待つつもりはない。


「イセカイザー!トドメを!」

『ベルディーネ、これで終わりだ!』


トドメを刺すべく、イセカイザーがカイザーブレードを振り下ろそうとしたその時。

目の前に稲妻の柱が突き立った。


『?!』


『久しいな・・・勇者イセカイザーよ・・・』


そしてどこからともなく響く声・・・

聞き覚えのない声色だったが、そのどこか無機質で淡々とした喋り方には覚えがある。

そして稲妻が消えた空に、白く浮かび上がったその姿は、忘れもしない人類の宿敵。

イセカイザーはかすかに震える声で、その名を口にする。


『・・・深界王』

「あれが・・・魔王なの・・・」


ごくり、とアニスの喉が鳴った。

深界王・・・その名は、この世界において魔王を意味する。

初めて見る敵の首魁の姿に、アニスはうすら寒いものを感じていた・・・本能に恐怖を呼び起こされているかのようだ。


『やはりベルディーネ程度では、お前の相手は務まらぬようだ』

『深界王・・・この世界をも恐怖で染めるつもりか?』

『ふ・・・今更我が染めるまでもない・・・この世界は既に心地良い恐怖に満ちている』


深界王は仮面のような顔に表情を見せた・・・それはとても穏やかで、余裕に満ちたものだった。


『なん・・・だと』

『我はこの地で何もする事などない・・・争いと怨嗟が渦巻くこの世界は、既に我ら深界の理想郷なのだ・・・』


満ち足りた表情でそう語る深界王にイセカイザーは動揺を禁じ得ない。


『だが、現にお前はこうして・・・』

『勇者よ、全てはお前を倒さんが為だ・・・この世界においてはお前こそが異物なのだ・・・お前さえいなければ、我は何もせぬ・・・ただ穏やかな時を過ごすのみぞ』

『・・・』


イセカイザーは言葉を失った。

その言葉が真実であるというのなら・・・これまでの戦いとは・・・他所の世界から来た異物である自分が、無責任に介入して・・・


「魔王の魔力に惑わされてるんじゃないわよ!勇者でしょ!」

『アニス王女?!』


アニスの声がイセカインを現実へと引き戻した。

魔王の魔力・・・アニスはそう言った。

慌てて自らのAIをスキャンする・・・原因不明のエラーを検知した・・・魔術による介入があったのだ。


「争いの絶えない世界の何が理想郷よ!そんなのただの地獄じゃない!私達はそんな世界を平和にする為に戦ってきたんでしょ!」

『その通りです、アニス王女・・・おかげで魔王の魔力から脱しました、ありがとうございます』


イセカイザーはまっすぐに深界王を見据えた。

その顔はやはり仮面のように無表情だ・・・穏やかな表情など最初から浮かべていない。


『だが、我が言葉に偽りはないぞ?』

『例え私がこの世界に歓迎されない異物であったとしても・・・この世界をお前たちの理想郷になどさせはしない!』

『ならば来るがいい・・・我が居城へ・・・魔王城にて、お前達を迎え撃とうぞ』


そう言い残して、深界王の映像が消えていく・・・


いつの間にかベルディーネの姿が消えていた・・・深界王と対話している隙に逃げたようだ。

砦にいた魔王軍の兵達も全員撤退している、後に残されたのはイセカイザーだけだ。


『・・・』

「まだ魔王の言った事を気にしてるの?」

『・・・はい』

「ひょっとして、イセカインが自分の世界の事を話してくれないのもそういう理由?」

『ずっと考えていました・・・異世界の存在である私は、この世界の事に干渉すべきではないのではないかと・・・』

「馬鹿ね・・・」


そう言って微笑んだアニスの表情は普段とは違った、穏やかで慈愛に満ちたものだった。


「私ね、最初は勇者なんていらないって思ってたの・・・兵士達はみんな必死に戦ってくれているのに、よくわからない異世界の勇者をあてにするなんて・・・ってね」

『・・・』

「だから王都に現れた魔物に敵わなくて、どうしようもなくなった時、思い知ったわ・・・自分がどれだけ思い上がっていたかを・・・あのまま貴方が現れなかったら、そんな私への天罰だって諦めてたと思う」


巨大なモグラの魔物を前に、彼女が初めて感じた絶望。

あの時の事は、今思い返しても震えが止まらない・・・アニスは震えを堪えて言葉を続けた。


「でもイセカイン、貴方は私の中途半端な召喚に応じて来てくれた、魔物を倒して皆を助けてくれた・・・」


思えば、あの時からだろう・・・アニスが、自らも勇者になりたいと願うようになったのは・・・

あの時のイセカインを見て憧れたのだ、自分も誰かを護れる強さが欲しいと・・・


「イセカイン、貴方を召喚したのは私よ・・・その私が言うわ、貴方はこの世界にとって必要な存在・・・決して異物なんかじゃないわ・・・」

『ありがとうございますアニス王・・・女?』


アニスの姿がふらりと揺らぐ・・・そろそろ限界が来たようだ、合体が解除され、神獣達がアニスの腕輪へと戻っていく。


「そんなに長く、合体していられないみたい・・・でもここなら・・・安心して眠れるわ・・・」

『はい、アニス王女は私がお守りします・・・安心してお休みください』

「目を覚ましたら・・・イセカインの・・・界の事を・・・聞、かせ・・・ね」


そこでアニスは意識を失い・・・すやすやと寝息をたて始めた。

以前のように苦しそうには見えないのは安心しているからか、それとも消耗が少ないからか・・・

それから数日・・・アニスはイセカインの中で眠り続けた。


そして・・・


「いたた・・・なんか身体のあちこちが痛い・・・」


あまり寝心地の良くないイセカインの座席で長時間過ごした結果・・・

目覚めたアニスを寝違えた痛みが襲ったのだった。





「く・・・まだ腕が再生しきらない・・・」


ベルディーネは魔王城に逃げ帰っていた。

イセカイザーによって吹き飛んだ上半身は殆ど再生していたが、まだ左腕が根元から失われたままだ。

浄化の炎を纏ったカイザーブレードの威力・・・それを思い出すだけで背筋が凍る思いだ。


「この私が恐怖を抱くなんて・・・なんて屈辱・・・」


本来、人の恐怖とは深界の者にとって食事のようなもの・・・自分は摂取する側なのだ。

それが恐怖を抱く・・・まるで嘔吐するような気分だった。

だが今の彼女を悩ませているのはもっと別の事だ。


(・・・やはりベルディーネ程度では、お前の相手は務まらぬようだ・・・)


深界王のあの言葉が脳裏に響く・・・ベルディーネはそこに失望の色を感じていた。

主の期待を裏切ったばかりか、あろうことか勇者に怯える体たらく・・・このままでは自分は用済みだ。


(もっと・・・力を・・・)


主から授かった深界の力、そしてこの世界で得た魔力。

今のベルディーネは以前よりも確実に強くなっている・・・だがまだ足りない。

あのイセカイザーを倒す為にはもっと強い力が必要だ。


広大な魔王城、その内部をベルディーネは迷わず進んでいく・・・望む力を得る手段・・・その見当はついている。

彼女がたどり着いたのは牢獄だ・・・しかし捕らえた人間共は全て「使用済み」で、イセカインが来てからは補充もない。

今やこの牢獄に囚人などいないはずだが・・・


一人だけ・・・

銀髪の少女が一人、魔力を封じる特別製の鎖に繋がれ捕らえられていた。

そしてベルディーネの目当てはこの少女・・・セニルに近付いた彼女はその顎をくいっと持ち上げた。


「お久しぶりねセニルちゃん」

「・・・」


セニルは答えない・・・無言で彼女を睨みつけるのみだ。

鎖によって魔力を封じられ、身体も衰弱しきっているが、その瞳に宿る意志の力だけは衰えていなかった。

その視線に、思わずぞくりとしたものを感じたベルディーネだったが、すぐに余裕を取り戻す。


「そんな目をしてもダメよ、今のアナタには何にも出来ないからね」

「・・・その左腕・・・勇者にでもやられましたか?」

「!」


セニルは無様だと言わんばかりに嘲笑を浮かべた。

痛いところを突かれたベルディーネの右手がセニルの頬を打った。

だがセニルは今更その程度の事では動じない。


「・・・まぁいいわ、今日アナタに会いに来たのはその力を貸してもらう為だからね・・・」

「私がおとなしく力を貸すとでも・・・」

「アナタの意志なんてどうでもいいのよ・・・私が欲しいのはその魔力と身体だけ・・・」


そう言ってベルディーネの右手がセニルの肌を撫でまわした。

屈辱とその虫が這うような感触の不快さにセニルは表情を歪めた。


「ふふ・・・良い反応ね」

「・・・!?」


セニルが目を見開く・・・ベルディーネの右手が彼女の肌にめり込んだのだ。

それは力で食い込んだのではなく、まるで彼女の中に溶けていくように・・・


「これは・・・いったい何を・・・」

「良いわ、その顔よ!堪らないわ・・・」


愉悦の表情を浮かべながらベルディーネは腕を差し込んでいく・・・もう肘まで埋まってしまった。

逃れることの出来ないセニルに顔を近付ける・・・触れた頬が溶けるように一体化していく。


「これからアナタは私と一つになるのよ・・・」

「そんな・・・嫌・・・嫌ぁ!・・・助けて・・・アーヴェル様・・・」


それはさながらスライムの捕食のように・・・

傍目にはセニルの身体にベルディーネが吸い込まれていくように見えた。


やがて、それは終わりを迎え・・・牢獄に元の静寂が戻った。

鎖に繋がれたセニルの姿は、一見すると何も変わっていないように見えた。


・・・


ぴくり、とその身体が震えた・・・その次の瞬間。

ガキン!と音を立てて彼女を捕らえた鎖が一斉に弾け飛んだ。


「漲る・・・力が、魔力が漲るわ・・・」


鎖から解放されたセニルはにやりと・・・まるで別人のような表情を浮かべていた。





「皆、ついにこの時が来たわ!」


勇者イセカインの手の上を壇上にして、居並ぶ兵士達にアニスが語り掛ける。

アニス達と共に今日まで魔王軍と戦い続けてきた彼らは、すっかり歴戦の精鋭となっていた。

しかしそんな彼らにとっても、此度の戦いを前に緊張した面持ちをしていた。


「これより私達は人類の悲願・・・魔王城を攻略します!」


長きに亘る戦いの末に、ようやくここまで来たのだ・・・兵士達は思い思いに感慨にふける。


「魔王の力は強大です、激しい戦いになるでしょう・・・でも、これが最後です!最後にもう一度だけ、私に命を預けてください!」


そこで兵士達から歓声が上がる・・・異世界の勇者と共に戦い、自らも勇者となったアニスは彼らにとって憧れなのだ。

そんな彼らに対して、アニスもこの言葉で締めくくった。


「ありがとう私の勇者達・・・私も皆の勇気を信じています!」


盛大な拍手を受けながらアニスはイセカインの手の上から降りる。

すかさずソニアが駆け寄ってきた。


「ご立派でした、アニス様」

「ちょっとソニア・・・そんな顔しないでよ」


感動の涙を浮かべるソニアを見ていると、忘れていた恥ずかしさが蘇り胸がいっぱいになる。

熱を帯びた頬を振り払うと、アニスは作戦会議を開いた。


「魔王のあの声・・・心を操る魔術だと思うわ、各隊に魔術師を配置して対抗出来ると良いんだけど・・・」

「精神へ作用する魔術となると使い手が限られますね」

「密集陣形をとる事でなんとかならないだろうか」

「なるべく私とイセカインが先行して魔王の相手をするつもりだけど、お願いするわね」


イセカインにあれだけの影響を与えた力だ、人間の魔術でどれ程対抗できるかわからない。

出来ればあの力を使われる前に直接戦闘に持ち込みたい。


「問題は魔導騎兵・・・それに深界騎兵・・・ですか」

「それも私とイセカインが当たるべきなんだけど・・・出来れば魔王を優先したいわ」

「足止めに徹すれば時間稼ぎくらいは出来ると思います」


魔王軍との戦いの中で対魔導騎兵用の戦術も編み出されていた。

魔導騎兵は足元が死角になりがちらしく、地形を利用したトラップがよく効いた。

さすがにアーヴェルのような例外機体には通用しないが、多くの魔導騎兵に有効な戦術で、実際に戦果もあげている。


会議は滞りなく進み、魔王城への進軍が開始された。

もちろん先頭を行くのは放水車形態のイセカインだ。

その上空ではアニスの乗ったストームフェニックスが警戒に当たっている。


やがて目的地である魔王城がその巨大な姿を見せた時・・・アニスは異変を察知した。

魔王城から煙が上がっているのだ・・・


「イセカイン!」

『私のセンサーでも確認しています・・・これはいったい・・・』


魔王城に到着した彼らを待っていたのは、死屍累々たる魔物達・・・魔導騎兵の残骸らしきものも混ざっていた。


「これは罠・・・なのかしら?」


アニス達が近付いた瞬間、死体が蘇ってきたり深界騎兵の類になったりするかとも思ったが・・・

特に何も起きない、ただの屍のようだ。


『何か我々の知らない事態が起こっているようです、どうしますか?』

「・・・何があったか知らないけれど好都合ね、私達は予定通り魔王を目指しましょう・・・皆は先に死体の処理を、敵が死霊術を使ってくる可能性があるから気を付けて」


アニスが不死鳥の上から指示を飛ばす・・・相手が死霊術を使う以上、死体とて油断できないのだ。


「了解しました、我々もここが片付き次第後を追います」

「うん、ここはソニアに任せるわね」

「アニス様・・・どうかご無事で」


見送るソニアを背に不死鳥が羽ばたく・・・水色の車体がそれに続いた。


魔王城の内部も、城外程ではないものの魔物達の死体が点々としていた。

壁面にも傷が付いている事から、何者かがここで戦っていた事が想像出来る。

そしてどうやら、その何者かが目指す先は同じようだ。


「謀反でもあったのかしら・・・私達が着いた時には魔王が倒されてたりしてね」

『そうであれば良いのですが・・・あの深界王がそう易々と倒されるとは思えません』


そしてアニス達はついに追いついた事を知る。

その前方に見えたのは、炎の剣を振るう漆黒の魔導騎兵。

かつてイセカインを倒したその姿は忘れもしない・・・魔王軍四天王「火」のアーヴェルが駆る魔導騎兵イフリータスだ。


イフリータスは一心不乱に剣を振るい、立ち塞がる魔物達を屠りながら通路を突き進んでいた。


「四天王・・・本当に謀反だったの?!」


一度は勇者を倒したものの、その功績を魔王に認められず、不満から反旗を翻した。

アニスの頭の中でそんなストーリーが構成された。


『何が謀反なものか!』

「うぇ!」


アニスの声が聞こえたらしく、イフリータスが振り返った。

目に見えるかのように迸る殺気に、アニスは気圧されてしまう。


『だが謀反ではないのならどういうことだ』

『イセカインか・・・』


イセカインの姿を見てアーヴェルは冷静さを取り戻したようだ。

その殺気が目に見えて引いていく・・・また決闘を申し込まれるかとも思ったが、どうやら敵意はないようだ。

アニスはほっと胸を撫で下ろした。


『アーヴェル、お前は深界王の配下ではなかったのか?』

『深界王・・・あんな者など主ではない、我が主は魔王陛下ただ一人だ!』

「え・・・それって・・・あの深界王が魔王なんじゃないの?」


その言葉にアニスは困惑した。

アーヴェルの口ぶりでは、あの深界王の他に魔王がいるように聞こえる。

アニスのその発言を聞いたアーヴェルは、明らかに不機嫌そうに答えた。


『奴はただの簒奪者に過ぎん、故に俺が討つ!それだけだ』

「ああ・・・そういう事ね」


その言葉でアニスはようやく理解した。

王位の簒奪など珍しい事ではない、ただ魔王にもそれが起こるとは思っていなかったのだ。


「ならちょうどいいわ、私達も深界王を倒しに来たの・・・ここは一緒に」

『お前達と慣れ合うつもりはない』


そう言ってアーヴェルは先に進んでいく・・・アニス達の事は完全に無視するようだ。


「まぁいいわ・・・アーヴェル、私達は勝手について行くからね!」

『ふん・・・好きにしろ』


さすがに魔王軍の四天王だ、この魔王城で迷う事もないだろう。

敵対する意思はないようなので、アニス達はその後ろをついていく事にした。


元々魔王城は大型の魔物を想定した建物なので、狭さを感じる事無く余裕をもって進むことが出来る。

立ち塞がる魔物もアーヴェルが全て倒してしまうので、何もする事がない。

そして、ある地点を越えてからはその魔物の姿も見なくなっていた。


『ここから先は四天王しか立ち入りを許されない領域だ』


大きな扉を前にアーヴェルがそう語る。

こころなしか、その声が緊張しているように感じられた。


「四天王・・・でも3人は倒して・・・残り1人はここに居るでしょ?」


魔王軍の事情を知らないアニスにとって四天王はこれで全員だ。

その計算上では、この向こうには誰もいないということになる。

しかし、イセカインのセンサーは扉の向こうに深界の存在を感知していた。


『気を付けてくださいアニス王女、この扉の向こうに深界反応があります』

「え・・・」

『やはりか・・・』


イセカインの言葉を聞いたアーヴェルが魔剣で扉を切り裂いた。

轟音と共に崩れ落ちいく扉の破片・・・その向こうに立つ人影が1人。


『・・・!』

「・・・お待ちしていました、アーヴェル様」


扉の向こう・・・四天王が集う大広間だ・・・四つの魔方陣に輝きは既になく・・・

その部屋に立つのはただ1人、銀色の髪を持つ少女が優雅に微笑みを浮かべていた。



君達に最後の極秘情報を公開しよう。


魔王軍最強の魔力を持つセニル。

その力によって凍てついた世界にアーヴェルの炎が燃え上がる。

そしてついにイセカイザーと深界王が邂逅する。

はたして勇者たちの戦いの行方は、この異世界の命運は・・・


次回 勇者 イセカイザー 第12話 永久の勇気を

レッツブレイブフォーメーション!

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