お茶会編2
それから一週間ほど寝込んで、カーラはようやく完治した。
甲斐甲斐しく世話を焼いてくれたソロはその間、カーラが退屈しないようにいろんな話を聞かせてくれた。
西の国で暴れていたドラゴンパピーを退治した話。東の国で火山が噴火し、住民の救出を行った話。疫病の特効薬となる珍しい植物を探して南の国へ探検に出かけた話。
特Sランクの冒険者というのは伊達じゃない。その冒険譚はどれも非常に面白く、カーラは寝込んでいる間に退屈している暇がなかった。
「ソロって、わたしとそんなに年齢は離れていないように見えるのに、とってもいろんな話を知っているのね」
「僕が? そっか。そういえば、そうだね」
その意味深で曖昧な物言いにカーラは首をかしげた。
「そういえばって、どういうこと?」
「うん? いや、仮面のせいで若く見られるんだけど、実際そんなに若くはないんだよ。……がっかりした?」
その言葉にカーラをからかう響きがあったので、カーラは頬を赤らめて否定した。
「そんなんじゃないったら!」
「なーんだ。僕ががっかり」
仮面の上からでは、彼が本当はその時どんな顔をしているのかカーラにはわからなかったが、それ以上からかわれたくなかったから、カーラはそれ以上この話題を続けなかった。
もっとずっと後になって、もうちょっとこの話を詳しく聞いておくべきだった、と思ったのだ。
※
カーラが全快し、もとの通りにきびきび働くようになるとソロは留守が多くなった。曲がりなりにも勇者とまで呼ばれる冒険者である。(見た目は少年のようだが)いい大人でもあるのだから心配はいらない、と両親や姉たちは言うのだが、カーラは心配していた。
いくら最強の冒険者といえども、今は片目が見えないのだ。
カーラの看病をしていたときでさえ、距離感がつかみにくいのか目測を誤ってぶつかるところを何度も見た。
――あの人の目になるって言ったのに、わたしはなにもしてあげられてない。
それがカーラには不甲斐なくて、悔しかった。
だから数日ぶりにソロが「ただいまー」と言いながら玄関をくぐった時、カーラは勢いあまってソロにとびかかった。
「おかえりなさい!」
「おっととと、カーラ、死角から飛び込んだら危ないよ」
「ごめんなさい……だけど、心配だったの。目の調子はどう?」
「心配ないよ。仮面のせいで、視界が狭いのは慣れてるし」
なら仮面を外せばいいのでは。そうは思ったがさすがにカーラも口にはできない。
「ああ、そうだ。お土産だよ、はい」
渡されたのは二枚の封筒だった。
「なあに、これ?」
「開けてごらん」
言われるままにカーラは封筒を開け、中から一枚のカードを取り出した。そこに書かれていることを読んでいくうちに、カーラの目が見開かれる。
「公爵令嬢さまのお茶会の招待状……!」
しっかり宛名に上の姉の名前が書かれた招待状を、なぜソロが持ってくるのか。
混乱したカーラが視線を交互にさまよわせると、その様子を見たソロがくつくつと笑う。
「きみの表情はくるくる変わって面白いなあ! まったく、見てて飽きないよ」
「そんなこと言ってる場合!? この招待状はどうしたの、ソロ!」
「見てのとおり、それ自体はなんの変哲もないただの招待状だよ。ただし、これはかの薔薇の瞳の令嬢が主催するお茶会。この意味がわかるね?」
カーラは一瞬考え込んだ後、すぐに答えた。
「公爵令嬢さまが、お姉さまを排除する勝負を仕掛けてきたってこと?」
「そう。前回の舞踏会では、あと一歩のところできみに邪魔されてしまった。だから今度は、直接相手を呼び込んで始末をつけようとしているんだろうね」
「それって、このお茶会は罠ってことよね」
「もちろん罠だ。しかも、これが罠であるとこちらが知っているということも、向こうは知っている。いやあ、面白くなってきたよねえ」
ソロはとても楽しそうで、わくわくしているようにすら見える。百戦錬磨のソロにとってはこれはゲームのようなものかもしれないが、盤上でベットされているのは姉の命だ。
面白がれる余裕なんてカーラにはない。
「はやくお姉さまを、安全な場所に移さないと」
「それは上策とは言えないかな。今逃げたら、今度はまたどんな刺客を送り込んでくるかわからない。時間を置けば置くほど、刺客を仕込む隙を相手に与えてしまうよ。だから僕たちは一刻も早く、公爵令嬢を無力化する必要があるんだ」
「……時間を置けば置くほど向こうが有利になるなら、なぜこのタイミングでお茶会なんて開くの? もっと万全を期してから動くんじゃないかしら」
「急ぐのは、向こうも焦っているからさ。王太子とキャロルのことはもう城下まで届く噂になっている。正式に公表されたら、今まで王太子の婚約者、次期王妃として振舞ってきた公爵令嬢の面目は丸つぶれ。彼女はなんとしても、その前に決着をつけたいんだろう」
カーラは混乱した。ソロは、公爵令嬢の動向をなんでも知っているみたいなのに、姉を危険から遠ざけるつもりはないようだ。むしろ、公爵令嬢に対して打って出る気満々に見える。なぜそんなに自信たっぷりでいられるのだろう。
「ならソロは、どうするつもりなの?」
するとソロは、カーラを見つめてにっこり笑った。
「お茶会で公爵令嬢は決戦を仕掛けてくるはずだ。おそらく、前と同じように操った協力者を使ってキャロルの命を狙ってくるだろう。だけど、公爵令嬢が誰かを操っているという証拠がない。いくら王家とはいえ、公爵を根拠なく糾弾することはできないんだ。確固たる証拠もなく身分あるものを貶めたら、王家の求心力が下がって今の貴族制を維持できなくなるかもしれない。だから僕たちの使命は、公爵令嬢がキャロルに手を出す前になんとしても彼女が黒幕だという証拠を見つけること」
宝石泥棒の嫌疑がかけられたメイドの失踪。カーラを切った男爵次男と公爵令嬢のつながり。その証拠を見つけて、公爵令嬢を言い逃れのできない状況に追い込むこと。それが必要なのだ、とソロは強調した。
「証言や状況証拠だけじゃあ、彼女を糾弾するには不十分だ。公爵はできた人だけど、自分の娘を守るためならそんなもの握りつぶしてしまうだろう。だけど彼女が『盟約』に違反していることがわかれば、僕なら公爵を通り越して彼女を……無力化できる」
そのためにカーラの力を借りたいとソロは言った。カーラはソロの宝石眼を宿しているため、公爵令嬢の精神操作を無力化できる。瞳に宿った強い魔力が、精神的な防御壁になるのだ。それを利用して公爵家の懐に潜り込み、証拠を集める。例えば、王太子が見たというティアラ。失踪した男爵子息からの手紙。公爵令嬢が証拠を残しているかどうかは賭けでしかない。もしそれすらも捨ててしまっていたら、彼女を断罪するのはとても難しくなるだろう。だけど、
「賭ける価値は、あると思う。特にティアラは手元に置いてある可能性が高い」
「そうなの?」
「今までルビー殿が公の場で例のティアラを身に着けたことはないんだ。おそらくルビー殿は王太子の反応を見て、ティアラに加工しても強い魔力を持つ者には、宝石自体の出自がわかってしまうことを悟ったんだろう。だから誰も本物を確認してないんだけど……無防備に王太子に見せるぐらいには愛着があったんだ。自分の企みがうまくいったトロフィーのかわりに、どこかにしまい込んであるんじゃないかなあ、と僕は思う。そして宝石が見つかって、そこに宿る痕跡を魔法で追跡できれば、あるいはメイドの失踪の真相がつかめるかもしれない」
カーラはふむふむ、と頷いた。
寝込んでいるときにソロが言っていたのはこのことか、と思う。要するに自分は、公爵邸にメイドとして入り込んで、それらの証拠になりうるものを持ってくればよいのだ。
「今まで公爵令嬢、つまりルビー殿は自分の名前を出すことを極力避けてきた。自分の思い通りに操れる協力者を使って、自分は安全圏からただ力を揮っていた。でも今回のお茶会は、本人の名前を出して開かれる。これはね、今までとは違うんだよ。彼女は追い詰められている。だからこそ付け入る隙がある……カーラ、協力してくれるね」
ソロの仮面越しの視線をまっすぐ受け止めて、カーラは口を開く。
「もちろんだわ。ルビーさまが姉さまに危害を加えようとするなら、わたしはそれを阻むためになんだってする」
カーラはそう言おうとした。しかし、階段の上から投げかけられた声に遮られてしまった。
「だめよ!」
ソロとカーラが話し込んでいた玄関ホールから階段の方に視線を向けると、そこには青ざめた顔のキャロルがいた。