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お茶会編1

 つまり、こういうことだった。


 幼いころから婚約者同士として育てられた王太子と公爵令嬢であるが、成長するにつれて王太子は公爵令嬢の振る舞いに違和感を感じるようになった。

 

 令嬢はおとなしくしていれば可憐な少女にしか見えない。物腰だけは柔らかいから、幼いころはそれに王太子も含め、誰も気づかなかった。

 しかし、令嬢が周囲にイエスマン以外の人間を置いているところを見たことがない。公爵令嬢、次期王妃という身分にものを言わせて、身分の高いものを優遇し、低い者には視線さえ向けない。

 公爵令嬢の身近にいた王太子だけが、その異常性に次第に気づき始めたのだ。

 自分の生まれに対するプライドが天より高く、周囲の人間は自分を引き立てるためのコマだとしか考えていないのではないか。王太子の公爵令嬢に対するイメージはこのように、日々を追うごとに悪化していった。



 例えばこうだ。ある日、魔法学校で王太子、公爵令嬢と同級生だった伯爵令嬢が大事にしていたネックレスがなくなった。祖母の代より娘伝いに受け継がれたというそれは、時代遅れの野暮ったいデザインであったし、中でも中央にはめ込まれた宝石はカッティングがお粗末で本来の輝きを活かしきれていなかったが、伯爵家の歴史とともに敬愛されるべき一品であった。伯爵令嬢はネックレスの積み重ねた時間を大切にして、それを丁寧に保管していた。


 それが、ある日突然消えうせた。伯爵家は当然盗難を疑い、周囲の人々の捜査を開始した。結果、捕まったのは、アリバイのなかった一人のメイドだった。メイド本人は容疑を否認したが、メイドの私物の中からネックレスの残骸(つまり宝石が抜き取られた金属部分)が出てきたことで容疑が確定し、追放された。処刑されなかったのは、伯爵令嬢自身がそう望んだから、というだけの理由だった。


 そして後日、小粒の宝石が並べられた美しいティアラが、公爵令嬢宛てに届けられた。

 ティアラに埋め込まれた色が揃っている小粒の宝石は、大きさを除けば伯爵令嬢のネックレスに収まっていた輝きの失せた宝石によく似ている。しかし流行りのデザインに縁どられて光り輝くさまは伯爵令嬢のネックレスとは別物に見えなくもない。だが、それを最初に見せられたときに王太子は確かに既視感を感じた。宝石の輝きは、伯爵令嬢が嬉しそうにネックレスの歴史を語っている姿を思い出させた。


あるいはそれは、宝石に残ったわずかな魔力の残滓を敏感に感じ取ったからではなかったか。後になって王太子は、その時に感じた既視感をそう分析した。


 しかし当時はただ「似ている」と感じただけだったので、王太子は静かに「このティアラにつけられた宝石は、伯爵令嬢が盗まれたというネックレスについていた石と似ているね?」と公爵令嬢に指摘した。

 公爵令嬢は王太子の言葉を聞いて「あら、そうかしら。大きさも違うし、別の宝石だと思いますわ」とおっとりと言った。「だけど、エドワードさまがそうおっしゃるなら、公の場でこれをお披露目するのはよしておきましょう。あらぬ疑いをかけられてはいけませんからね」


 それだけだったならまだ、王太子は気のせいだと思って、流していたかもしれない。公爵令嬢の振る舞いに違和感があっても、それを無理に糾弾しようとまでは思わなかったかもしれない。



 決定的だったのは、例のメイドが行方不明となったことだった。

 追放されたとはいえ、伯爵家から盗難の容疑をかけられた人間を野放しにしておくほど王家は危機管理に甘くはない。メイドには騎士が一人監視の任についていたのだが、あるときメイドが忽然と消えたという。


 その報告を王太子が受けたのは、公爵令嬢と一緒にいる時だった。

 メイドは、他殺体で発見された。その知らせを受けて、公爵令嬢は微笑んだのだ。

「まあ、ようやく……」

 そう呟きながら。

 その薔薇色の宝石眼をきらめかせて。


 公爵令嬢は、その魔力で人を操り、自分の欲望を叶えているのではないか。

 公爵令嬢の持つ宝石眼。それがあれば人を操ることは容易だ。例えば、メイドを操ってネックレスを盗ませ、その宝石を外して回収したあとにメイドが処刑されれば、真実を訴える者はいなくなり、誰も公爵令嬢を疑うことはできない。

 だけどそれは、外法と呼ばれる禁じ手である。魔力が強ければ強いほど、自分を律する力が高くなければならない。自分の浅はかな欲望のために魔力を揮ってはならないというのは、この国の常識だ。


 魔力は生まれつきのものだが、発現するのは思春期を過ぎてからだ。王家の者や上級貴族の子女、つまり始祖により近く生まれ、強い魔力を持つ者たちは国策によって王立魔法学園への入学が義務付けられており、そこで徹底的に魔力の扱い方を学ぶ。特に重視されるのは『持てる者の義務』の啓蒙だ。

 「大きな力を持つ者は、人々にその力を還元し、分け与えなければならない」 この国の始祖が築いたというこの思想を、強い力を持つ者ほど、徹底的に体をもって教え込まれる。魔法は始祖がドラゴンと契約して授かった力。王家と貴族だけが持つ不思議な力。だが、この力を決して私用に使わず、国で暮らす人々のためだけに使って、王家と貴族が力を合わせて統治する。こうやって特権階級自らが自律を促してきたからこそ、八百年ものあいだ、この国は平穏に歴史を重ねてきたのだ。

 強い魔力を持つ王家に連なるものは、皆そう教わって育てられる。秩序をもって国を治める王族が、自分自身を律することができないのであれば、王たる資格は無いからだ。


 その禁じ手を、破った可能性がある。


 それだけで、厳しい教育を受けた王太子が公爵令嬢を疑う理由は十分だった。しかし、それだけでは婚約を解消し、身分をはく奪できるわけがない。だから、王太子はまず証拠を集めることにした。


 その一環として開催されたのが、今回の舞踏会というわけだったというわけである。


 婚約解消をちらつかせれば、公爵令嬢が焦りだすことはわかっていた。彼女は上昇志向が強く、自分以外の誰かが自分より上の身分になることなんてとても許容できない人間だと王太子は評価した。そこで、王太子自らが特定の令嬢と仲良くするそぶりを見せればどこかで尻尾を出す。そこを捕まえればいいのだ、と思っていた。


 計算違いは王太子とキャロルが本当に恋に落ちてしまったこと。それから、公爵令嬢を本気で疑う人間が少なく、尻尾をつかむには至らなかったこと。

 舞踏会の最中にソロが捕縛したものの、公爵令嬢が男を魔力で操ったという証拠は結局見つからず、嫌疑不十分で釈放せざるを得なかったのだ。


「僕だって最初から本気で疑っていれば、こんなことにはならなかったかもしれない。魔法学校で教育を受けた人間が、本気で人を操るなんてどうしても信じられなかった……というより、信じたくなかった」


 というのは、カーラ達の家にしばらく居候することになったソロの言葉だ。

 ちなみに、カーラは家に帰るなり高熱を出して寝込んでしまった。どうにも移植された宝石眼の影響で、体の機能が一時的にパンクしているらしい。


「ごめんね、ソロ。世話を焼くのは、本当はわたしの仕事なのに」


 寝込んだカーラの看病をするのはほとんどがソロだった。なにせ急激に王太子とキャロルの婚約が決まったものの、いざとなると足りないものが多すぎる。

 婚約発表は公爵令嬢の一件が片付いてから、いずれおいおいということになって、姉たちや両親祖父母もそれに向けた準備に大わらわで、カーラの面倒を見る時間がない。


「いいんだ。公爵令嬢が次の一手を打ってくるまでは、僕もここにいた方がいい。キミのお姉さん……キャロルとエディの婚約は、もはや公然の秘密だ。公爵令嬢は、確実にまたキミのお姉さんを狙ってくる。今度こそ尻尾をつかむ。そのためには、キミの力が必要なんだよ」

「わたしの力?」

「詳しくは、体調が戻った後でね。今は療養に専念して」

「うん……ねえ、ソロ」

「ん?」

「わたしを、切った人は? どうなったの?」

「……気になる?」

「そりゃあ……ね」

「……失踪した」

「え?」

「煙みたいに、痕跡も残さず消えてしまった。キャロルを切りつけようとした動機は、キャロルへの歪み切った恋慕の情、ということになった。きみを切りつけたあと、拘束したときに懐から出てきた直筆の手紙があって、本人の自室にも日記があった。キャロルとシェリルは、貴族のお茶会によく顔を出していたんだろう? そこで見初めたらしい」


 煙のように消えてしまった。そう聞いて、カーラは胸が冷たくなるのを感じていた。

 

――一体、彼に何があったのだろう。


 確かに、自分を切りつけた人を恨む気持ちがないわけじゃない。だけどカーラは、正面から向き合ってしまったので、切りつけられる瞬間の彼の姿を覚えている。おとなしく撫でつけた茶色の髪。真新しいタキシード。茶色の瞳は、目の前の自分ではなく、それを通り越したどこかを見ていた気がする。

 特にその顔をよく覚えている。

 なんの気合もない、ただ力の抜けた表情で、無造作に近寄り、剣を振り上げ、そして切られた。

 しかし彼のその顔は、今までどこでも見たことがないとカーラははっきりと言える。姉たちが参加したお茶会のメンバーは婚活ターゲットを見極めるためによく家族会議で紹介されていた。その中にも、ソロが教えてくれた彼の名前はなかったと思う。


「そんなの、おかしい」

「そう、おかしいんだよ。キャロルにも確認したけど、今まで一度も、お姉さんたちと彼は会ったことがないはずだ。そもそも彼はそういった催しに参加していない。どうやらひどく内向的な性格で、実家の領地から外にはほとんど出ていなかったらしい。今回は自分の妹のエスコートとして参加していて、そして、兄と違って社交的な妹は公爵令嬢に心酔しているともっぱらの評判だ」

「それって……」


 それは、公爵令嬢が宝石眼で相手の心に侵食して、無理やり殺害衝動を起こさせて、さらにその後失踪するように暗示をかけていたのではないのか? 


 公爵令嬢のような強い魔力があればそれは可能だ。しかし、高貴な身分の人だけが持つという魔法の力で誰かを操ることは、それだけでこの国では重罪である。貴族と言えども、例外はない。

 それが事実だとすれば、公爵令嬢は王と貴族に対する、すべての国民の信頼を裏切っていることになる。


「僕も昨日までは半信半疑だった。もちろん彼女も王立学園を卒業して、啓蒙教育も受けているはずだ。それなのに、自分のために力を揮うなんてこと、考えやしないと思ってた。だけど違った。彼女は力を使っているし、それは古の盟約に反する可能性がある」

「古の盟約?」


 聞いたことのない言葉だった。


「……だとすれば、なんとしても止めなければならない」


 ソロは、カーラの疑問には答えなかった。

 熱で頭の働かないカーラはそれを大して気にも留めずに、ソロに重ねて質問した。


「どうやって?」

「うん、実はもう、作戦は考えてあるんだよね」

「?」

「熱が下がったら教えてあげる。だから早くおやすみ」

「そんなこと言ったら、気になって眠れないわ」

「うーん……そう来たか。ならちょっとだけ教えよう。カーラ、キミには、もう一度メイドになってもらうよ」

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