表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/48

舞踏会編6

 カーラの目が覚めた時、周囲には多くの人がいた。二人の姉、王太子、遠目で拝見した王、見たことのない男性、そして、ソロ。


「ねえ、さま……」

「ああ、カーラ。もう大丈夫よ、あなたは助かったの。どこも痛いところはない?」


 泣きはらした目のキャロルがカーラの頭をなでる。その指先が冷たくて、深く沈み込んでいた意識が徐々に覚醒していくのをカーラは感じていた。


――ああ、そうだ。わたしは、切られたんだ。


 カーラは自分の腹をわさわさと撫でた。

 切られたはずだ。冷たい刃を、切り裂かれた痛みを、裂け目から流れ出る血の感触を覚えている。


――それなのに、どこも痛くない?


「痛くないわ……なんで?」

「動いてはだめだよ、組織は魔力でつなぎ合わせたけど、失った血が戻ったわけではないから」

「ソロ? どうしてここに……」

「カーラ、ソロ様と知り合いなの? この方があなたの治療をしてくださったのよ」

「え? ありがとうございます……?」


 カーラがソロに向かって頭を下げようと動くと、左目にかかっていた前髪がぱらりと落ちた。


「カーラ……! その瞳!」

「え?」

「なんてことをしたんですか、ソロ殿! あなたの瞳は薔薇色の宝石眼。それをいきなりこの娘に移植するなんて!」

「うーん。確かに、人前に出るときはベールか何かで瞳を隠した方がいいかもしれないね」


 カーラには何が何やらわからない。一体自分の目はどうしてしまったのだろう。

 先ほどの斬撃で、確かに自分の目は負傷した。それなのに今は、何の問題もなく見えている。それは、なぜなのだろうか。

 その場にいるカーラだけが、カーラの瞳を見ることができない。


「姉さま」

「なあに?」

「わたしの目、いったいどうしたの」

「……」


 キャロルは口ごもった。代わりに口を開いたのは、それまで黙っていたシェリルだった。


「……驚かないで聞きなさい、カーラ。あなたの瞳は、斬撃を受けた左の瞳は、見事に薔薇色に染まっているのよ。昔話に出てくる、始祖さまのように……」

「ええ!? なんで!?」

「僕の左目を、君にあげたから」

「???」

「ほら、彼女も混乱している。なんでこんなことしたんです、ソロ殿」

「守るって、約束したからね」


 姉が持ってきてくれた手鏡を確認して、カーラはようやく自分の身に何が起きたのかを確認した。

 あれだけの斬撃を受けて、自分の身には傷一つない。切られたのは夢だったのかと思うほどだが、周囲の人の対応と、何より自分の左目が、あれが夢ではなかったことを如実に物語っている。


「ソロ……」

「うん?」

「仮面をとって見せて」

「……いいよ」


 ソロの仮面が下ろされる。ソロの顔は、カーラが想像していたよりずっと整っていた。そしてあかりの元に現れた瞳は、右が公爵令嬢と同じ輝く薔薇色なのに対して、左目はすべてを飲み込む闇のように真っ黒だった。


「なんてこと……」


 その意味の示すところは明らかだった。さっきみんなが話していたのはこれか、と思った。


「あなたの目を、わたしに移植したのね」

「眼球そのものを移植したわけではないけど、感覚的にはそれに近いかな。どう、よく見えるかい?」


 カーラは俯いた。目はとってもよく見える。むしろ今までよりも、ずっといろんなものがはっきり見えた。どうやらソロは、とても視力がいいらしい。左目ばかりがよく見えるので、しばらくは違和感に悩まされそうではあるが。

 「ありがとう」と言うべきなのだろうけれど、カーラはその言葉がどうしても口に出せなかった。むしろ、とんでもないことをしてしまったという気持ちが強い。特S級の冒険者の、片目を見えなくしてしまうなんて。


「なんでそんなに冷静なんです? あなたは片目を失ってしまった。特Sクラスの冒険者のあなたが片目だけでも見えなくなったなんて知られたら、一体何が起きるか」

「うるさいなあ、そうしたかったんだから、いいじゃないか。しばらくすればどうせ、もとに戻るさ」


 カーラはソロの言葉に飛びついた。


「もとに、戻るのね!」


 ソロは特S級の冒険者で、それは要するにたくさんの人の支えになるということで、国家の宝ということでもある。それを不可逆的に害したとあれば、カーラの罪悪感は天元突破したかもしれない。しかし、ソロは「しばらくすればもとに戻る」と言った。どういう仕組みかさっぱりまったくカーラにはわからないが、ソロの言葉にはウソやごまかしの響きがないことは感じ取れる。

そうであれば、カーラにできることは一つだった。


「ならわたしが、それまであなたの目になるわ!」

「はい?」

「ソロは冒険者なのでしょう? どこに泊まっているのかしら。よかったら、わたしの家に招待させてほしいわ。私の命の恩人なのだもの、家族全員で精いっぱいおもてなしするわね。それに、近くにいてくれたら片目が見えないことを不便に感じても介助できると思うの! ねえ、いいでしょ?」


さっきまで意識を失っていたとは思えない勢いで喋り続けるカーラを、キャロルが押しとどめた。


「カーラ、落ち着きなさい。ソロ様だってご自分の都合というものがあるでしょう? いつまでも私たちの事情に付き合わせるほうがかえってご迷惑になりますよ」

「だって、姉さま」

「だってじゃありません。勝手に盛り上がってかえって相手に負担をかけてしまうのは、あなたの悪い癖ですよ」


 キャロルにたしなめられて、カーラがしゅんとしおれた時、カーラの発言にあっけにとられていたソロが話し始めた。


「……いや、できればそうさせてほしいな」

「ソロ殿!?」

「うん、抜群にいいアイデアだと思う。だってエディ、キミはカーラのお姉さんを選んだんだろう?」

「それは……はい」


王太子は頬を染めてキャロルの方に視線を向けた。それを受けたキャロルもまた、顔を赤くして目を伏せる。

 もしかして、キャロルと王太子は婚約するということだろうか、とカーラは色めき立った。しかし、興奮するカーラを手で制してソロが続ける。


「公爵令嬢がこれで引き下がるとは考えにくい。まだまだ、お姉さんの危険が去ったわけではない。今回の件も、決定的な証拠は残していないだろうし……それまでは、誰かがカーラ達一家を守る必要がある」

「そんな、ご迷惑をおかけするわけには……」

「違うよ、キャロル。ぜひそうしてもらってくれ。ソロ殿は、腕の立つ方だ。ソロ殿がそばにいてくれるなら、騎士を何人も護衛に回すよりも心強い」

「うん、いい判断だね、エディ。王もそれでいいよね?」

「私が反対することでもありますまい。王太子の婚約は、王太子の仕事。この件に関しては、王太子に一任しますよ」

「とか言って、今回この件を解決するために僕を呼んだのはキミだろ。王家の膿をひねり出すために、こんな大げさな舞踏会まで開いておいて。カーラが無事だったからよかったようなものの、無関係な誰かに被害がでるようなやり方は、僕は関心しないからね」


 とんとん拍子に話が進んでいって、カーラ達姉妹は話についていけなくなってしまった。公爵令嬢のたくらみとは、王家の膿とはなんのことなのか。そして、キャロルと王太子の仲はどうなるのか。

 けれどそれよりなにより、カーラは一つの疑問に心を支配されていた。

 ソロ。自分の傷をいやした特S級の冒険者。その瞳は王家の一族しか持ちえない色をしているし、何より仮面の下の顔は『若すぎる』。≪仮面の勇者≫の話はずいぶん昔からある。少なくとも五十年、おそらくはそれ以上昔から人々の間で噂される話だ。その正体が、こんな、少年と呼べるほど若い青年だなんて、いったい誰が想像するだろう。それに王家との応酬はまるで、ソロの方が格上のような雰囲気ではないか。


 だから、カーラはつい、王家の二人と話し込むソロに声をかけた。


「ちょっと待って、ソロ、あなたは何者なの?」


 カーラのその素朴な疑問に、ソロは人差し指を口の前に立てて、いたずらっぽく量の目を細めて、口角を上げて微笑みながら言うのだ。


「ナイショ」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ