舞踏会編5
公爵令嬢を拘束し、公爵に事情を話してからソロがダンスホールに戻ると、あたりは騒然としていた。
「何が起こった?」
手近にいた衛兵に報告を求める。衛兵はソロの見た目を胡散臭そうに一瞥した後、仮面をつけた人物が帯剣していることに気づいて慌てて敬礼した。恐縮する彼を「いいから」となだめて改めて報告を求めると、矢継ぎ早にこんなことをしゃべった。
王太子とそのダンスパートナーを務めた女性が襲われた。幸い近くにいたメイドがかばったおかげで王太子にけがはないが、メイドは刀傷を正面から受けて重傷だ。今は血の汚れを清めるために掃除の途中で、今夜の舞踏会はこのまま解散になる。
ソロはそれを聞いて、苦虫を噛み潰したような顔をした。
王太子とパートナーを庇ったメイドとは、間違いなくカーラのことだろう。
(やられた……)
彼女のことを、守ると言ったのに。守れると思ったのに。結局自分の仕事は中途半端になってしまった。
ソロは自分のふがいなさにいてもたってもいられず、衛兵にメイドの少女が運ばれた場所を尋ねた。
「王太子さまが直接治癒魔法をお使いになるとかで……貴賓室に運ばれていますが」
「ありがとう!」
「はい? ソロ様、メイドになにか御用なんですかー?」
衛兵の言葉を最後まで聞かずに、ソロは走り出した。
貴賓室は最上階、王の部屋がある中央棟の一室だ。国賓の待遇を受けているソロに与えられている一室の近くでもある。
その中では、王宮勤めの薬師のほかに、王太子、カーラが姉と呼んだ顔面蒼白の二人の女性、それから王自身までがベッドに横たわるカーラの様子を見守っていた。
この国で、もっとも強い魔力を持つのは王族だと言われている。公爵令嬢が強い魔力を宿す宝石眼を持つのは、彼女の母親が王妹で、その血が強く表れたからだろう。それでなくとも直系の王太子ともなれば、国でもトップクラスの治癒魔法が使えるはずだった。それなのに、その王太子に施術を受けるベッドの中の少女には目覚める気配がこれっぽっちもない。
「どうしたの?」
「し……ソロ殿。それが、わたしの力を使っても彼女の傷が癒えないようなんです」
「だって……普通の刀傷なんでしょ? そんなはず」
彼女の二人の姉は、王族にタメ口で話しかける仮面の男に面喰った様子を見せたが、状況が状況なので口を挟まず、心配そうな様子で見守っていた。
「エディ、そこをどいて」
「ソロ殿、何を!?」
「僕がやる」
ソロは仮面を外して、カーラに向き直った。
すると、ソロの瞳が明らかになる。
それは公爵令嬢と同じ、薔薇色の宝石眼。
カーラの姉二人は目を見張った。宝石眼は、王家に連なるものしか持つことができない神聖なものと言われている。無限の魔力を持つという世界の秘宝なのだ。今現在ではただ王家の血を引く公爵令嬢だけがその麗しい瞳をもつと言われていたはずのそれを、王族ではない人間が持っているなんて、あり得ない。そのはずなのだ。
「ここで見たことも、聞いたことも、全部秘密だよ? あ、もちろん薬師のキミも」
ソロが口の前に指を一本立てて微笑めば、王が追随して厳格な顔でカーラの姉と薬師をにらみつける。それを見た三人はコクコクと頷いた。
ソロの正体は気になるが、それよりもこの国の王の怒りを買いたくはないのだ。
ソロはそれを見届けてから、カーラの額に手をかざす。
その途端に自分の眉根が寄るのがわかった。カーラは、生きているのが不思議なくらい体温がなくなっていた。血を随分失ってしまったようだ。刀傷は左目から腹にかけて、バッサリと袈裟切りでやられたらしい。少女の柔らかな肌に不似合いな抉れた刀傷が痛々しい。
それでも、傷が脳に達していなくてよかった。そこまでいったら、さすがにソロでも助けられたかどうかわからない。
ソロはすぐに魔眼を開放して治癒魔法を展開した。
ソロの体に蓄えられた無尽蔵の魔力が傷を癒すために淡い光を放ってカーラの傷に集中するが、確かに傷の治りが遅い。
そういえば昔戦ったドラゴンゾンビから受けた呪いの傷が、確かこんな特徴を持っていた気がする。
「呪いか……」
自分で呟いた言葉にはっとする。たしかにカーラのこの傷は、呪いであるのかもしれない。あの時見た公爵令嬢は常とは様子が違っていた。美しい顔を引きつらせ、まるで楽し気に、嗤いだしそうに魔力を揮うあの様。どこまで想いを拗らせれば、こんな呪いを生み出すまでになるのだろうか。
ソロは、この事件の首謀者が公爵令嬢であることをもはや疑ってはいなかった。
王族でも直せないような呪いの傷を、怨念こもった魔力を、扱える人間がそうやすやすいるはずがないのだ。
力の集中を徐々に高めていく。濃度が高まって結晶化した魔力が周囲に強い光となって霧散していく。その様子があまりにも神秘的で、その場にいる人々は息をのんだ。
カーラの傷の、欠損した組織はソロの魔力で補った。傷は光を帯びて、徐々にふさがっていく。それでも、眼球に受けた傷だけは戻らない。呪いが強すぎるのだ。
過ぎた魔力量が目の色に現れるように、瞳と魔力にはなんらかのかかわりがあるとされている。カーラの眼球は呪いの侵食が深すぎて、宝石眼の力をもってももはや使いものにならないとわかった時、ソロは衝撃を受けた。
(だけど)
「助けるって、約束したんだ」
ソロは自分の目に手を当てる。
世界の秘宝とされる宝石眼。これがなければ何度も命を失っただろう。しかし、この瞳さえなければ、自分の運命はもっとシンプルだったはずだ。
自分が今やろうとしていることはただの自己満足だ。あるいはこれは、カーラにとって重篤な呪いとなる可能性だってある。しかし瞳を失うほどの呪い、それを上書きするためには、もっと強烈な呪いをかけなおすしかなかった。
「戻っておいで、カーラ……」
ソロのつぶやきと共に、二人を包む光が一層強くなる。周囲の人々には光が強すぎて、もはやカーラの姿が見えない。
「ソロ殿、これはいったい…!?」
ソロが何をするつもりか察した王が止めようとするが、一度発動した魔法は止められない。ソロの魔力が放つ光はカーラだけでなく、ソロも包み込んでいく。
主に、その左目を。