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過去編7

「ひとつ、聞いてもいいかしら?」


 夕暮れの花畑の中で、カーラは両手を伸ばすしぐさをする。目の前の竜は首を傾けて少し考えるようなそぶりをしたあとに、体を屈め顔に触らせてくれた。

 光を反射して輝く鱗は炎のように熱いかと思ったが、触ってみればひんやりと冷たい。

 さすさすと撫でるとくすぐったそうに身をよじる。ドラゴンの表情なんてわかるわけないと思ったけれど、その瞳は穏やかな気がした。


「どうしてソロは、あなたの……竜の力を手にいれたの?」


 穏やかな竜の様子は、今まで見せられてきた情報とは全然違う。生命を破壊して死をもたらすことで常世と物質界を繋ぐのが竜の本質なのだとしたら、なぜ彼は、ソロを助けたのだろう。


「あなただって竜なのに、カロルドの中の竜とは全然違う。それはなんでなのかしら」

「自分が生きるか死ぬかの瀬戸際だっていうのに、悠長な質問だなあ」


 牙が生えそろった獣のような竜の口で人の言葉が紡げるものなのか、と疑問に思ったところで、耳で言葉を聞いているんじゃないと気付く。

 口でしゃべっているんじゃない。体の中に直接響くような声を竜は発していた。カーラの質問を面白がっているのも、それでいて本当の関心はよそにあることも全部伝わってくる不思議な言葉だった。もしかしたらこれも、竜の力なのかもしれない。

 目の前の存在が規格外であることを痛感しながら、それでも恐れずカーラは問いを繰り返した。


「だって、不思議なんだもの。あなたがいなければ、ソロは人間の世界を築くことはできなくても、穏やかな生活を送ることができたんじゃないかしら」

「諸悪の根元みたいに言わないでくれよ」


 たしかにそうとも言えるけど、となぜか楽しそうに言ってから、竜は昔を懐かしむように空を見上げる。


 いよいよ夕暮れは差し迫り、そろそろ一番星が見えようかという頃合いで、そういえばなぜ器の中でも空の色合いで時間の経過を感じられるのだろうということを、今更カーラは疑問に思う。


「ソロとは、ボクが青の竜に破れて、魔力が世界に拡散して消滅を待つばかりだった時に出会ったんだよ」


 言葉に思考が引き戻されて、穏やかな目をしたドラゴンがこちらをまっすぐに見ていることに気づく。


「竜と竜は争う性質を持つ。万年繰り返されたそれに、世界の物質化が進んでようやく一つの決着がついた。それがボク、赤の竜と青の竜の戦いだ。つまり、ボクは消えることが決定づけられた、世界で最初の竜だった。敗北して、自分を構成していた魔力がじわじわと拡散していくのを長い時間をかけて見つめて。ようやくボクは、恐怖という感情を得た」

「その頃に、ソロと出会ったの?」

「……自我というのは、他者がいないと成立しない。世界に自分一人しか存在しないなら、自分の意志は世界そのものでしかないんだから、自我なんて必要ないんだ。だからボクはその瞬間まで、ボクという個を認識しなかったんだよ。

 まったくもって噴飯物なんだけど、ソロと仲間たちは消滅寸前のボクを発見しただけで竜に勝利したと思い込んだ。どんなに衰弱していたって、竜がちっぽけな人間に負けるはずないじゃないか! 魔力を失う寸前でも竜は竜。人を飲み込むことなんて簡単だったけど、ボクはそこに、逃げ込めるに足る器があることに気が付いた」


 もしかして、とカーラは竜の言葉を遮った。


「青の竜がカロルドの器に寄生したようにソロの器に寄生することで難を逃れて、いつか青の竜への、復讐しようと思ったの?」

「最初はそうだったかな。あのころのボクは、どうやったらソロを自分の制御下に置くことができるか、ということばかり考えていた。……ああ、そういう意味では、もしかしたら恋だったかもしれない」

「えっ」


 思いがけない告白にカーラは硬直した。


「自我を手に入れたボクは、ソロを通して今まで気にもかけなかった様々な事柄を吸収していった。人が人として生きる世界を作るという理想。その大言壮語を掲げて奮闘する彼を支える仲間との絆。恋人や家族に向ける、向けられる愛情。信頼関係を構築することで同じ目的に向かって前進する人間という生き方。ソロは、ボクに世界を教えてくれた。だから、要はきっと、ボクもアイツのことが好きになっちゃったんだ」

「えっ」


 カーラの様子を見て、また面白がるように竜が笑った気配がする。


「恋愛って、暴力的な感情を秘めていると思わない? 口ではどんなに穏やかなことを言ったって、それが恋であれば、相手が自分に支配されてほしいという感情と無縁ではいられない。自分がいないとだめになってほしい、どうやったらそこまで心を向けさせることができるだろうか、とそんなことばかり考えて」


 そうかもしれない、とカーラも思う。どうやったらあの人の心に近づけるだろう。どうやったらあの人にもっと見てもらえるだろう。そんなことばかりに思考を奪われて、それがくすぐったくてはずかしいのに、なぜかあんまり不快じゃない。


「……ソロは、器の中にあなたという存在がいることを知っていたの?」

「最初は気づいていなかったけど、時間をかけて徐々に。だからこそアイツは、カロルドに竜が寄生していることに気づいたわけだ。

 でも器を使いこなせるようにならないと本来、こんな意識の深層まで自我を保って降りてくることはできないから、夢を通じて話し合えるようになったのは百年ぐらいすぎてからだったかな。そして、そのたびに少しずつ魂が交わっていった。なにせ八百年ずっと一緒にいたからなあ。もう対話を繰り返してほとんど同じ存在になってしまったから、夢を通したって会えることはもうないよ。……恋の目的は、相互理解を深めてひとつの存在に近づくことだから、ボクはそれを達成したわけだ」


 カーラはうーん、と考えてから、自分よりはるかに大きな竜に返事をする。


「わたしは、そう思わないわ」


 恋とはどういうものか、なんて。恋の目的だなんて、十人いれば十人の答えがあっていいと思う。

 要するに恋とはフィーリングなのだ。言葉で説明できるようなことでもない。カーラはそう考える。


「わたしはソロとひとつになりたいとは思わない。同じ存在にになりたいだなんて思わない。一緒にいたいだけなの。隣に立って、一緒に笑っていたい。本当にそれだけなのよ」


 平凡な答えだね、と竜はまた笑う。

 だけど、


「キミのその平凡は、とても非凡だ」

「誉められている気がしない!」

「そう? おかしいなあ」


 心底不思議だとでも言うかのように首をかしげて見せると、竜はもう一度空を見上げた。その動きにつられてカーラも空を見る。

 いつの間にか夕暮れは過ぎ去り、日はすっかりと沈んでいた。

 そして、自分たちを照らしている夕暮れだと思っていた赤い光の正体が、実は空が端から焼き切れるように失われていく禍々しい赤い光だ、ということにカーラはようやく気付いた。


 カーラが気づくのを待っていたかのように、空が一気に空が燃え上がる。


「ああ、本当に、時間がなくなっちゃった」


 竜の声から伝わる穏やかさは、悲しいような、寂しいような色合いに変化した。


「キミはまだボクを使いこなせていない。急がないと、魂に残された魔力まで使い果たしたらキミは常世に行く間もなく消滅する。肉体は崩壊し、ボクはカロルドの呪いを通じてソロに吸収される」

「呪いなんて簡単に吹き飛ばせるんじゃなかったの?」

「確かにそう言ったね。でも、そのためにキミはボクを器に取り込まなければならない。魂の垣根を越えて、一つの存在に融合する。ソロとボクが何年もかけて成し遂げたことを、一瞬でやらなければならないんだ。最初から、成功する確率なんてとんでもなく低い。

 魔法っていうのは、要は想像力の力だ。想像力の及ぶ範囲でできないことなんてない。善き人が手に入れる分には問題はないけれど、恐怖に呑まれたものが力を手にすれば暴走し、それだけで世界を滅ぼす脅威になりうる。それを恐れたバルバルドやジェニマールは、感情を制御して刷り込むことで暴走を抑制しようとした。……キミがこれから得ようとするのはそういう力だ。

 それでは、融合を始めようか。キミの意識がボクの自我に敗北し、暴走すれば竜の悪意に飲み込まれるだろうけど」


 そしてカーラは、竜がにっこり笑うとき、とても凶悪な顔になるということを知る。


「さて、受け入れる覚悟はできたかな?」







 カーラの体内には自分の魔力がある。それを探るように、ソロはカーラの額に手を当てたまま魔力だけを器の中に伸ばしていく。

 それなのに、彼女の中のどこにも、あの陽だまりのような気配を感じない。まるでからっぽになってしまったみたいで、光に満ちていたはずの器がどこまでも暗い。


 時が進むごとに次第に焦燥が強くなっていくソロの姿を、無表情でカロルドは見ている。


「竜に寄生されてから、いつも心に吹雪が吹いているみたいだった。人が憎くて恨みたくて、だけど手が届かない。自我が浮き上がろうとする度に抑え込まれて身動きできなくて、ゆっくりと溺れ続けているのに、死んで楽になることだってできやしない。竜を心に住まわせるっていうのはそういうことだ。カーラに親父が託した魔力は竜になる。カーラの中には竜がいる。また俺と同じ過ちを繰り返すのか? 親父の自己満足で、苦しむ人間を増やすのか?」


 試すような、毒のある言葉。竜が残した悪意。

 だけどもう、自分の行動は決まっている。


「カーラはきっと、戻ってくることを諦めてないと思うな。その選択を尊重したいし、この決断が間違っているか決めるのは僕じゃない。いつか、この子と一緒に決めることだ。今度こそ優先するべきことは間違えない」

「世界と天秤にかければ、親父は俺もカーラも選ばないと思った。時間切れでカーラが死んで、そうすれば楽観主義の親父でもようやく俺を消滅させることを検討すると思った。それなのに、親父は世界よりカーラを優先する。世界のために俺のことは見捨てたのに、カーラは助けるのか」

「……あのとき、君を見捨てたのは間違いではなかったかもしれないけど、正しくはなかった。でも、何が正しいのかなんて後ででしかわからないんだ。その時のベストを選んでいくしかなくて、それを繰り返すのが人の歴史だ」


 もう世界を背負う必要はないというのは、正直に言って寂しい。


 使命があると思っていた。やるべきことに生かされていた。

 背負ってきたのは、命の循環、肉としての生命。

 長い時間を生きてわかったのは、世界はまだ進化の途上にあるということ。

 八百年を過ごした命。百年も生きられない命。大きな違いに見えて、その実何にも変わらないのだ、世界そのものに比べれば。


 かつての竜は、「人間は世界にふさわしくない」と言い放った。確かにそうなのかもしれない。人間一人の生命なんて世界にとって一瞬でしかないくせに、世界に与える影響は時より、はかりしれなく大きいから。

 しかしそれ以上に、世界ほど人間にふさわしい居場所もないとソロは思う。


「この世界は、いのちにとって揺りかごみたいなものなんだよ。いつか常世に旅立つのは誰だって変わらない。それまで殻に包まれ守られて、つらいことも悲しいことも、楽しいこともうれしいことも、たくさん蓄えるんだ。そうやって繰り返していくうちに、いつかきっと……」


 ソロの言葉が止まる。

 カーラの額を通じて、魔力の波動を、カーラの気配を、やっと感じていた。







「……はじめるよ」


 カーラの返事を待つ前に竜はまたその姿を溶かし、真っ黒な塊となってカーラに襲い掛かってくる。


 竜の本質は魔力そのもの。

 それを実感として感じる。圧倒的な質量が押し寄せてきて、自分のちっぽけな魂なんてあっという間に押し潰されそうで。

 暴れ馬を乗りこなすってこんな感じなのかしら、とカーラはどこか遠い頭で考える。

 しかしそんな余裕なんてすぐに消えた。


 冷たくて暗い。寒くて息苦しい。無理やり頭の中をこじ開けるような痛みがあり、まるで別の形になりたがるかのように体中の骨が暴れだす。


 たまらなくなって逃げ出して、後ろから追いかけてくる気配に恐怖する。

 黒い塊から出てきた触手にあっという間に捕らえられ、取り込まれて沈み込んだ。

 自分の中に入り込む異物に悲鳴を上げて抗議しようとして、声が出ないことを知る。


 いつの間にか、指先一つ、自分の意志で動かせなくなっていた。


 真っ暗な闇の中で、自分じゃない、誰かの意志が魂を侵食する。自分という意思を規定する何かが崩壊し、分解され、作り替えられるのを何回も繰り替えされていくうちに、次第に何も考えられなくなっていく。


 ただ一本の糸のように残った、今にも切れてしまいそうなか細い思考の線だけが、ただひとこと、こわい、と訴えた。


 これが、竜を宿すということなら。


 カロルドは今まで、こんなことを。

 ソロは今まで、こんなことを。







 感じたと思った魔力は波のように引いていった。


 器に魔力を染み込ませるようにしながら、もう一度魔力の痕跡を探っていく。

 カロルドが施した呪いに触れたら一巻の終わりだ。

 まるで導火線のように張り巡らされたそれに触れないように、額に脂汗をかいて調整しながらどんどん意識を先細らせるように鋭くして、カーラの魂のありかを探っていく。


 器はその人の心そのもの。魔力を広げればその分防衛本能によって無意識に攻撃されるのが通常なのに、カーラの器はソロの魔力に反応しない。


(もう手遅れなのか?)


 ネガティブに捉えそうになって、慌てて気持ちを切り替える。

 カーラの魂は、確かにまだこの中に残っている。半分は自分の魔力で接合している状態なのだ。間に合う、そう信じている。


 さっき確かに、カーラの柔らかい、陽だまりのような気配を感じた気がしたのだ。



 それなのに、どれだけ手を伸ばしても届かない。







 届かない。


 浮かんでは消える意識の中で、何か聞こえた気がした。

 目なんてもう開かない。開いたとしても真っ暗な闇の中でなにかが見えることはないだろう。

 内臓が全部氷になったみたいに冷たくて、息なんて許さないと命じられているみたいに苦しい。

 一秒一秒が過ぎ去るのがあまりに遅い。これ以上なにかを感じ続ければもうもたないと思う。あるいは、とっくのとうに手遅れだ。


 このまま、楽になりたい。


「あっけないなあ、キミの言葉はなんだったのさ」


 うるさい、さっきはさっき、今は今。


「なんだ、まだ余裕があるじゃないか。目を開いてごらんよ、キミの目にはなにが見える?」


 目。まぶたを開こうと意識するだけで激痛が走る。


 そこで、ふと気づいた。

 意識? 考える力。失ったと思った、自分自身の意志。


「そうだよ、キミにはまだ自我が残っている。おめでとう、キミは竜に飲み込まれずに魂を守り切った。……だから、あとは、立ち上がるだけだ」


 だけどそれが難しい。

 からだが「ある」ということを意識するだけで痛い。空気が揺れるだけですべての意欲が拭い去られるほど辛い。


「だらしないなあ……いいかい、手を貸せるのはこれで最後だよ。ボクはもう消える。これ以上ボクが自我を維持すれば、もうキミの器がもたない」


 不思議な声が聞こえたかと思うと、ぱちりと抵抗なく、左のまぶたが開いた。


 見えるのは真っ暗な夜空。

 空だと思うのは、赤く輝く一等星が見えるから。


「手を伸ばして、掴むんだ。星を得るイメージ。かけがえのないモノ、大切な願い。キミは、何に寄り添いたいと願った? それともあの願いは、簡単に投げ捨てて常世に行ってしまえるほど、諦めやすいものだったのかな?」


 そんなの違う。ぜったい諦めたくなんかない。


 あの人は、もっと辛かったはずだ。あの人は、もっと痛かったはずだ。

 だから自分だって耐えられる。耐えないと、もう合わせる顔もないじゃないか。隣に立つ資格を、自分で信じることもできやしないだろう。


 そう決意すれば、体中が悲鳴を上げるのもお構いなしで、ぎこちない動きでなんとか指先だけでも動かすことができた。


 人生最高じゃないかと思う出力で腹に力を込めて、カーラは叫ぶ。


「ソローー!」







 空っぽだった器の中、深層から微弱な魔力の波が届くのを感じた。

 一度感じ取ると、それは何回か繰り返し届いてくる。

 掴めそうで掴めないのがもどかしい。ほんの一筋でも届くなら、それを起点にカーラの意識を表層にひっぱりあげることができるのに。


(でも、あと一押しだ)


 そのために、器と体を同調させる必要がある。器と魂、体はすべてつながっている。お互いに引っ張りあう力を利用すれば、あるいは届くかもしれない。


 カーラの体は目の前にある。ソロは顔をカーラに寄せていく。

 唇が一つの言葉を紡ぐが、すぐそばにいるはずのカロルドでもソロが何を言ったのかは聞き取れない。







 叫んだ瞬間、周囲の暗闇は唐突にもう一度竜の形に戻る。


 しかしカーラがそれに反応する前に、竜は身を屈めてカーラの顔に自分の顔を近づけた。


 ドラゴンにキスをされた、とカーラが気づいた途端、周囲に光が溢れる。


 世界が、弾ける。







 すっかり宵闇に包まれた魔法学校。魔法が刻まれた石によって柔らかい光に包まれた研究室で、カーラのまぶたが開く。


「ソロ……?」


 焦点の合わない目が、徐々に周囲を認識していく。


「ん。おはよう、カーラ」

「また、助けられちゃった」


 笑おうと思って、失敗した。


「体ばっきばき……全然動かないわ。どうしちゃったのかしら」

「急に動かそうとしない方がいいよ、器と魂、体の全部がばらばらになる寸前だったんだ。少しずつ慣らしていけば、すぐに元通りになるから」


 なおも起き上がろうとするカーラをソロが押しとどめていると、カロルドが眉間にしわを寄せて顔を覗き込んできたので、カーラはすぐさまその鼻をおもいっきりひっぱってやった。


「いててててて、体ばっきばきなんじゃなかったのかよ!」

「これくらい軽いものだわ。あなたね、前に言ったことなにも理解してないじゃないの!」

「カーラ……きみも病み上がりなんだから」

「ソロは黙ってて!」


 直前まで生死の境をさまよっていたとは思えない剣幕にソロがたじろぐと、その隙にカーラはカロルドに向かってまくし立てる。


「ソロの中にいたという竜から、ソロのこともあなたのこともたっっっっぷり聞かされたわ。それで思ったの。結局のところあなた、お父さんのことが大好きだから、自分と同じだけの気持ちを返してほしかったんでしょう?」


 二人はあっけにとられている。カーラの弁舌は止まらない。


「だけどね、あなたの感情は強すぎて、ソロ一人じゃきっと手にあまると思うの。好きな人と同じになりたい、距離がゼロじゃないと安心できない、そういう気持ちもわかるけど、まずはお互いにちゃんと立つことも大事なのよ」


 いきなり何の話を始めたのかも分からない、カーラについていけてない二人を尻目に、でもそれでもどうしても、お父さんに甘えたいと思うなら、とカーラは続けた。


「わたしがずっと、あなたの味方になってあげる。悪いことしたなら叱って、いいことしたら誉めてあげる、そういう存在になら、なれるかもしれないと思ったの」


 カーラは横になったまま、力強く宣言した。


「だから、あのね。わたしのこと、お義母さんって呼んでもいいわ」


 カーラの最後の言葉を聞いた途端、カロルドは顔をひきつらせ、ソロは声をあげて笑った。


 予想しなかった二人の反応にカーラはあれ? と疑問に思う。


――寄り添うって、むずかしい。

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