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魔法学校編8

 講堂は満員とはいかないまでも、なかなか盛況だった。


 最前列で、かぶりつきで観たいなんてとんでもないことを言い出すソロを、もっと幼い子どもたちの邪魔になるから、となんとか押しとどめてカーラは最後尾の通路側の席を確保する。

 しかし一体何を考えてそんなこと言い出したんだろう。

 これから始まるのは建国神話の中でも一番の盛り場である『国譲り』を子供向けにアレンジした音楽劇だ。つまり始祖であるソロがどうやってこの国を作り上げたかを上演するわけであり、『王立魔法学校』で『魔法の創始者である始祖』を礼賛するという行為そのものが、ある意味でのプロパガンダだということくらいカーラも察している。もしここに始祖本人がいるだなんてバレたら大騒ぎになるのは目に見えているのに、なんでわざと目立つような真似をしたいのか、と思って問いただすと、ソロはきょとんとした様子で「劇で演じられる始祖は過度に装飾されているから、本物を見てがっかりするくらいがちょうどいい」なんて言う。


 本気で言っているとしたら、ソロは自分がカリスマだという自覚がなさすぎる。冗談かもしれないとカーラは思う。

 だけど、とも思う。勇者と呼ばれているくせに自分には勇気なんてないと言ったり、ソロはいつも、自分の話をするときどこか偽悪的だ。受けている社会的な評価を斜に構えて見ているような、始祖や勇者としての自分と、今生きている自分を切り分けて考えているような。そんな印象がカーラにはある。

 それがなんだか、ひどく悔しいような気がした。


 隣で座って上演を待つソロに何か声をかけようと口を開くが、そのときちょうど劇の開始を告げる鐘が鳴り響いた。だからカーラは後回しにしてしまった。焦らなくていい。劇を見終わった後でも、たくさん話はできるのだから。

 この時は本当に、そう思っていたのだ。


 講堂に設置された、風の魔法で鳴る仕組みのオルガンが音楽を奏でる。ここからは見えないが、魔法を操っているのはルロワのはずだ。それに合わせて登場人物に扮した生徒たちが登場するのを観客たちは拍手で出迎えた。

 最初に出てきたのは主演のシスル、ニコラ、アニスだ。それに続いて、カロルドが壇上に上がる。


 音楽に合わせて、歌が始まる。



 始祖ソロには三人の子供がいた。一人はシスティーナ、一人はギルバルド、一人はジェニマール。三人の王子は仲が悪くいつもいがみ合うばかりで、しかも年月を経るごとにそれは悪化していった。神獣であるドラゴンから魔法の力を託されたてこの国を平定し、やがて王座に就いた始祖の力をもってしても解決できないのがこの、子どもたちの問題であった。


 妖獣たちによって暮らしが脅かされていることを嘆いていた民たちは、国が平和になると今度は王子たちの横暴を嘆いた。三人の王子たちは始祖から受け継いだ魔法の力を用いて、城下を我が物顔で暴れまわっていたのだ。

 民たちの不満は王城にまで届く。臣下たちは始祖に対応を迫り、そして始祖は一計を講じることにした。


 建国記念の式典で、突如退位を宣言したのだ。


 自分の力は強すぎて、平和な世界には不要である。新たな争いの原因になる前にこの国を出奔し、残された神獣たちと共に旧世界で暮らしていくと決めた。そう言いだした始祖に臣下も民も愕然とした様子を隠さない。


――この国はどうなるのです、誰が導くというのです。神から力を託された王よ、私たちを見捨てるのですか。


 そうではない、と始祖は答える。


――この国にはまだ王が必要だ。だが王となる者は、民を守る力を持つ者でなければならない。しかしそれは、魔法でなくたって構わない。

 ここの三つの試練を示す。それを乗り越えた者が私の後継者である。

 一つは国境付近に新たに出没するようになった妖獣の退治。魔法を持たぬ人々でも力を合わせれば必ず勝てる相手である。犠牲を出さず始末することが条件だ。

 二つは西の辺境で猛威を振るっている疫病の調査。病は魔法で治せない。何が起きているのかその目で確かめ、有効な治療法を見出して民を救え。

 三つは新たな技術の開発。魔法の力は私の血と共にこれから徐々に民たちに受け継がれていく宝である。この力を民のために用いる技術を開発することが条件である。

 力を見せよ、民を守る力、民を導く力。十分にその力を備えているなら、その本質が魔法でなくたって構いはしない。つまりわが子、王子でなくてもいい。三つの試練を乗り越えた者に、私の遺産のすべてを与えよう。


 始祖の宣言を聞いて、一番驚いたのは始祖の子どもである王子たちだ。

 父である始祖が王なのだから、当然次は自分が王位を継げると勘違いしてたかをくくって遊んでいたのに、始祖の持つ魔法の力を継がなくても試練を乗り越えたものには王の座を与えるとはどういうことか。


 王の私室に乗り込んだ王子たちはそう言って始祖に詰め寄った。


――私は自分の力で武器を得て、自分の力で志を為した。私の国の民たちは、そんな私を理解してついてきてくれたわが子同然の存在だ。しかし、振り返ってお前たちはどうだ。私の陰に隠れて悪事をなし、私の威光を振りかざしてえばった顔をする。そんな者に、誰がついてくるだろう。だから決めたのだ。私はお前たちから、王を選ばない。民を一番想うものこそが、この国の王にふさわしいのだから。


 始祖を演じるカロルドが、高らかに歌い上げる。堂々としている立ち姿は見ごたえがあった。

 急激な衣装の変更の違和感もそれほどではないかな、とカーラがほっとしているところに、王子役の三人娘が声を揃えて反論する。


――なぜです父よ。私たちだって、あなたを信じてついてきたというのに。突然今まで与えていた権利を取り上げようだなんてひどすぎる。あなたが想いを寄せる民に対するのと同様の愛を、どうか私たちにも授けてください。


 王子たちは始祖に詰め寄り説得し、最後には泣き落としまでするが、それでも始祖は一度決めたことを覆さなかった。


 困った王子たちは相談する。いくら始祖から魔法の力を引き継いだと言っても、始祖ほどの力はない。試練は厳しく、場合によっては命を落とす危険さえある。かといってこのまま黙って見ていれば、むざむざ他人に王権を盗み取られてしまうだけだろう。

 仕方なく王子たちは立ち上がることを決めた。それまでの生活を改め、民の窮状に耳を傾け、自分の力を使って試練に挑んだ。


 一つ目の試練はシスティーナによって達成された。

 辺境を脅かした強力な妖獣の討伐。その武勇に並び立つものはおらず、彼女こそが王であると民衆は歌う。

 しかしシスティーナは複雑だった。ギルバルドが妖獣の性質について調査した情報と、ジェニマールに贈られた魔法の武器がなければとても勝てない敵だったからだ。


 二つ目の試練はギルバルドによって達成された。西から広がりを見せていた疫病の根絶。

 彼は自身も感染する可能性を厭わず現地で直接治療にあたり、その優しさに民衆は彼こそが王にふさわしいと歌う。

 しかしギルバルドは複雑だった。システィーナが治療薬の原料となる薬石を危険な岩石地帯からとってきてくれなければ、それを用いてジェニマールが薬を量産してくれなければ、病の根絶など不可能だったから。


 三つ目の試練はジェニマールによって達成された。新たな魔法の可能性の開拓。

 彼は魔法を体系化し、器に魔力を持たない人間でも使えるまじないの技術を作り出した。

 その素晴らしさに王になるなら彼しかいないと民衆は沸いた。

 しかしジェニマールは複雑だった。自分だけはシスティーナやギルバルドと違い、直接民と触れ合うことをしなかったから。


 三つの成果を持ち帰った王子たちは憂鬱だった。三つの試練を達成する過程で、王子たちはお互いがお互いの強みと弱みを知り、かつて尊大にふるまっていた自分を恥じ、自らの傲慢に気づいた。

 しかし父たる始祖が用意した試練は終了したのだ。だから自分達の誰が王になるのか、父に選んでもらうしかないと結論付けて謁見に臨むと、王の間でにこやかに彼らを迎え入れた始祖は、自分の子どもたちに告げる。


――私はお前たちの良き行いを信じていたのだ。


 かつて魔法の力は神の力だった。神だけが用いる戦うための力。神獣たちはそれを使って戦いを繰り返し、人々はその麓で惑うことしかできなかった。

 私は一柱の神獣から力を託され、その歴史に終止符を打った。そしてこの魔法の力を人々と分かち合うと決めたのだ。

 しかし、お前たちがそうであったように、魔法の力は強すぎて、人を増長させる。一人でできることには限界があるのに、それに気づかず力に溺れて傲慢を貫き通そうとすれば、人心は離れこの国は遠からず亡びるだろう。

 それを防ぐためには、自分の力を何のために使うかを決して忘れないことだ。魔法はもはや戦うための力ではない。人には人の力があり、魔法はそれを補うための力になる。

 お前たちは力を合わせて試練を乗り越えた。それこそが私が見たかった、人の力である。試練を乗り越えた者に与えるという約束を守り、私の遺産のすべてをお前たちに与えよう。


 始祖は三人の王子にそれぞれ違う力を託す。

 システィーナには王権を。王となって政を行い、民を導くシンボルとなる責務を。

 ギルバルドには司法権を。王とは独立して法を司り、王の専横や独裁を裁く権利を与えた。

 ジェニマールには魔法学校を。ジェニマールが開発したまじないのほかにも、これからこの国には否応なしに魔法が広まっていく。魔力を持った人間が正しくその力を使えるように、教育する分野を開拓していくことが必要だった。


 すべてを話し終わった始祖はそのまま、王の間を去ろうとする。

 それを、慌てた様子でシスティーナが始祖を呼び止めた。


――わたしたちがここまでこられたのは、あなたの導きがあってこそ。あなたがいなくて、どうして国を治められましょう。どうか行かないで、わたしたちと共に立ってください。それともあなたの隣に立ちたいと願うこと、それすら傲慢だとおっしゃるのですか。


 情感たっぷりに歌い上げるシスルの声に、突如感情が揺さぶられた。

 隣に立ちたいと、確かに言ったシスルが扮するシスティーナの姿が、少し前の自分に重なる。そしてこの後始祖は子どもたちから離れて、この国の歴史から消えていく結末を、カーラは知っている。


 これはソロに捧げられる歌だ。かつてのソロに向けられた言葉だ。彼がシスティーナの願いを拒絶した歴史は確かにある。その事実は、彼の隣に立ちたいだなんて自分の願いが傲慢そのものだ、と殴られたようなショックをカーラに与えた。


 隣で舞台を観ているソロが魔力の流れを感じて顔をしかめていることにも、いつのまにか舞台から目が離せなくなっている自分にもカーラは気づかない。


 胸が冷たく、重くなるのを感じる。鼓動はむしろゆっくりになっていく。

 しかしそんなカーラをよそに、舞台は進む。



――お前の願いを聞き届けるのは難しい。すでにわが身は人から遠く、人の側で生き続けることはお互いに不幸を産むだろう。しかし名残惜しいのは私も同じ。だから、お前たちの一人一人に異なる贈り物を与えて餞別としよう。一人づつ、近くに寄りなさい。


 最初に立ち上がったのはギルバルドだ。彼に近寄って始祖が言う。


――お前には、私の秘密を一つだけ告白しよう。それはきっとお前のそばにいつも私がいるという証しになる。

 次にジェニマール。お前は踊りが得意だったな。では共に踊ろう。その記憶があるうちは私はお前と共にある。

 最後にシスティーナ。お前には口づけを贈ろう。さすればその肉体が私を覚えているだろう。



 この贈り物に何の意味があったのか、八百年経った今になっても明らかではない。三つの贈り物をそれぞれ『魂』『器』『体』に例えているのだとか、他にもさまざまな解釈があるらしいということをカーラはルロワに習って初めて知った。

 この逸話で有名なのはむしろ、三つの贈り物のジンクスだ。

 『大事なことを伝えたいなら、始祖に倣って三つの贈り物で心を開きなさい、そうすれば相手はたやすく心の主導権をあなたに明け渡すのだから』

 昔からそう言って、恋人たちは三つの贈り物を用意する。いつしかその習慣は、意中の相手へのプロポーズにも応用されるようになったという。


――ああ、そうだ。カロルドはどうしてあんなことをしたんだろう。


 告白みたいなことをされた。ダンスに誘われた。キスをされた。まるでこの『三つの贈り物』のようじゃないか。

 そこに何か意味があるのだとしたら、一体なんのために?


 シスルの歌は佳境である。始祖に対する永遠の変わらぬ愛を歌い上げる声が講堂に響く。


 カーラの視線が、壇上で始祖を演じるカロルドを追った。

 もはや指先一本自分の意志で動かせないことに、まだカーラは気づかない。


 ただ、ひたすらに眠い。本番に間に合わせようと無理をして、睡眠時間を削りすぎたのだろうか、なんてぼんやり考える思考さえも、次第に途切れていく。


 シスルの徐々に緩やかになっていく歌と同じように、カーラの意識もテンポを落とすように沈んでいった。


 まぶたを閉じてしまう寸前に、壇上にいるカロルドと目があった気がした。

 その唇が動く。けれど彼がなんと言っているのか、もはやカーラは認識できない。


 外の光をカーラが最後に見た時、ふとルロワの声が、脳裏に甦って再生された。


『要するに音楽とは、原初の魔法なのです』


『私たち人間は、始祖によって魔法がもたらされるより早く、それを知っていた』


 ※


 カーラの体はゆっくりと地に滑り落ちた。椅子の倒れる大きな音が講堂内に響き渡る。最初に異変に気づいたのはもちろん、隣に座っていたソロだった。


「カーラ、カーラ!」


 カーラの意識がないことを確認すると、彼はすぐに彼女の体を抱えあげて講堂を出た。

 講堂内は一瞬騒然としかけたが、中断した音楽はすぐに再開され、そのまま壇上では劇が続けられる。観客たちもその様子を見て徐々に騒ぐのをやめ、もう一度壇上に視線を戻した。


 ソロは漏れて聞こえる音楽からそれを察すると、できるだけ物音を立てないように移動して『関係者控え室』と張り紙の張られた部屋に入った。


 どうしても今、確かめておかなければならないことがあった。


 いきなり開いた扉の奥には、出番を終えて壇上から降りてきたカロルドだけがいた。まるで、ソロがここにくるのを見越していたかのような用意周到さであり、仮面の下の唇はいつものように皮肉気に笑っている。

 だけどソロは、それに微笑みで応じることはできなかった。


「カーラが意識を失った。……犯人は、君だね」


 始祖のいで立ちをした始祖の息子は、満足げなため息をついて、父親を見返した。


「そうだよ」

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