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舞踏会編4

 時刻は少し前にさかのぼる。


 ソロはカーラと別れた後、すぐに公爵の控室の扉を叩いていた。


「ああ、これはソロ様。こんな部屋になにか御用ですかな?」

「ウォード公爵、お久しぶりです。最近は心労が多いようで、ご苦労様です」

「いやはや、心労というほどのものではありませんよ。我が家としては王家と婚姻を結ぶことはさほどの急務でもないのです。私の母も王家の出身でしたから、今代でまた血を交わすとなると近くなりすぎるきらいもある。しかし、とにかく娘が不憫でね……」

「令嬢は今、どちらに?」

「口さがない者たちにいらぬ噂話をささやかれ、疲労が蓄積したのか元気がないのです。今日もここまでは来たものの、とても参加する気になれない、と奥で寝込んでいますよ」

「それはそれは……一目、お見舞いをしてもよろしいでしょうか」

「ええ、それはもちろん。ソロ様が来てくださったとなれば、娘の気も少しは晴れましょう」


 案内された奥の間では、毛布がこんもりと山になっていた。

 山に向かって、ソロは話しかける。


「令嬢、ルビー殿? お久しぶりです、ソロですが……」


 返事はない。


「起きておられますか? 本日の舞踏会には参加されないと思っていましたが……なにか気持ちを変えることでもありましたか?」


 返事はない。寝息も聞こえない。


「さきほど、会場で不穏なうわさを聞いたのです。なんでもあなたが嫉妬に狂い、城の呪い師と結託して王太子が選ぶ乙女を呪殺せしめんとしているとか……ひとこと『そんなことしません』とおっしゃっていただければ、僕は退散します。ですのでどうか、お声だけでも聞かせていただけませんか」


 返事はない。しかし、無礼な男にここまで言われて黙っている令嬢ではないことを、ソロは知っていた。


「失礼します!」


 布団の中には、人型に丸められた布が入っているだけだった。


「こ、これは……!」


 それをソロから告げられた公爵の狼狽は激しいものだった。


「おちついてください。令嬢の行方に心当たりはありませんか」

「いえ……それが何も。ただ、最近は部屋に引きこもって何やらあやしい本を読みふけっていると、メイドから報告が」


 それが呪術関連の本だとすれば、やはり、呪い師と昵懇の中になって王太子の想い人に何らかの害を与えようとしているという噂は、真実味を増していく。

 なにしろ彼女は、魔力量を持て余す、薔薇色の宝石眼の持ち主なのだ。呪術を使おうと思って勉強すれば、どんな呪術でも使いこなせるようになるだろう。


「早く禁書登録しておけばよかった……平和ボケ、かなー?」


 慌てる公爵をなだめてから、ソロも会場に戻る。公爵令嬢の宝石眼があれば、どのようにして他人を陥れようとするだろうか、と必死に考えながら。


(公爵令嬢だって、まさか相手の命と引き換えに一家が没落することを望みはしないだろう……とすると、いざとなれば切り離せるように誰か人を使っている可能性が高い。だとすれば操縦、隷属、魅了……どちらにしてもそう離れては操れない。どこにいる? どこにいれば、一番会場を見渡せる?)


 会場ではワルツが始まり、王太子とキャロルが中央で踊り始めていた。


(あれが、あの子のお姉さんか……確かにすっごい美人だな。中身まではわからないけど、エディはもうすでにぞっこんみたいだ。これはもう、あの子で決まりそうだな)


 上階からダンスホールを見下ろしていたソロは、階下の様子がよく分かった。中央で踊る美しい男女。それを遠巻きに見守る人々の中に、カーラの姿があった。

 彼女はダンスホールを見守りながらも、周囲の警戒を怠っていない。

 同じ貴族の令嬢だというのに、一方は王太子とダンスの途中。彼女はメイド服に身を包んでそれを見守っている。今までずっと、こうやって姉二人のために身を粉にして働いてきたのだろう。よくあそこまで、誰かのために尽くせるものだ、とソロは思う。


(どうすれば、あんなまっすぐないい子に育てられるんだろうな……)


 彼女が彼女の仕事をするように、自分も自分の仕事をしよう、と頭を切り替えて、もう一度周囲を見回す。

 ワルツが終わって、王太子はキャロルの手を引いてバルコニーに向かうようだった。


(こっ古典的~! エディ、それが許されて、それでモテるのは王太子だけだからね。運動した後なんだから、せめて女の子には飲み物くらい持って行ってあげないと……いや、それはともかく……)


 おそらく公爵令嬢もこの様子を見守っている。そして、王太子は乙女を選んだ。つまり、公爵令嬢の、ターゲットが決定したということだ。


(バルコニーが見える場所に潜伏している可能性が高い、か……あそこなら、おそらく西棟)


 見切りをつけて、ソロは走り出す。公爵令嬢を抑えることができたら、任務は完了だと思っていたのだ。



 案の定、公爵令嬢は西棟の貴族控室の一室にいた。


「こんばんは、ルビー殿」


 窓際にいた少女が振り返る。


「ソロ様」


 その目は赤い。ルビーという名の由来。赤く薔薇色に輝く宝石眼。

 魔力の強い王族に現れるという、祝福された瞳であるはずなのだ、本来は。


「なぜ、こんなところにいるのです? 舞踏会の会場はお辛いかもしれませんが、せめて公爵の控室に行きましょう、僭越ながら、僕がお供いたしますよ」

「まあ……ソロ様。それには及びませんわ。わたくし、ここにまだ用事がありますのよ」

「はて、こんな人気のない一室で、男と二人っきりになるなんてはしたないこと、公爵令嬢はお望みにならないと思いましたが」

「あら。はしたないなんてお思いにならないで。ただ、待ち合わせをしているだけなのです。あともう少しだけ待って、それでも来なかったら戻りますわ。お父様には、そうお伝えしてくださいませ」


 そう言ってまた、窓辺に向き直る。視線の先にはきっと、あのバルコニーがあるのだ。どうにか注意をそらさないといけない。公爵令嬢への疑惑は、噂だけだ。取り押さえるのに足る、決定的な証拠があるわけじゃない。


(尻尾を出すまでは、捕まえられない)


 距離を詰めようと一歩近づいたとたん、彼女はピンと張りつめた声を出した。


「近寄らないで! それ以上近づいたら、大声を出さざるを得ませんわ。人気のない密室で二人きり、この状態を衛兵が見たら、いかにソロ様といえど弁明の余地はありません。それでもよろしいの?」

「確かにそれは困りますが、だとすればなぜ今すぐ大声を出さないんです? ここに、あなたが待つ何があるというんです?」

「ええ、ええ。わたくしが待つ者。それがちょうど、今あそこに……」


 魔力の高まりを、確かに感じた。公爵令嬢がその赤く輝く目を見開いてバルコニーの方角をきつくにらみつけた瞬間に、ソロは彼女にとびかかった。

足払いをして倒れさせ、抵抗できないように抑え込んでから仮面を外す。

 ソロの魔眼の力を使って、彼女の宝石眼を封じた。十秒もかからなかった。彼女が魔力を発動させるのは、どうしたって間に合わないだろうと思った。

 それなのに、彼女の余裕は崩れない。


「あら、ソロ様。強引すぎる方は女性に嫌われてよ?同意もなくいきなり押し倒すなんて、礼儀がなってないわ。今すぐそこをどいてくだされば、このことは不問にふして差し上げます。はやく目と体を開放してくださいませ」

「何を、しようとしたんです? 僕は特Sランク冒険者として、城内での帯剣を許可されています。その剣に託された王の信頼をかけて問おう。あなたは、王の懐たる城内で、その魔力を使って何をなさろうとしたのか!」


 公爵令嬢は微笑むだけで答えない。そのうちに、ダンスホールの騒ぎがこのあたりまで聞こえてきた。

 ソロは一つ舌打ちをして、公爵令嬢の上からどいた。魔眼の封印をとくことはしなかった。


「僕の目の前で、その目を使ったことは確かです。騒ぎの原因が明らかになるまで、魔力は使えないと思ってください」

「ええ、結構ですよ。どのみちわたくしのアリバイはあなたが証明するしかない。わたくしはずっと、あなたのそばにいたのですから」


 視界を封じられたまま妖艶に微笑む公爵令嬢は、ぞっとするほど美しかった。

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