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魔法学校編6

「音楽を聴いて感動したことはありませんか? 音楽には感情に作用するはたらきがある。それに歌詞が乗っていればなおさらですよね。要するに音楽とは、原初の魔法なのです。私たち人間は、始祖によって魔法がもたらされるより早く、それを知っていた。呪文の詠唱も、あれと原理は同じです。魔法の多くに詠唱を必要とするのは、自分一人分の魔力でできる魔法なんてたかが知れているから。詠唱することによってそれを聞く人間の『器』を響かせ、それを通して累積的に魔力を増幅させて魔法を顕現することができます。その時に大切なのは、聞く相手に言葉を届けること。言葉がもたらす、相手への影響を確認すること」


 魔法実技初級編の授業で、ルロワは生徒全員を立ち上がらせてそう言った。


「魔力を込めた言葉は、人の『器』に干渉し、感情を一方向に誘導しやすくなります。ということで、今日の授業は『器』から魔力を取り出し、『体』を使って声に乗せる練習をやってみましょう。まずは体内の魔力をイメージしながら、足を肩幅に開いてお腹から声を出します」


 ルロワの言葉に反応して、最前列で講義を受けていた男子生徒が「先生」と片手を挙げて質問する。


「魔力をこめて言葉を出せば、人の心を操作できるってことですか?」

「理論だけ言えば、そうです。だけど、実際にはそう簡単なことではない。普通の人間が魔法でできる暗示なんて、所詮『明日のお夕飯は魚にしよう』くらいなものがせいぜいです。誰だって心に土足で踏みいられるのは嫌でしょう? そういう精神的な防御機能が、心がある生き物には備わっているんですよ」

「だとしたら、魔法で心を操るのは実際的には不可能なのでは?」

「やり方によりますね。催眠術という技術があるように、魔力を操る力が向上すれば精神的な防御力を低下させることは不可能ではない。ただしそのうえで相手の『器』に命令を刷り込もうとすれば、自分の『器』の中にどれほど魔力を蓄えていても足りない、ということです。逆を言えば『器』に命令を刷り込む魔力が十分にあれば可能ではありますが、そんな人間は一部の王族か……」


 そこまで言うと、ルロワは突然発言を止めた。ちらり、と向けた視線と目が合った気がしてカーラは違和感を覚えたが、ルロワはすぐに授業を再開する。


「……とはいえ、心を操るのは重罪です。魔法の力を悪用しないために、使わないために、やり方を習うんですよ。魔法学校の生徒に危険なものは預けられませんからね。刃物が怖いものだと知らない子どもに、刃物は持たせられないでしょう?」


 質問をした生徒が頷くのを見届けて、ルロワは教室全体に声をかけた。


「ではみなさんご一緒に、お腹から声を出して」


 教室の生徒たちが動き出し、カーラも声を出そうとしたところで横から声をかけられた。


「あの先生が何を言わなかったか、わかるか?」


 カロルドは相変わらずローブで顔を半分隠したまま、その口元だけをニヤニヤと歪めている。

 学生食堂で話し込んでから、カロルドはかなり頻繁にカーラの教室を訪れていた。最初は休み時間だけという殊勝な態度を見せていたものの、今となっては授業中でも普通にカーラの隣に座っている。

 なんでここにいるの、とカーラはもう問うことを諦めている。おそらくルロワもそうだと思う。

 風体の怪しいカロルドが側にいるせいで同級生たちは遠巻きにカーラを見るようになったし、いい加減研究室に戻ってソロの手助けをしてあげてほしいものなのだが、カロルドは何度注意されてもどこ吹く風で教室に乗り込んできたし、カロルドがソロの関係者だと匂わせるだけでルロワたち教師陣は彼を教室から排除する理由を失ったようだった。おそらくどこからか、彼の素性を聞いたのだろうとカーラは理解している。


「さあ、わからないわ」

「正解は『一部の王族か、宝石眼を持っている無限の魔力の持ち主なら人の心を自在に操ることができる』だ。つまりお前のことだよ。お前の左目は宝石眼だ。このクラスでお前だけが、人の心を操る力を持っている。土足で心に踏み込んで『器』を改竄し、『魂』を狂わすことができる。魔力っていうのは、そういう力なんだよ」


 カロルドが何を言いたいのか、カーラにはよくわからない。

 惑わすようなことを言ったり、助けるようなことを言ったり。それこそが彼の術中なのだと言わんばかりで、カーラはカロルドにどう接すればいいか見失いそうだった。それに学生食堂で言われた「俺にしておけよ」という彼の言葉が、時間を経るごとに自分の中で大きくなっていく。

 彼は一体、どういうつもりで自分に近づいているのだろう。


「ほら、先生がくるぞ。早く準備しろよ」


 それでも気を取り直し、カーラもクラスメイトと一緒に腹の底から声を出す。しかし、「魔力を使って声を出す」という感覚そのものがわからない。自然と声は小さくなり、戸惑うように周りを窺った。


 ルロワは声を出している生徒を一人一人チェックし、十分にできている生徒には「合格」と声をかけ、できていない生徒にはポイントを教えている。そうやって教室を進み、やがてカーラの前につくとピタッとその歩みを止めた。


――やばい、怒られる。


 ルロワが纏う雰囲気だけでそれがわかるくらいには、もうこの教室にも慣れっこだった。けれどどれだけ慣れたって、目の前で大きくため息を吐かれるのは悲しい気持ちになる。


「カーラ、またですか……」

「ごめんなさい、先生。反省してます。うまくやろうとは思うんだけど……」

「次に生かせない反省は反省とはいえませんよ。あなたの声には魔力が微塵も感じられない。あなたはそもそも、自分の『器』に秘められた魔力を取り出すことすらできていない。宿題はこなしていますか?」


 ルロワはカーラが入学するにあたって、いくつか宿題を出していた。その一つが普通の貴族の子どもが家庭で教わるような、魔法の初歩である瞑想だ。

 自分の『体』、『器』、『魂』を感じ取って、魔力という感覚を覚えさせるために目を閉じて楽な姿勢で何も考えない時間を過ごすというものなのだが、カーラはこれをやろうとするとすぐに寝入ってしまう。魔力なんて感じるどころの話ではない。

 つまり、宿題は手つかずも同然だった。


 黙ってしまったカーラを見て、ルロワがもう一度ため息を吐く。


「あなたの『器』は未成熟で、『魂』に与えられた規格外の魔力に対応できていない。貯水槽に対して蛇口が小さすぎて詰まってしまったようなものです」


 そんなことを言われてもわからない。雲を掴むように要領を得ないとカーラは思う。

 ルロワは普段は温厚な教師だが、実技になると、ときどきとても厳しい。


 しばらくカーラを指導したあと、ルロワはまるで後を託すとでも言いたげにカロルドを一瞥し、他の生徒の方へ向かった。

 仕方なくカーラは一人でもう一度声を出してみるが、『器』に秘められた魔力なんて、相変わらずちっとも感じない。


「なってねえなー」


 カロルドは頬杖をつきながらカーラの様子を観察している。


「うるさいわよ、邪魔しないで」

「なんだよ、助言してやろうかって気になってるのに」

「何を?」


 カーラが視線を向ければ、カロルドは笑みを深めて応じた。


「今度の学園祭、後夜祭があるの知ってるか?」

「知ってる。クラスの子が話していたもの」

「じゃあ、そのラストワルツを一緒に踊ったカップルは、ずっと一緒にいられるっていうジンクスがあるのも知ってるか?」


 それも知っていた。全寮制のこの学校では、普段は夕食以降の生徒の外出は禁じられているが、学園祭の日だけは夜でも学校の敷地内なら外出できる。そしてあの美しい噴水のある前庭で、後夜祭が行われるのだ。高等部の生徒たちによって光と風の魔法で装飾され、深夜を回るまでダンスパーティが開かれるという。そしてその最後を飾るのがラストワルツ。

 恋人同士がそれを踊ると一生を共にできる、というジンクスが主に女子生徒の間で話題になっていたし、カーラ自身、それをソロと踊るところを夢想していた。


「義母上、俺と踊る気はない?」

「はい!?」


 返事をする声は上ずった。助言とはなんだったのか。そう問いただせばいいものを、心拍が跳ね上がってそれどころではない。何を言われたのか、頭が理解しようとして失敗する。衝撃が強すぎる。

 恋人たちのイベントとして鉄板であるラストワルツを一緒に踊りたいだなんて、「俺にしておけ」というあの言葉は、本当に冗談ではなかったのか。


 カーラが混乱して考えがまとめられない様子を見て、カロルドは肩を震わせて笑いだした。


「ほら、動揺した! 『器』への干渉っていうのはこういうこと。『器』は記憶と感情、感覚を司る、心のはたらきそのものなんだよ。つまり、今動いたところが『器』だ。あとはそこを『体』とつなげるだけ」


――なんだ、冗談だったのね。


 カロルドの言葉一つでなんでこんなに動揺したのか、カーラは自分でも不思議に感じた。


 しかし気を取り直そうとはしたものの、動揺した心ではもう冷静に考えられなくて、結局カーラはこの日もルロワに「合格!」と言ってもらえないまま授業は終わってしまった。


「今日は最後に学園祭の役割決めをしますよー」


 さっきまでとは打って変わって、穏やかな声でルロワはクラスの全員に声をかけた。


「といっても大体去年と同じです。主役となる始祖様、三人の王子様役はそれぞれリック、シスル、ニコラ、アニスにお願いしようと思いますが……みんな異存はありませんか?」


 ないでーす、という行儀のいい大合唱をうけて、名を呼ばれた四人が教室の前に出る。


 セリフのある役をやってみたいと少しだけ思っていたカーラには肩透かしの展開だった。だけど当然か、とも思う。もう学園祭まで二ヶ月を切っているのに、年少クラスだけはなんの準備もしていないのはなぜなのかと思っていたのだ。こうやって前年の内容を覚えている生徒が重要な役や係をやるのなら、練習時間はそれほど必要ない。それが例年の慣習なのだろう。


 主役は始祖と三人の王子、ということは国譲りの山場を音楽劇でやるのだな、とカーラは理解する。

 魔法の力でこの国を平定した始祖が、自分の子供たちに国を譲るシーンだ。

 王子はそれぞれ王権、司法、魔法研究の分野を譲り渡され、そのうち王権を手にいれた第一王子が現在まで連なるドラグナー王家を成立させた。それがこの国の成り立ちだった。


 ちなみに、第一王子システィーナには女性だったという説と男性だったという説がある。始祖から受け継いだ魔法の力を使って各地で暴れる妖獣を倒して回ったという逸話が多く残されていて、それは子供向けの冒険譚として有名でもある。

 その役に選ばれたシスルはどこか誇らしげに教室を見回していた。


「さて、あとは細かい役割ですが……あと空いているのは小道具と衣装ですか」

「先生、衣装係りはカーラさんがよろしいんじゃありません?」

「シスル、どうしてです? 衣装係はもっとも大変です。転入してきたばかりの彼女には荷が重いんじゃないですかね」

「あら。カーラさんならきっと大丈夫ですわ。いつも部屋でお裁縫のお話をしているんですもの。ねえ?」


 はて、シスルの前で裁縫の話をしたことがあっただろうか、とカーラは思う。

 でも裁縫は得意だ。もしかしたら何かの拍子に話したのかもしれないし、シスルがそれを覚えていてくれたのがカーラはうれしい。少しは距離を縮めることができたのかもしれない。無視されても毎日話しかけ続けてよかった。


「いや、あれはただの嫌がらせじゃないか?」


 まるで心を読んだように横でそう呟いているカロルドに反応なんてしない。無視された形のカロルドは口をひん曲げたが、その様子にできるもんならやってみろと言われている気がして、カーラは自然と声を張った。


「もちろん、任せて! こうみえても裁縫は得意なんだから!」


 というわけで、カーラの地獄の内職の日々が再び始まることになった。




 大口たたいて請け負ったとはいえ、仕事量を目の当たりにすればあと二ヶ月でどれほどのことができるのか不安になるまではすぐだった。

 役付きの生徒たちの採寸をして、衣装を合わせたらほとんどすべてに手直しが必要だったし、年季のはいった衣装は新しく作り直したほうがいいものも多かった。

 多忙にかこつけて実技をおろそかにするカーラに教師たちはいい顔をしなかったが、父兄が多く訪れる学園祭の出し物はそれなりに力をいれる必要もあるらしく、授業中に内職して作業を進めるカーラをおよそ五十パーセントほどの比率で見逃した。


 とにかく、時間を惜しんで手を動かす。続ければ、いつかは終わる。

 熱心に針を運び続けるカーラをからかいに訪れていたカロルドは、飽きたのかカーラよりもシスルたちの方へ顔を出す頻度が増えていった。なんでもシスルたちはカロルドのことを始祖ではないかと勘違いしていたらしい、とカーラが聞かされたのはこの頃のことで、そんなとんでもない勘違いをしているだなんて思わなかったカーラは飛び上がるように驚いて、その様子を見ていたシスルに睨まれてしまった。


 カロルドはそうやって、次第にカーラの同級生たちに馴染んでいった。



 そんなある日、カーラは唐突に思い付いた。

 カロルドは教室にいる。つまり今ソロの研究室に行けば、ふたりっきりになるチャンスではないか。研究を続ける彼の隣で、自分は裁縫をしていたっていい。裁縫は目と手と道具があればできる。


 思い立ったが吉日とばかりに学園祭の準備であたふたしている教室をこっそり抜け出し、大荷物を抱えて研究室の扉を叩いたが、返事がない。

 がっかりした気持ちで、鍵が掛かっていたら帰ろうと思いながらドアノブを回すと、扉は簡単に開いた。


「失礼しまーす……?」


 小声を出して研究室に入る。魔法灯が柔らかく照らす室内に、人の気配はない。

 留守かもしれない。そう思いながら歩みを進め、普段はカロルドが占領している長椅子の前まで来て、カーラは驚いて一歩下がった。


 ソロがそこで、寝息を立てて眠っていた。

 仮面もつけず剣も帯びず、襟を緩めて少しだけ口を開けて、安心しきって熟睡しているように見える。


――眠っているところ、初めて見たかも?


 いや、カロルドの心の中だという暗闇で意識を失っているソロなら見たことがあった。だけどあの時は悠長に観察している余裕なんてなかったから、こんなに無防備に眠っているソロを見るのは初めてだ。


「ん? んー」


 起きないかな、と思って頬を人差し指でつついてみるが、寝息のリズムが変わっただけで一向に目を覚ます様子はない。それを見たカーラは、長椅子の前にクッションを持ってきて腰を下ろし、ソロの寝顔を観察することにした。


 こうやって改めて顔を観察すると、やはりカロルドに似ている。親子なのだから当然だし、むしろカロルドがソロに似ていると言った方が正しいのだろう。


 それにしてもソロを目の前にしても考えるのがカロルドのことになってしまうくらい、最近はずっとカロルドが側にいた。


「……ソロ、わたしね、カロルドにラストワルツに誘われたのよ? その前にもなんだか告白みたいなことを言われちゃったし。……どうしたらいいのかしらね」


――いや、あの人のことだから、全部冗談かもしれないけど。


 相談して、寝ているソロが答えてくれると思ったわけではない。けれどこうやって、ソロに向かって思いを吐露すれば、なぜ自分があれほど動揺したのか、その意味が少しだけわかった気がした。


 彼が本気かどうかはともかく、カロルドにどれほど告白めいたことを言われたって、自分が想いを向けるのはソロだ。カーラがカロルドの好意(?)に応えることはあり得ない。カーラはそう思っている。

 だけどカロルドを拒絶する感情の自覚は、カーラにもう一つの自覚をもたらしていた。


 カーラのソロへの想いは、追いかける恋だ。好意を惜しまず伝えて追いかけて、もし追いついたとして、それでもソロに拒否されたら、カーラにはもうどうしようもない。恋は一人では続けられないのだから。


 追いかけて、ずっと追いかけて、それでも想いを受け入れてもらえなかったら。

 自分は一体どうするのだろう。どうすればいいのだろう。


 考えてもいなかったそんな結末を、ソロの顔を見ながら想像すれば胸が苦しくてしょうがなくなる。


 始祖は、三人の子どもを持ったという。カロルドという名前は残っていないあたり、探せばもっといるのかもしれない。

 それはつまり、ソロは確実に、女性を愛した経験があるということだ。だけどカーラの想いには、応える様子なんてちっとも見せない。

 それはつまり。


 それ以上を考えたくなくて、すやすや寝ているソロの前で自分だけが悩んでいるのが悔しくなって、カーラが血色のいい頬をつねってみたら、ソロは顔を背けて反対側を向いてしまった。


 カーラが教室に戻るまで、それきりソロがもう一度カーラの方へ顔を向けることはなかった。

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