魔法学校編3
翌日教室で挨拶したカーラへの、級友たちの反応は様々だった。
年少クラスには、下は七歳から上は十三歳までの子どもが三十人前後所属していたが、十歳以下の小さな子供たちは概ね好意的だ。最初は「カーラ先輩」とおそるおそる呼んでいた子どもたちも、ルロワが「先輩じゃなくて同級生なんですよー」と声をかければ次第に「カーラちゃん」と呼んで遊びに誘ってくれるようになってくれた。それが半数ほど。
次に無関心の生徒たち。挨拶すれば挨拶を返すくらいはしてくれるが、話しかけてもすぐに話題を切り上げ、自分の勉強に集中してカーラに関心を示さない。これは大体が十二、三歳の層だった。
その生徒たちが言うには、年少クラスは概ね十三歳くらいで卒業するのが一般的であるらしい。だから自分たちは、自分以外のことにかかずらわっている余裕はない。次の試験で進級を決めなければ親に合わせる顔がないのだという。これが十人くらい。
最後に、カーラへの敵意を隠さない者たち。シスルを筆頭に、ことあるごとに陰口を言い、実技でカーラが失敗するとこれ見よがしに嘲笑してくる。
ただしこの層はごく少人数で、クラスの大勢に影響は与えなかった。これにはシスル自身、自分より小さな子どもを巻き込もうとしなかったことが大きいだろう。彼女はカーラより五つ年下の十歳だったが、伯爵令嬢という高貴な身分にふさわしいように自分を律することを常日頃から心がけていて、年齢に見合わないその高潔さにカーラは驚かされた。
「魔力は感情によって左右されます。強い感情は体内の魔力を高めますが、その分だけ制御が難しくなる。魔力の総量は生まれつきのものですが、その力が強ければ強い人ほど、自分の感情をしっかりコントロールしなければいけませんよ」
担任であるルロワはことあるごとにそう言った。そういえばルビーも似たようなことを言っていたな、とカーラは思い返す。彼女は宝石眼のもたらす大きすぎる魔力の影響で感情が安定せず、そのせいでさらに魔力が膨れ上がり、悪循環を起こしていた。不安定な感情が魔力を増大し、増大した魔力が暴走して、それをカロルドに利用されていた。
シスルはきっと、年少クラスの子どもたちが自分の負の感情に巻き込まれることを危惧している。ならカーラに嫌味を言うのをやめればいいのに、シスルはそれでも、カーラに敵意を向けるのをやめようとはしなかった。
カーラにとって一番心にくるのは寮の自室で二人っきりになるときで、そういう状況になるとシスルは話しかけることはおろか、決してカーラを視界に入れようとさえしなかった。彼女にとって、小さい子どもを巻き込まないことと、カーラの存在を認めないことは一つの矛盾もなく両立するらしい。
カーラとしてはシスルと仲良くなることを諦めたくなかったが、話しかけてもお菓子とお茶を用意してもまったくつれないシスルを相手に、なかなか踏み込むタイミングが掴めないでいる。
年少クラスの授業は座学と実習が半々で、ルロワの他にも何人か教科担当の教師がいた。だが、カーラは他の生徒より進度が遅れていることもあり、ほとんどルロワがマンツーマンで教えてくれる。カーラに敵意を剥き出しにしているシスルたちの行動が、陰口を叩くくらいで思いきった行動をとらないのも、ルロワがカーラのそばをほとんど離れないから、という理由もあるのかもしれなかった。
そんなルロワの授業はわかりやすく、カーラでも十分に理解できる内容だった。
ルロワは他の教師がやるような、ひたすら板書してそれを書き写させるということをあまり好まない。
問いを生徒に投げ掛けて、その返答によって生徒たちを導くというやりかたが得意なようだった。
例えば魔法史の授業で、ルロワは生徒たちにこう問いかける。
「この国に魔法をもたらしたのは誰でしょうか?」
誰かを指名することなく投げ掛けられた問いに、答えがわかる子どもたちが声をあげる。
「始祖様!」
「始祖様はどうやって魔法を広めましたか?」
「まず、神獣である宝石竜と契約して魔力を手に入れました! そしてその力を使って、人間にも使える魔法を産み出した!」
答えを聞いたルロワは、微笑んで続きを口にする。
「そう、それまでは人間は魔力を持たず、ただ神が残した獣に奉仕するだけの存在でした。それを変えたのが始祖様です。かの方は世界の分銅である神獣、宝石竜と契約し、その魔力を譲り受けました。それが魔法の始まりです。始祖様の子どもたちが魔法を受け継ぎ、この国の王となったおかげで、その子孫であるわたしたちも魔法を使えることができるんですよ」
もうすでに理解している生徒たちには応用を、まだ理解が進んでいない生徒には基礎を、それぞれに提示してルロワは授業を進めていく。クラスの誰よりも進度が遅いカーラだったが、ルロワの授業によって『理解できる』を繰り返したおかげで、勉強に対する苦手意識も以前ほどではなくなった。
「さて、ここはテストに?」
授業の終わりに、ルロワが全員に問いかけた。
「出るー!」
「もちろん基本中の基本なのでテストにはでません」
「えー」
残念そうな子どもたちの声を聞いてから、改めてルロワは話始める。
「ただし、この話をしたのは学園祭があるからですよ」
――学園祭?
楽しそうな単語に、それまでノートとにらめっこしていたカーラが視線を上げる。
「早いものでもう二月もすれば学園祭です。例年、年少クラスでは建国史を音楽劇で行っているのはみなさんも知ってますね? 今年も、昼の部開始と同時に講堂の大舞台で披露します。多くの子は去年も経験していることですが、新顔の子もいますからね。そろそろ準備が本格的に始まりますから、みんなで面倒を見てあげてくださいね」
ルロワはそう言いながら、なんとなくカーラの方を見ている気がした。これを機に、もっとクラスに打ち解けなさいと言われている気がした。その視線を受けて、がってん承知、という意味を込めてカーラがルロワに頷き返すと、ふわりと微笑んでから教材を持って彼は教室を出て行った。
――学園祭、かあ……
ルロワの背中を見送りながら、『学園祭』という響きにカーラは胸を躍らせる。
まだここに来てから日が浅いが、それでもこの学校がとびきり特別なことはよく知っている。
最近になって幼年クラスの生徒たちが校門の噴水の前で光の魔法を何回も試していたのは、考えてみればきっと学園祭の演目の練習に違いないし、学食で見かけた中等部の生徒たちがソワソワしながら設計図のような紙を広げていたのも無関係ではないだろう。もしかしたら、高等部の先輩が魔術師の塔の研究者たちに、まるで体当たりでもするかように質問攻めにしていたのも、学園祭の準備に関わることなのかもしれない。
そうだとしたら、この学校の生徒たちだけでなく、研究者たちも協力して祭りを盛り上げるのだ。きっと華やかで見ごたえあるものになるだろう。
――ソロと、回れるといいなあ。
ほとんど無意識の思い付きにカーラがニマニマしていると、扉の前に立っていたクラスメイトから声をかけられた。
「カーラちゃん、お客さんだよー」
その声に反射的に振り向いたが、カーラは同級生以外にこの学校に知り合いはいないはずである。
だから一体誰が自分を訪ねてきたのか、と疑問に思いながら扉の先に視線を向けて、そこにいた真っ黒いローブを目深に被った人物を見て、カーラは一度硬直した。
するとその訪問者は、唇の端を吊り上げて意地悪く笑って言うのだ。
「よ、義母上」
カロルドがそこに立っていた。




