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お茶会編 エピローグその2

「よう、義母上」


 カロルドはカーラを一目見るなり、青い瞳に意地の悪い笑みを浮かべてこう言ってきた。

 ぎょっとする呼び方だ。カロルドにこう呼ばれるたび、カーラは心臓がキュっと縮む思いがする。そしてカロルドはカーラの反応を見て、明らかに楽しんでいる。その笑顔が憎らしい。


「その呼び方、やめてって言ってるでしょ!?」

「親父と恋仲になるなら遠からず間違いじゃなくなるだろ?」


 カロルドはソロの前でもカーラをこうやってからかってくる。ソロへの思いを隠しているつもりも隠すつもりもカーラにはないが、ソロはカロルドのこういう態度にほとんど反応を示さなかった。そして、それがまた、カーラの心臓を縮めていた。

 そのたびに、カーラは胸が冷たくなるのを感じながら、ソロは忙しいのだ、と自分に言い聞かせるのだった。


 しかし、カロルドは一体どうしてカーラをそうやって困らせるのか。その真意がカーラにはわからない。姿をくらましてソロを狙って悪だくみされるよりは何倍もいいのだろうが、ソロに殺されることを諦めないと言った彼がこうしてソロの側で暮らしているのも疑問だった。

 けれど、寿命を失ったという彼らのことだから、どんな目標があったって別に急ぐ必要はない。もしかしたら、ただそれだけの理由なのかもしれない。


 一方、現在の状況は深刻だった。ドラゴンが現出した一件にどう落とし前をつけるのか。依然としてカロルドの中に閉じ込められたままの行方不明になっている人々をどうするのか。まだまだ問題は山積みで、その解決のためにソロは、カロルドに仕掛けた呪いの解呪を試しているらしい。整った設備のある魔法学校の研究室の一つを占拠しているのはこういう理由で、表向きは騎士団に捕らえられていることになっているカロルドを社会の目から匿うための方法でもあるらしかった。だからソロはほとんど研究室に籠りきりでカロルドと向き合ってうんうん唸っているのだが、魔法の知識なんてこれっぽっちもないカーラにはそれを手伝えず、こうしておやつを届けるくらいしかできない。彼の役に立てなくて歯がゆい思いをしながらカーラがお茶の準備をしていると、ソロが奥の部屋からぼやきながらよろよろと出てきた。


「あー、やっぱり駄目だ。この方法じゃあ、埒が明かないよ」

「お疲れ様、ソロ。その様子じゃあ、まだまだ先は長そうね」

「おやカーラ。また来ていたんだね、いつも差し入れをありがとう。……いやあ、自業自得と言えばそれまでなんだけれど、よくここまで複雑に呪いを編み込んで施したものだよね。しかも八百年の経年劣化とカロルドの自力で解呪しようとした痕跡がまたこれでもかというほど絡み合っている。これは、まだしばらく時間がかかるだろうなあ……」


 ソロはそう言うと、隈のできた瞳で遠い目をしながらバスケットが置かれた机の椅子に座った。ロミーナに教わった方法で紅茶をいれてソロの前に差し出せば、「ありがとう」と言って受け取ってくれる。どんなに疲れていても思いやりを見せてくれるソロが、カロルドやルビーから仄めかされるカーラの気持ちに全く反応しないのが堪えるのは、特にこういう時だ。自分の気持ちが、反応する価値のないものと捉えられているのではないか。いつも彼は忙しいから、とごまかしている心が悲鳴を上げそうになる。

 だけど、もし彼が本当にカーラの想いを迷惑に思っているのなら。こうして側にいるよりも、彼の役に立つ方法はもっと別のところにあるのではないか。

 最近はそんなことまで考えるようになってしまった。


「ねえ、ソロ。わたしの瞳、あなたに返せば解決しないかしら?」

「どういうこと?」

「だって、わたしに瞳を預けたから、あなたの魔力は半分になってしまっているでしょう? そのせいで、昔にかけた魔法の解呪ができなくなっているのではないかしら。だから、わたしから瞳を取り返せば、もしかしたら全部うまくいんじゃないかと思うの。……違う?」


 カーラの発言に、親子は目を見開いて反応した。それほど場違いで間の抜けたことを言ったかしら、とカーラが不安になるまで十分な時間をかけてから、カロルドが口の端を吊り上げて言う。


「なるほどな、可能性はゼロじゃない」

「なら……!」

「やめなさい、カロルド。カーラもだ」

「なぜ? 可能性があるなら試してみるべきじゃない?」

「僕が宝石眼をカーラに預けたのは、あの時はそれしか方法がなかったから。きみの血は失われすぎていたし、あのままだったら確実に命を落としていた。目を取り戻せばいいってきみは言ったけれど、話はそれほど簡単じゃない」


 ソロはジャムの入った瓶を引き寄せると、スプーンですくってお茶に入れてしまった。そのままぐるぐるとかき混ぜて紅茶をすすりながら、渋い顔でカーラに視線を合わせる。


「魔力っていうのは、魂のかけらのようなものだよ。そんな簡単に人にあげたりもらったりできるものではないんだ。本来はね」

「でもあなたは、わたしに魔力をくれたじゃない……」

「うーん。それにしたって、きみから宝石眼を取り出すっていうのは危険すぎるよ。きみの魂はあの時、もう少しで失われそうなほどに弱っていた。傷を負ってちぎれそうな魂を僕の魔力で無理やりくっつけた、と言えばわかりやすいかな。今それを無理やり剥がして取り戻したら、きみの魂はもう一度バラバラになるだろう。僕の魔力を体内から全部消すだけだったら大丈夫だろうけど、全部抜くのはリスクが大きいよ」

「よくわからない……それって違うことなの?」

「お前の外貌に宝石眼が現れていること自体、体内の魔力構成が偏っていることを意味しているだろうな。いわば今のお前の魂は、糊付けされて組みあがっている積木みたいなものだ。糊自体が一瞬で消えても積木は組みあがったままだが、糊を全部剥がそうとすれば、積木自体も瓦解する」


 カロルドの言葉にソロはそういうことだね、と一つ頷いてカーラの持ってきたバスケットを漁りはじめた。するとすぐにスコーンを見つけて取り出し、今度はクリームとジャムをたっぷり塗って食べ始める。一口食べると、おいしい、とでも言うように顔を綻ばせるのを見て、カーラは知らずと微笑んでしまう。あれはエヴァンズに習ったレシピで作ったのだ。おいしさはルビーのお墨付きなのだ。


「だが方法がないわけでもない。お前が自分の命を擲ってでも親父に尽くしたいって言うなら、だが」

「カロルド!」


 カロルドの言葉を、ソロがスコーンを取り落として立ち上がり、叫ぶように止めた。その剣幕に驚いて、カーラは目を見開くことしかできない。

 カロルドが変わらず意地の悪い微笑みを浮かべているのと、カーラが驚いたようにソロを見ているのを見て、照れ隠しのように咳ばらいをしてからもう一度ソロは椅子に座った。スコーンを拾うのも忘れない。


「ごめん。だけどそんなことは考えないで。きみは今、魂の修復に僕の魔力を使っているせいで、僕の存在に魂を干渉されている可能性があるし、だからきみはドラゴンと戦っているときに僕の視界とリンクしたんじゃないかと思ってる。感情も同じで、少なからず僕に引っ張られているだろう。けどそれは、ルビーに向けられたような無理やり植え付けられた場違いな好意と、何が違うだろう?」

「え?」

「きみが僕を想ってくれるのはうれしいよ、それに甘えてしまっていることも事実だ。だけど、だからって利用して搾取するようなことはしたくない。望まないものを勝手に与えてしまった者の、それがせめてもの誠意なんだ。だからきみは左目じゃなく、右目で真実を見て暮らしていってほしい。僕たちのことは、僕たちで解決するべきだし、今回のことだってそのうち時間が覆い隠してくれるだろう」


 ソロはどこか遠い目をしてそう言うと、またスコーンをかじり始めた。

 カーラはその姿を見ながら、そうか、と納得していた。彼がカーラのあからさまな好意に反応してくれないのは、それが自分の魔力によって植え付けられたものだと思っているから。あえて反応しないことで、カーラのことを慮ってくれていたのだ。

 無視されていたわけじゃないのだと、それだけで嬉しくてカーラの胸はいっぱいになる。

 でも、だけど。

 魔力によって植え付けられた感情だとかは、自分には関係ないと思うのだ。だってもし刷り込みのように押し付けられただけだったとしたら、ソロを好きだと思う気持ちが彼を知るたびに育っていくわけない。


 どんなに一緒にいたいと思っても、追いつきたいと思っても、八百年のリーチはとんでもなく遠い。

 まだ遠い。まだ全然遠い。その背中はまだ見えない。

 だけど、いつかは。彼が瞳を託したことを誇れるような存在になりたいとカーラは思った。

 その思いのまま、ソロが次のお菓子をとるために前に出した手を掴んで握りしめて、叫ぶようにカーラは宣言する。


「わたし、あなたの隣に立ちたい!」

「はい?」


 驚いて思わず、といった体で固まったソロに、畳みかけるように繰り返し言った。


「あなたの隣で生きていきたい! そりゃあ、まだまだ甘っちょろくて頼りないかもしれないけれど、これから頑張るから。だからね、わたしを思いやって距離を置こうとなんてしないで。わたしをちゃんと、見ていてほしいの」


 夢中で叫ぶカーラは気づいていないだろうが、聞きようによっては熱烈な愛の告白である。

 一部始終を聞いていたカロルドは吹き出すのを必死に堪えて二人の様子を観察していた。


 カーラの言葉を聞いたソロは「ふうん」と言って顔を逸らした。その反応は淡白だったがカーラはもう気にはしない。彼がカーラの気持ちを信じないなら、自分がどんどんアピールしていけばいいのだと思えば気持ちがずっと楽になった。


 顔を背けていたソロの顔が、照れたように真っ赤に染まっていたのをカーラが知るのはもう少し先の話だ。

 ずっと二人を見ていたカロルドが、ひどい言葉でからかってくるまであと三秒もないだろうから。

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