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お茶会編 エピローグその1

 城のまじない師が王家を謀って公爵令嬢を罠に陥れたという事実は一大スキャンダルとして国中を巻き込んだ大騒ぎになった。

 あれから一か月が経つ。だというのに、未だに騒ぎは収束する兆しを見せない。


 中でも公爵家は今までルビーが晒されていた誤解が払拭されたおかげで、ルビーを冷遇していた貴族がご機嫌伺いにひっきりなしに訪れようとするので大混乱に陥り、ほとぼりが冷めるまで領地にある屋敷に彼女を移すことになった。カドヴァスをはじめ古参の使用人はもちろんそれについていき、ドフを残してタウンハウスは閉めることになる。

 そんなわけだから、カーラはあっという間にお役御免になってしまった。要するにクビである。


 解雇を告げられた時、カーラは自分がスパイだったからだと思ったのだが、それをカドヴァスとロミーナは否定した。


「あなたの正体には、とっくに気づいていましたよ」


 カドヴァスはそう言って柔らかく微笑んだ。

 ロミーナは最初からカーラのことを疑っていた。そもそも悪評が高かった公爵家の求人に、カーラのような年若い女性が来ること自体疑わしかったようだ。しかし伯爵夫人の紹介状があれば無下に扱うわけにもいかない。それだからロミーナはわざとカーラに外出の機会を作り、外に出ている隙に彼女の私室に入り込んだ。そこで置きっぱなしだった日記帳を盗み読み、カーラがスパイだということを知ったのだ。そしてカドヴァスに報告した。つまり、カドヴァスがあのタイミングでルビーの秘密を打ち明けたのは偶然などではなく、カーラが王太子側の人間だとわかったからだった。

 ルビーの状態を正しく王太子に伝えることで、事態の改善を狙ったのだ。


「まじない師……カロルド様は私たちによくしてくださっているように見えましたが、それでもルビー様の苦しむ姿を見ていれば、彼の『メンテナンス』は本当に有効であるのかどうか年々疑いは強まっていました。しかし一介の使用人である私たちにできることは少なく、頭を悩ませていたんですよ。あなたの存在は、状況を動かすための鍵に見えました。……結果これだけの大事になるとは、考えてもいませんでしたが」


 まあ、結果良ければ問題なしということで。そう言って頭を掻いて笑うカドヴァスを、ロミーナがたしなめる。

 二人の態度も、あの事件を境に徐々に軟化してきている気がした。やはりスパイだということを気にしていたのだろう。事件以来、今度は遠慮なく打ち解けた距離から二人は仕事をはじめ色々なことを教えてくれた。それはエヴァンズもドフも同じで、公爵家の使用人たちは厳しいところはあっても気のいい人たちだった。もっと早く打ち解けていられたら、と思わずにはいられない。

 しかしせっかく仲良くなれたと思っても、公爵家の人々はルビーを連れて公爵領に帰ってしまい、カーラは家に戻ることになった。


 家に帰ればまたいつも通りの日常を送るのだろうと思っていたが、カーラの予想に反してそうもいかなかった。

 あの事件で注目を集めたのは始祖であるソロ、その息子で事件の首謀者のカロルド、企みに利用されていた悲劇の公爵令嬢ルビー、だけではない。カーラ自身にも注目が集まってしまったのだ。

 公爵令嬢を糾弾しようとする王太子にたった一人で立ち向かい、彼女を悲劇から救い出した少女。王太子の側近が菓子皿をひっくり返したせいで粉砂糖まみれになって、そのまま大立ち回りを演じた中庭の騒動は尾ひれをつけて社交界に広まってしまった。今や『灰かぶりの姫君』と言えばカーラのことで、その勇姿は一般家庭のお茶の間でも語られる格好の話題である。

 まさか自分が、噂の的になる日が来るなんてカーラは考えたこともなかった。こうなるともはやアルバイトに行くことすらままならず、家で家事に打ち込んでいるしか身の置き所がない。


 しかし生来外向的な性分のカーラは毎日家で缶詰めになっていると気分まで詰まり、だからこうして三日に一度は外出することに挑戦してしまうのだった。誰かに見つかると大騒ぎになってしまうのは承知しているので、スカーフを被るように頭に巻いて顔を隠す。バスケットの中には作りためたお菓子やパイを詰め込んで、カーラが出かけるのはいつも決まった場所だった。


 話題の人物を一目見ようと押しかける人々の目をごまかすために、隣家との境界を伝って家を出て、川沿いの風を感じながら貴族街の中心地の方角にカーラは進む。このまままっすぐに進んで大きな通りに入れば、公爵邸はすぐそばだ。


 ルビーからは、公爵領に着いた後に手紙が届いた。そこには今回の顛末が、カーラには知らされていない情報まで書かれてあった。結局ルビーは、あの騒動のあと宝石眼の力をほとんど使うことができなくなってしまったらしい。常に魔力が暴走している状態であった瞳はそれまでの力が嘘のようにおとなしくなり、ルビー自身にも使うことができなくなったが、代わりに誰かに強制的に感情を植え付けることもなくなった。

 ようやく、彼女は普通の少女として過ごすことができるようになったのだ。だから、宝石眼の暴走の原因はすべてカロルドの『メンテナンス』と称した処置にあったのだろう、ということで決着がつけられたらしい。


 他にもカーラが驚いたのは、王太子とルビーの婚約は正式に破棄されたということだった。

 王太子と恋仲である姉のことを思えば喜ぶべきなのだろうとカーラも思う。しかしあの時、王太子に婚約を破棄すると宣言された時のルビーの傷ついた顔を思い出すと素直に喜べない。おそらくルビーも、王太子に好意を抱いていたのではないかとカーラは推測していた。

 ルビーの無実が証明された今、なぜ王太子とルビーが婚約破棄に至ったのか、細かい経緯まではカーラにはわからない。しかしルビーは、納得の上合意したのだと几帳面な細い字で記していた。文面からは動揺なんて全く見えない。ルビーもルビーなりに気持ちの整理をつけたのか、もしかしたら、自分の味方になってくれなかった王太子を今回限りで見限ったのかもしれない。そうだといい、とカーラは思う。

 だがそれを除いてもルビーに対する誤解も解けた今、婚約破棄しても宝石眼を持つルビーを王妃に、という機運が高まる可能性は依然としてある。しかしルビーもそのことについては承知していて、

『いざとなったら、もう一度カロルドさまに頼んでドラゴンを呼び出してもらって抵抗しましょう』

 なんて冗談めかして書いていた。冗談めかしてはいるが、彼女はたぶん本気な気がする。公爵邸で隠れるように暮らしていた頃と比べると、彼女は随分たくましく、そして頼もしくなった。きっとそれが本来のルビーなのだろう。その姿に至る助けになることができたと思えば、カーラの胸も暖かくなる。


 物思いにふけりながら歩みを進め、王城に続く大通りから一本逸れて裏路地に入れば、魔法学校の生垣が見えてくる。人目につかないように周囲を確認してから、カーラはそっとその割れ目に身を忍ばせた。

 ソロに教わった、魔法学校への侵入口だ。始祖であるソロならばどんな施設も顔パスで入れるだろうに、なぜそんなコソ泥のような方法で出入りしているのかは知らないが、カーラ自身も今はこの経路でしか出入りできないのだから、とやかく言うこともできない。なにせここを通らなければ、ソロに会うことも今のカーラにはできない。


 ソロとカロルドはあの事件以来、この王立魔法学校の研究塔を根城にしていた。

 研究室が並んでいる塔の階段を上り、ソロのいる研究室の扉を叩くと、出迎えたのはカロルドだった。

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