お茶会編24
根負けして呻くように小さく言ったカロルドの前に出て、ソロは息子にやっと対峙した。
「僕はきみを……苦しめることしかしてなかったんだね」
「親父……」
「そう、呼んでくれるのを聞いたのは初めてじゃないだろうか。記憶を封じ、魔力を封じ、飼い殺しにして何年もたつ。だけどきみは結局自分の力で封印を破り、そして僕に、自分を殺させようとした。成長したね? うれしいよ」
――はたしてそれは成長なのか?
カーラやルビーをはじめ、その言葉を聞いた王族以外の人々の気持ちは見事なまでにひとつになったが、もちろん言葉になんて出せなかった。
「だけどもうこれで終わり? 諦めるかい?」
「いや、終わるわけないだろ。俺はいつまでだって親父を恨むし、それは絶対変わらない。たった一回封じ込められただけで、そう簡単に恨みが解けたりするもんか。嫌なら殺せ、そうでないならまた俺を封印すればいい」
「……いいや、もうきみに呪いはかけたくない。カロルド、きみは全力で僕を陥れるといい。僕はそれを受け止めるし、巻き込まれた人も守って見せる。だからそうやって、全力で向き合ってくれていい。……そして僕らは、世界一迷惑な親子喧嘩をしよう」
ソロの最後の一言は、カロルドの耳元でぼそりと告げられたものだったが、ごく近くにいたカーラとルビーにはその言葉が聞こえてしまった。
なんかとんでもないことを聞いてしまった気がして、カーラ達は思わず顔をそむけた。
ソロはその体勢のまま、カロルドの顔面にあった黒い布をはぎ取るとよく似た顔が二つ並び、戻ってきたお茶会の参加者たちがどよめく。
「いいかい、きみたち。この子は僕の息子だ。名前をカロルドという。今回の件は、全部この息子が企んだ事件だった。巻き込んでしまったきみたちにはお詫びのしようもない。補償の件についてはおいおい考えさせてくれ、この場で証人となったきみたちを悪いようにはしないと約束するよ、宝石眼の始祖の名にかけてね」
ソロはいつもの微笑みでそう宣言して、会場から拍手を受け取った。彼がカドヴァスや王太子たちと何事かやり取りしに行っている間、カーラはカロルドがソロをこれ以上ないくらいのしかめっ面で見ている様子を観察していた。
常に頭痛を感じているような皮肉気な顔は、闇の世界で会ったカロルドを彷彿とさせる。よいカロルドも悪いカロルドも、結局同じカロルドの、少しだけ異なった側面だったのだろう、とカーラは思った。ドラゴンを生み出したルビーと、ドラゴンを鎮めたルビーが同一人物であるように。
あるいは自分も、同じように心に化け物を飼っているのかもしれない。だけどそれは特別なことではないのだろう。魔力なんて持たない限り、ドラゴンを生み出す恐れもない。
しかし。
カーラはルビーに魔力を預けた時の感覚を思い出す。水槽の栓を抜いたように、一定の方向に向かって体中の力を奪われる感覚。だが、その水槽は、どこまでも深かった。
自分の左目はソロに託された瞳。ドラゴンと契約した始祖の瞳なのだ。その魔力量は計り知れない。
つまり、ひょっとしたら。――もしかすると、とんでもないものを託されてしまったかもしれない。
戻ってきたソロはカロルドの拘束をあっという間に外すと、王太子の側近にカロルドを託した。カロルドは今度は暴れる様子を見せない。おとなしく誘導についていく姿を見届けると、ソロは今度はルビーのところに向かってきた。
やあ、とでも言いたげに気さくに片手を上げて、ソロは話始める。
「ルビー嬢、きみに助けてもらえるとは思ってなかった」
「お気遣いなく、ソロさまを助けて差し上げたわけではありませんわ。お礼ならカーラに仰ってくださいませ」
ルビーはさっぱりした表情でソロに頭を下げた。
「そんなことない。あなたが頑張ってくれたから、ソロは助かったのよ。命の恩人だわ」
ルビーに顔を上げさせてカーラがそう言うと、ルビーはカーラを見て微笑んだ。その両目の色は変わらず薔薇色だが、ずっと感じていた血のような禍々しさが消えていた。
「……誰かに期待してもらえるなんて、久しぶりだったから。ひどい悪意をぶつけられたり場違いな好意を向けられたり、父母やロミーナたちは私を守ってくれたけれど、私に何かを期待することはなかったわ。たった一人、あなただけが私にもっと頑張れって言ってくれた。こんな私でも誰かの役に立てるなんて、もうずっと思うことすらできなかった。頑張るなんて久しぶりだった。誰かに頼られるって、誰かを助けるって、結構大変で、疲れるけれど、気持ちが満たされるものね?」
そしてそのまま、もう一度カーラと手を繋いで、力を込めてカーラの体を引き寄せ、カーラの耳元に唇を寄せて小さい声で呟いた。
「ねえ、それに。友達の恋路を手伝うなんてこと、私は物語の中だけの話だと思っていたのよ?」
ルビーはそう耳打ちしてきた。
なんのことか、とルビーを見返せば、彼女は視線だけでソロを指している。
その視線の意味するところは、ルビーは、カーラがソロが好きだからここまでやったのだ、と思っているということで。
慌てて否定しようとして、顔に血が上るのを感じる。
だって、
だって、ルビーをどうしても説得したかったのは、彼がいなくなるのが、いやだったからからじゃないのか。それは、瞳を託してくれた恩返し、それだけではないのではなかったか。
ソロに自分で死ぬことを選んでほしくなかった。消えてほしくなかった。だってもっと一緒にいたいから。だってもっと、舞踏会の後看病してくれたときみたいにいろんな話をしたいし、もっと色々なことをしてあげたい。公爵家で習った料理やお菓子を振舞ってあげたいし、勇者の使命があると言うならそれを手伝いたい。笑っていてほしい。一緒に笑っていたい。
できるなら、もっと近くで。
カーラはソロに恋をしていることに、この時はじめて気が付いたのだ。
カーラが顔を真っ赤にしてあわあわし始めたのを、ルビーは微笑みながら、ソロは怪訝そうに見つめている。
「ルビー? 一体カーラに何を……」
言ったの。そう言おうとしたソロの言葉は、ぱん、という大きな音で遮られた。
後ろを振り返れば、ロミーナが平手を叩いたところだった。
「お話は終わりましたか? そろそろルビーさまを休ませて差し上げたいのですが」
ロミーナはかつてないほどの凶悪な顔をして、ソロとカーラに有無を言わせずにルビーを引き取った。
「大丈夫よ、ロミーナ。疲れてなんかいないわ」
「いいえ、いけませんよ。ルビーさまは今までこんなに無理をなさったことはないんですからね。……これからは外に出ることが多くなるでしょう。そのためにも、今のご自分の限界を知ることは大切です。今日はもう、お休みにならなくては」
カドヴァスもエバンズもドフも、有無を言わせずにルビーを公爵邸の無事だった母屋の方へ誘う。
話題が逸れてほっとしたのもつかの間、公爵家の面々の強引な手法を目にしながら、カーラは居心地の悪さを感じていた。
みんなに合わせる顔がない気がする。だって公爵令嬢が有罪である証拠として王太子が突き上げた証拠の宝石は、自分がカロルドに手渡したものだ。自分は王太子側のスパイだった。そして、それをもうみんな知っている。
もう、前のようには迎え入れてくれないだろう、とカーラは思った。
しかしロミーナは、いつものようにカーラを一瞥して、人としての温かみを一切感じない口調でこう言った。
「お茶会はとんでもない事態になりました。カーラ、あなたも片付けを手伝ってください」
それは、まるで普段と変わらない調子だった。




