表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/48

お茶会編23

 カロルドの叫びは、むなしく木々がなぎ倒されて広くなった中庭に響いたあとに、跡形もなく消えた。

 静まり返った中庭で、カーラはカロルドに声をかける。


「……カロルド、あなたは一体何がしたかったの?」


 カーラの疑問はもっともだろうとソロも思う。

 召喚獣であるドラゴンをソロに殺させることで心中したかったわけではまさかないだろう。彼がこんなことをした理由が、ソロには本気でわからない。

 おそらくきっとマヌケな顔をしてカロルドを見つめ返したのだろう。封印を施した黒い布越しに目が合ったはずのカロルドは、顔を真っ赤にして声を荒げた。


「知った風な口を聞くなよ、何にも知らないくせに! 俺は、そいつにきっちり責任を負わせないといけないんだ!」

「責任?」


 張り詰めていた気持ちが切れたのか、怒りに我を忘れたのか、今まで見せていた余裕は消失し、カロルドの口調はがらりと変わっていた。

 まるで、カロルドの心の中だという闇の世界で会った『良いカロルド』のようだとカーラは思う。


「あなたは、誰なの?」


 思わず出た疑問の答えはカーラが求めたものではなかったが、その場の注目を一気に集めることになる。


「……お前の隣にいる、ソイツの息子だよ」


 その言葉を聞いたルビーや他の人々が驚きの声をあげた。ソロとカロルドは、見た目だけならそれほど年は離れていない。顔が似ているとは思っていても、ソロもカロルドも長年見た目が変化していないことを知っていても、どうしたって常識が邪魔をして、二人が親子という発想に結びつきはしない。

 しかし、カーラはやっぱり、と思った。


――やっぱり、そうだったんだ。


 あの時、良いカロルドから読み取った言葉は読み間違いではなかった。やっぱりソロとカロルドは親子なのだ。


「でもそれならなんで、ソロを苦しめようとするの?」


 毒気のないカーラの疑問に語気を削がれ、カロルドがソロを睨みつけながら話す。


「ソイツは始祖で、俺は始祖の息子だ。これだけ言ってもわからないか? ドラゴンと契約した始祖は魔法の力をもつ宝石眼と、不老の肉体を手に入れた。それを脅威と感じた別の竜が息子である俺を誘拐して新たな宝石眼を植え付け、父親と戦わせようと目論んだ。竜の企み通り息子は国を二分して始祖と争ったが、結果的に息子は敗北する。竜に勝利した始祖は息子を取り戻し、魔法の恩恵のもと強固な王国を築き上げた。それがこの国の成り立ちだ」


 カロルドの話は、この国に暮らしていれば誰もが知っている建国神話だ。もちろんカーラも知っている。始祖が竜と契約し魔法の力を手に入れ、それをもって国を建てたという物語は、それを題材にした絵本が子どもたちの読み書きの練習に使われるレベルでこの国に浸透している。

 だが、八百年前の話である。その始祖がまさかまだ生きていて、しかも自分に左目を託してくれただなんてにわかには信じがたい。

 けれど納得できる部分も多いのも確かだった。

 ソロと王家とのつながり、その身に宿す規格外の魔力。また、カロルドとソロが親子だと聞いたときに驚いた公爵家の人々は、ソロが始祖だと聞いてもさっきよりは驚かない。おそらくだが、高位の貴族の間では、ソロが始祖であるという話は不文律として浸透していたのだ、とカーラは思った。


「だがもちろん物語と違って、現実にはその続きがある。ドラゴンとの契約を強制的に切られたあと、俺は父親である始祖に、魔力と記憶のすべてを封印する呪いを施された。生命の根源的なエネルギーである魔力を呪いが根こそぎ食らいつくすせいで、体は老化することがなくなった。……その結果、八百年も無理やり生かされ続けることになった。八百年だぞ? 長い時間をかけて緩みはじめた封印から断片的に記憶を回収して、ようやく俺は自分が誰なのかを知った。ドラゴンたちがささやく運命なんてモノに振り回され、勝手に与えられた力を勝手に奪われ、代わりに成長しない体を与えられ、永遠を飼い殺しにされながら生き続けることを義務付けられた。許せるか? そんなことをした奴が俺の父親で、そいつはすぐ隣にいるんだ」


 カロルドの言葉を聞いたところで、家族を許せないという思いはカーラには到底理解できない感情だった。だが、それは自分が家族の愛情に恵まれているからだと自覚できないほど、さすがにカーラも思い上がってはいない。

 自分の人生を他人の都合に引っ掻き回され、生き方の決定権を与えられないというのは、どれほど辛いことだろう。


「だが自分の正体を思い出して、俺は理解した。魔力と呪いと長すぎる生にこんがらがった俺を殺せるのは、もうソロしかいないんだよ。ソロに殺されないと、俺の人生は終わらない。八百年だ、俺を飼殺すのももう充分だろ? 生きるのになんてとっくに飽きてる。いい加減俺を開放してくれ。俺を殺して、お前は、息子殺しのその罪を背負って、永遠に一人ぼっちで生きればいいんだよ!」


 八百年の生がどんなものかなんて、カーラにはわかりようがない。たった十五年しか生きていない自分にはその苦しみなんてわからないのかもしれない。

 しかし、だからこそカーラは、ずかずかとカロルドに近づいて襟首をつかみ上げ、その頬を叩いた。


 ばっちん


 小気味よい音が、その場の全員の鼓膜を叩く。

 あまりに予想外の出来事に人々が反応できないのをよそに、カーラはカロルドに向かって怒鳴った。


「なに、ばかなこと言ってんのよ! 偉そうなこと言ってあなた結局ヒマなんじゃないの? くだらないこと考えるヒマがあるんだったら、その分体を動かして働けばいいじゃない!」


 くだらない。始祖の代から続く因縁を前に、カーラはそう断言した。

 カロルドにはカロルドの事情があり、ここまでソロを追い詰めたのだ。それを簡単にくだらないと切り捨てるなんて、間違っているのはカーラの方ではないのか、と周囲を囲む人々は思うが、彼女は自信満々にカロルドの襟首を掴んだまま強い口調で言った。


「死にたいなんて考えるのは、それこそ時間の無駄だわ。世界はとっても広いのよ、八百年やそこらで退屈するほどすべてを極めることができるなんて、とても思えない。……例えばそうね、あなたクッキーは作れる? 生きるのに飽きた、だの、開放されたい、だなんてそんなの、世界一のクッキー職人になってから言ってもいいじゃない。今がつまらなくて、つらいなら楽しいことを探して。一生懸命に打ち込めること、こんなこと以外にもきっと何かみつかるはずだわ!」


 自分は間違っていないなんて確信に溢れた、カーラのとんでもなく荒唐無稽で自分本位な説教を聞きながら、ソロは知らず、笑いだしていた。それにつられるように、周りの人々からも緊張がほどけていく。


「ヒマなんじゃないのって、ふ、ふふ。乱暴だなあ!」

「だってそうだわ! せっかく健康な体があって、それを持て余して悪だくみなんてするくらいなら体を動かして働けばいいのよ。疲れたら休めばいいし、動きたくないときは無理をする必要なんてない。だけどカロルド、あなたはただ、自分のお父さんにわかりにくい方法で甘えてるだけだわ!」


 そこまで言われて、ようやくカロルドがカーラを睨み返す。

 なによ、とカーラはその視線を真っ向から受けて立ち、視線を逸らすということをしない。


「おっま、痛いだろ……」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ