お茶会編18
王太子からの怒声をまともに受けて、カーラは少しだけたじろいだ。
王太子の意志に背いたらどうなるのか、すごく怖い。自分だけが叱責を浴びるならまだしも、その手が姉や他の家族にまで及んだらどうしよう、と思う。
――それでも
決意は揺るがない。自分で決めたのだ。自分の見てきた真実を信じると。
一歩を踏み出すのは、勇気でなく度胸なのだと、勇者は言っていた。
今自分に必要なのはなによりもそれである。
「その女は、魔法を使って人をたぶらかし、あげくの果てに殺人を行ったんだぞ!」
王太子が発した怒声を受けて、王太子の取り巻きらしい、先ほど菓子皿をぶちまけた青年がカーラの前に立ちふさがってそんなことを言った。
「殺人?」
ルビーの疑惑は、魔法の瞳で人を操り、その結果行方不明者が出ているということだったはずなのに、殺人だなんて話が大きすぎる。なんでそこまで話が大きくなっているのかわからなくて、カーラはひどく間の抜けた声をだしてしまった。
「ついに証拠が出たんだ」
そんなカーラを見て鬼の首をとったかのように堂々と、取り巻きの青年はなにかをカーラに向かってつき出してきた。その手に握られていたのは可憐なティアラだ。もっと言えば、それにはめ込まれた宝石だった。
それを見たとたん、腕の中にいるルビーの体が固くなるのがわかる。
「なぜそれが、殺人の証拠になるんですか?」
「お前、見てなかったのか? 王太子殿下が自ら魔法を使ってこの宝石がどのように公爵令嬢の手にわたったのか見せてくださったのに!」
「ええ、お茶会の準備で忙しくしていたので……」
もうしわけないです、と小首をかしげて見上げてみれば、青年はまくし立てていた勢いを少し削がれたようだった。
「ところでそれには、何が映されていましたか?」
「映るもなにも、すべてだよ。伯爵家のメイドが令嬢の部屋からネックレスを盗みだし、宝飾店に行ってティアラに仕立てあげた。それがなぜ、公爵令嬢の手元にあるのか? 伯爵家のメイドを殺してティアラを奪い、それを自分の手中に納めたからに決まっている!」
「……ビックリだわ、なんでそんなに結論が明後日の方向に飛んでしまうのかしら!」
あまりに驚いたので、カーラは素でそんなことを叫んでしまった。
王太子の目前で、一介のメイドの恰好をしたカーラがそんなことを言うのだ。無礼と言えば大変無礼なその態度に驚いた人々が次の言葉を見つけられない隙に、カーラは言葉を重ねる。
「だってそうでしょう? その宝石からわかるのは伯爵家に勤めていたメイドさんが宝石を盗み出したことだけ! その宝石が加工されてティアラになったことだけ! そのあとルビーの手元にその宝石が届いたこと、だけ! それだけでは、ルビーがメイドさんを殺して宝石を手に入れた証拠にはなりません!」
「おい、不敬だぞ、王太子の呪文に不備があったとでも言う気か!」
「いいえとんでもない! 魔法で明らかになったことは確かにそうでしょう。でもそれと、結果を安易に結びつけすぎだと言いたいのです。王太子さま、わたしはソロに頼まれて公爵家に入り、そこでいろんなことを知りました。用意された結論に飛びつく前に、どうかわたしの話を聞いてください」
先ほどまでルビーを冷たい視線で射抜いていた人々は、王太子たちとカーラのやりとりを追うことに忙しくてもはやルビーを見てはいない。
取り巻きの青年がカーラと舌戦をくりひろげている間に王太子とソロはアイコンタクトをしたが、カーラはもちろんそのことを知らない。
「わかった」
しかし王太子の一言にはその場を十分威圧する響きがあり、言い合いをエスカレートさせていたカーラも青年も一度黙らざるをえなかった。
「話があるというのなら聞いてみよう。なにしろカーラは、勇者が瞳を託した者なのだから」
王太子の冷静な判断にカーラの瞳は歓喜に沸いたが、取り巻き青年の顔は失望に沈んだ。
それでも、いかにもしぶしぶと青年が三歩下がったのを見届けてから、カーラは改まって王太子に向き合った。
「……ルビーの宝石眼は暴走していて、人の秘めた感情を暴き出してしまうのです。そのため、彼女の魔力にさらされた人々は彼女に強い関心を持ち、過剰な好意や敵意といった感情によって冷静な判断力を失って行動してしまう。それが、あたかも彼女がすべての黒幕であるかのような誤解を生むのです」
「だから、それはその女が操っているというなによりもの証拠だ!」
取り巻きの青年の不用意な発言によって、カーラは怒りでくらくらした。なんて、聞く耳をもっていないのだろう。少しは黙って話を聞いていていられないのだろうかと思う。自分で真実を確かめようともせず、感情を物差しにして物事を測って決めつけてくるその態度に腹が立つ。
だけど、自分も最初はそうだったのだ。色々な人に助けられて、ひとつずつ真実を知って、今ここに立っている。
青年と言い争ううちにどんなに言葉を尽くしても通じないじゃないかという無力感が湧いてくるが、腕の中の少女がいるから踏みとどまれる。お茶会の招待客の後ろで、公爵家の使用人たちが固唾をのんで見守っていることも、わかっている。
だから毅然とした態度で、託された信頼に応えたい。
「いいえ、ルビーの瞳はあくまで暴走しているだけ。彼女は望んで、人々を混乱させていたわけではありません。故意か過失かは、大きな違いです」
「そんな言い訳が通用するものか、それに瞳が暴走しているなら、お前が令嬢を守るのだって、瞳の魔力に操られているからなんじゃないのか!」
「私の瞳は勇者が託してくれた勇者の瞳です! 私を疑うことは、勇者、ひいては王家の信頼を疑うことではありませんか!」
本当は、王家の人間を前にして信頼を疑うもなにもないことはカーラにもわかっている。それでも取り巻き青年はぐっと言葉を詰まらせた。
「それにルビーの瞳が暴走していると、あなたは知っていたはずですね? 王太子殿下」
まじない師を通じて、公爵は王家にルビーの瞳について相談していたはずだ。それなのになぜここまで話がこじれたのか、理由なんて一つしか思いつかない。カロルドがあえて、情報を制限していたのだ。
そしてそれを証明するかのように、王太子はカーラの言葉に戸惑いながら首を振った。
「いや、私は……知らなかった」
カーラは落ち着きを見せ始めたルビーから離れて王太子の側ににじり寄った。カーラの勢いにたじろいで、王太子が一歩下がる。その隙を逃さず、カーラは言葉を重ねた。
「ルビーを疑う前に、彼女が身分と信頼を失うことで誰が、得をするのか考えるべきです!」
「……まるで、答えを知っている口ぶりだな? 誰だ、それは。なんのためにこんなことをしたんだ?」
「いいえ、なんのためにしたのかまでは、わたしにもわかりません。けれど、疑わしい行動をいくつも重ねているのは一人きり。もう、王太子さまにもおわかりでしょう?」
答えなんてとっくに出ているはずなのに、王太子は黙したきり、渋い表情をしてカーラを見つめて動かない。
待っていられない、だったらもう自分で言うしかないと決意して、カーラは思い切り声を張り上げた。
「ルビーさまが幼少のころより王の命で宝石眼の扱いを教えに公爵邸まで訪れていた方。ルビーさまの瞳が暴走していることを公爵さまより打ち明けられ、その対処法を伝授してくださった方。その後も定期的にメンテナンスと称して公爵家を訪れていた方。……どうしてあなたは、殿下に真実を報告しなかったのです? お城が雇い抱えるまじない師の、カロルドさま」




