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舞踏会編2

 舞踏会当日、カーラは二人の着付けを済ませた後にアルバイトに出発した。


 今日の仕事は単発で、王宮の給仕役だ。前代未聞の規模で行われる舞踏会。その開催に際して人手が足りなくなるのは当然で、雇用に際しての身辺調査を除けば潜り込むのは簡単だった。王宮だけあって割もいいのでカーラは今日もウハウハである。

 没落していても貴族の身分を持つカーラは比較的高い身分の人たちへの応対を任され、専用の控室へと案内する。

 華やかな衣装に身を包んだ雲上の貴族たちが案内する道中にささやく噂話は、こんな晴れの日だというのにひどく不穏だった。


「おい、聞いたか、例の公爵令嬢の噂」

「ああ、なんでもひどくふさぎ込んでいるらしいな。無理もない、こんな見せしめみたいなパーティを開かれて王太子との不仲をアピールされるなんてな、まともな神経なら気をおかしくする」

「それだけじゃない。城の呪い師と結託して、このパーティを妨害しようとしているらしいぞ」

「めったなことを言うもんじゃないぞ。だいたい、あの人嫌いで有名な呪い師がそんな話に乗るもんか」

「いや、もうひとつの噂もある。城下で話題になっている没落貴族の噂があるだろう? どうやらあれを鵜呑みにして、王太子の目に入る前に排除しようとしているとかなんとか……」

「やめとけって、公爵の耳に入ってみろ、お前まで左遷されるぞ」

「つるかめつるかめ。だけどな、どうにもこのパーティーはきな臭い。お前も注意しておけよ」


「あの!」

 カーラはどうしても我慢できず、噂話をしていた男性貴族に話しかけた。


「おおっどうした」

「その公爵令嬢って、どんな方ですかっ!」

「ああ……公爵似の銀髪と、薔薇色の瞳を持った、お前さんより幾分年かさの女性だが……それがどうした」

「ありがとうございます! 話しかけるご無礼をいたしまして申し訳ありません! いますぐお部屋にご案内いたしますっ!」


 背後を歩く男性にぺこりと一礼して、部屋まで案内してから急いで会場に戻る。さっきの貴族男性の話が本当なら、姉たちが危ないかもしれない。そう考えるだけでカーラの心臓は早鐘を打った。


――はやく、はやく見つけないと。姉さまたちが危ないかもしれない。


 大広間には人が集まりだした時間帯で、まだ上級貴族たちは自分に用意された部屋で準備をしている頃合いだ。公爵令嬢がいるとすればそういった部屋の中だが、さすがに公爵ともなると警備が厳しく、王宮の中でも厳選されたメイドだけがそばに侍ることを許されている。カーラが押しかけていい相手ではないのだが、姉の身に危険が迫っているかもしれないと焦っているカーラにはそんな考えが及ばない。

 上階の階段を登ろうとしたところで警備兵に質されて、カーラはようやく立ち止まった。


「お願い兵士さん、どうしても公爵令嬢さまにお会いしたいの。ここを通してもらえない?」

「だめだ。お前のようなものがお会いできる身分の方ではない。早く持ち場に戻られ」

「そこを、なんとか!」

「しつこい! メイド長に通告するぞ」


 らちが明かない。どうすればわかってもらえるだろう、とカーラが考えた時だった。


「あれえ、こんなところにいたのか。メイドさん、僕の部屋に案内してもらえないかな? 道に迷っちゃったみたいでね」


 少し高めの、少年のような声に振り返ると、仮面をつけた正装の男性がいた。


――誰。


「あれ、わからないかな。さっき案内してもらったんだけど。着替えたから? いいから、ほら、おいで」

「ちょ、ちょっと!?」


 強引に腕を引かれてその場を離れる。人気のまばらな広い廊下までその調子で引っ張られつづけ、ようやくカーラは男の腕を振り払った。


「いい加減にしてください、あなたなんて案内してません! 担当させていただく方々のお顔くらいは覚えています!」

「そりゃあ、見上げたメイド魂だ。……だけどね、今日のパーティは重要なんだよ、もめごとなんて起こしてほしくなかったのさ。強引にひっぱったことは謝るよ、痛くしなかったかい?」


 あっさりと放してもらえたことに少しだけ面喰いながら、カーラは答える。


「え、ええ……」

「うん、大丈夫そうだね。それじゃあ、僕に聞かせてくれないかな。なんで公爵令嬢に会いたいんだい?」


 仮面越しではあるが、男性の視線は優しく、人を安心させる力があった。

 カーラはこれまでのことをかいつまんで男性に説明した。自分の名前、姉がこの舞踏会に参加していること、公爵令嬢について聞いた噂。


「じゃあ、カーラは公爵令嬢が自分のお姉さんを傷つけようとしていると思うの?」

「……私の勘違いなら、それでいいんです。でも、今日は二人にとって特別な日だから。もし何か危険があって、私がそれを予防できるならどんなことだってやりたいの」

「なんのために?」

「え?」

「カーラ自身だってこの舞踏会への参加資格はあるんだよ。国内貴族の年若い女性、その全員に招待状は送られたはずだ。なのに君は、お姉さんのためだけにこんな、メイドの恰好までして尽くそうとしている。それは何のため?」


 変なことを聞くものだ、と思った。


「そんなの、わたしがそうしたいからに決まってる。姉さまたちは貴族と結婚するために今までずっと努力してきた。わたしはそれを一番傍で見てきたわ。姉さまたちはどちらも素晴らしい人よ。美しいだけじゃなく、努力する大切さを知り、人を大切に扱うことも知っている。それはきっと、王太子妃にふさわしい素質になる。王太子妃になったら、王太子さまを支えてこの国をもっと豊かにしてくれる。……それは、わたし自身が王太子に選ばれるよりもずっとずっと幸せなこと。だからわたしは、わたしのできることをするの」


 仮面の奥の瞳が、見開かれた気がした。


「なんだか、野暮なことを聞いたな。ごめんね、君を推し量るようなことを言ってしまった。……かわりと言ってはなんだけど、公爵令嬢のことは心配しないで。僕がなんとかするから」


 なでなでと、まるで幼い子にするように撫でられて、カーラの脳裏に一つの記憶がよみがえる。

 なんだか、まるで、以前にもこんなことがあったような。目の前の人に、前にも会ったことがあるような。


――まさかね。


 かぶりを振って思い直し、代わりに一つの質問を投げかけた。


「あなたの名前を聞いてもいい?」

「ん? もちろん。そうだね、ソロと呼んでほしい」


 ソロ。カーラはその名前に聞き覚えがあった。

 ≪仮面の勇者≫と呼ばれる冒険者。世界で数人しかいないという特Sランクのヒーロー。強い魔物の討伐依頼をこなし、困っている人を決して見捨てない心優しき勇者。だが、誰ともパーティを組まず、その素顔を見たものさえ、この世界には存在しないという。


 まさか、本人。もしくは、コスプレ。


 そんなカーラの動揺を見抜いたように、ソロと名乗った仮面の男性は続けて言った。


「特Sランクの冒険者さ。特Sランクにもなると、各国で国賓級の待遇を受けられるようになるんだよ。だから僕なら、公爵令嬢のところまで行って確かめてこられる」


 コスプレかもしれないなんて思ってごめんなさい、願ってもないことだ、とカーラは飛びついた。


「だったら、お願いします! 公爵令嬢さまに、姉たちのことを傷つけないようにお願いしてください。わたしたち、ただ、あなたを傷つけるつもりはないんですって、お伝えしてください」

「……彼女が聞き入れるかどうかはわからないけど、承ったよ、≪仮面の勇者≫の名に懸けて、君と君の姉妹を守ろう。だから君は君で、君の仕事をするといい。僕は僕で、僕の仕事をすることにするよ」



 もういちど、なでなでを受けてからカーラはソロと別れた。

 いつの間にやらもう、舞踏会が始まる時間だ。姉たちはどこにいるだろう。給仕をしていれば、離れず傍で守れるだろうか、と考えて、カーラはその場を後にした。

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