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お茶会編12

 カーラは話のあと、ロミーナに呼び止められて、公爵家の人々が夕食をしている間にルビーの部屋を整えることになった。普段はロミーナがする仕事である。これもまた、彼らの信用の証なのだろう。


 カーラはそこで、細工の凝った書き物机からまじない師の言った通りに仕掛けを動かして、ついにルビーの秘密を見つけてしまった。

 あまりにもあっけなく、それは簡単に見つかってしまった。ソロが探してほしいと言ったティアラである。言っていたような文書による証拠は何もなかった。ただ一つ、柔らかい布にくるまれたティアラだけが、隠し棚の中に入れられていた。


 いっそ、ずっと見つからない方が楽だったかもしれないとカーラは思った。これを見つけてしまえば、否応なしに状況は動き始める。カーラは、何も知らない公爵家の新人メイドではいられない。


 勝手に好意や敵意を抱かれるという公爵令嬢の瞳。その話が本当なら、王太子自身が瞳に惑わされている可能性すらある。勇者と呼ばれるソロすら、ルビーの瞳の秘密に感づいていないかもしれない。それどころか、彼は彼女が自分の意思で人を操っていると疑って、カーラをこの屋敷に送り込んだのだ。


 それとも、信じたくはないが、ロミーナたちの話は全部嘘で、ルビーも含めてみんなで自分を懐柔しようと企んでいるだけという可能性だってまだある。


――わたしは、彼の目として何をするべきなのだろう。


 カーラの手のひらには宝石がある。ティアラに嵌め込まれた、もとは伯爵令嬢のものだったという宝石だ。これをソロに渡せば、彼の魔法で、この宝石が誰のもので、どうやってルビーの元に来たのかがわかるだろう。しかし過去見の魔法で、メイドが公爵令嬢に宝石を献上したことが明らかになったら、ルビーはきっと断罪される。宝石眼の秘密はきっと、過去見の魔法では明らかにならないだろう。宝石眼の魔法は、宝石眼の持ち主にはかかりにくいからだ。ルビーの宝石眼の影響が、カーラに出なかったように。ソロの魔法がカーラにかかるのは、カーラの目がソロからの借り物だからなのだ。


――ルビーさまは断罪される。本当にわたしは、それでいいの?


 公爵家の人たちはみんな、いい人だ。短い時間しか接していないが、カーラは心からそう思っている。


 公爵と公爵夫人はこれまで見てきた多くの貴族のように使用人を「いないもの」として扱ったりはしない。

 余ったお菓子をこっそり分けてくれるコックのエバンズ、庭の手入れのついでに花を公爵邸に飾ってくれるドフ。家令はいつでも公爵家に住む人々のことを考えているし、ロミーナも時々理不尽に怒るがその厳しさには芯が通っていると思う。


 それになにより、ルビー本人。彼女は寂しがり屋の、年相応の少女だ。クッキーを渡したときのあの手の温もりを、カーラを利用しようとしているだけの無慈悲なものだったなんて思いたくない。


 この家で過ごした時間の全部が嘘だったなんて、信じたくないし、信じられる訳がない。


――そうだ。わたしは、わたしの頭の中にある与えられただけの情報よりも、わたしの過ごした時間を信じたい。


 カーラはそこまで考えると、私室に戻ってベッドの上で腹ばいになり、日記帳を広げた。

 ここに送られる前にソロから預かった日記帳だ。これに書かれたことは、全部そのままソロの手元にある帳面に写し出されるという。

 カーラは公爵邸に来てからの出来事をほとんどこの日記帳に書いていた。働く人々のこと、住む人々のこと。公爵邸の人々は予想に反してみんないい人だったけれど、はじめて家族と離れて暮らすカーラにとって、この日記帳は家族に繋がる、寂しさを埋める唯一の方法だった。


『ソロ、それから家族へ

 わたしは元気です。公爵家のみなさんもよくしてくれています。今日は久しぶりに、先日まで勤めていた洋品店に行くこともできました。舞踏会で姉さまたちが着たドレスを手伝ってくれたお針子の人たちも、姉さまと王子さまのロマンスを期待してくれていたようで、すっごく質問攻めにあいました。もちろん、まだ正式に決まった訳じゃないから詳細はヒミツにしておきました。発表されたらきっとみんなびっくりするでしょうね!』


 ここまで書いて、カーラは洋品店の人々のことを思い出して微笑んだ。


『もし本当に、お二人が婚約することになったらきっと、あの洋品店でまたドレスを仕立てたいと思うんだけど、それはやっぱり難しいのかしら。王家には王家の伝統があるでしょうし、わたしの手作りドレスなんて、もう二度と着てもらえなくなるのかもしれないわね。それは、ちょっと、けっこう寂しいことだわ』


 いけない、とカーラは思う。話が逸れてしまった。姉は、もしかしたら婚約すべきではないのかも、という心の声が反映されているのかもしれない。


『しめっぽい話をしてしまってごめんなさい。日記帳ってつらつらととりとめのない話を書くのにぴったりなんだもの』


 これでよし、とカーラはペンを握りなおした。

 だが、今日の出来事をなんと伝えたものだろう。あまりにたくさんのことが、一気に起こりすぎたと思う。


 何より伝えておきたいのはカドヴァスの話だが、今ここでルビーの無実を訴えたとして、ソロは信じてくれるだろうか。

 王太子が、ルビーを断罪するようにソロに働きかけたのだ。今カーラが日記づたいにやめてくれと言ったところで、カーラも公爵令嬢の毒牙にかかって操られていると思われるのがオチではないだろうか。


 左目に触れる。この目が、ルビーの魔力を弾いている。ソロは、この目が精神的な防御壁になるからこそ、自分をこの屋敷に潜り込ませたのだ。

 カーラの話に、耳を傾けてくれると思いたい。


『ねえ、ソロ。宝石眼が暴走することなんてあるのかしら。持ち主の意に沿わず、魔力を垂れ流すこと。もしかしてソロには、そんな経験があるのかしら』


 返事がないのはわかっている。それでも、彼のもとに言葉を届けたい。

 瞳を託してくれた優しい勇者。彼の言葉がほしい。彼に会いたい。


『ないけど、どうかしたの?』


 その文字は、突然日記帳に浮かび上がった。カーラは心臓が口から出るかと思うほど驚いたが、実家で何度か見たかきつけの筆跡から、ソロからの返事だとすぐにわかった。

 返事がくるだなんて思ってなかった。公爵家に来てから毎日のように日記帳に記していたのに、今まで一度もそんなことはなかったからだ。


『ソロなの?』

『うん。やっとこの日記帳の双方向魔力通信機能が回復したんだ。間に合わないかもしれないから伝えなかったんだけど、これはもとから離れたところで通信するための帳面だったんだよ。ページを増やしたら一方向からしか内容が通信できなくなってしまったのを、ようやく修繕できた。お茶会に間に合ってよかったよ、君が無事なのは、魔力探知とか日記帳の内容とかからわかってたけど、やっぱりどうしたって不安は残るからね』


 難しい魔法の話はカーラにはよくわからないが、ソロが心配してくれていたことは伝わってくる。

 今まででも日記帳があるからさみしくない、と思い込ませてきたけれど、こうして言葉が交わせるようになると一気に緊張と涙腺が緩む気がした。


『それで、何かあったの?』


 カーラは、今日のエヴァンズの話をソロにするかどうか迷っていた。

 きっとソロなら信じてくれると思う。だけど、ひとかけらの不安が残る。


 もし、信じてもらえないで、公爵家に絡めとられたと思われたら。

 もし、ルビーの魅了に唆されたと思われたら。

 彼の目にふさわしくないと思われたなら? その先は、想像したくない。


『今日は報告があります。ついに、宝石を見つけました。

 例の、伯爵令嬢が持っていたという宝石です。それが嵌め込まれたティアラが、ルビーさまのお部屋に隠されていたから、間違いはないと思う。

 これをソロの魔法で調べたら、何が起きたのかわかるのよね? たしか、時間を遡る魔法。起きたことを映像に起こして、それを観て誰が宝石を盗んだのか明らかにするための魔法。』


 そこまで書いて、カーラはため息をついた。


 きっとその魔法を使えば、行方不明になったメイドが宝石を盗むところが映し出されるのだろう。そうすれば、ルビーが断罪されるためのピースが揃う。


『そうだよ。これでやっと、彼女の正体を見極めることができる。ありがとう、カーラ。なら君は、早く帰っておいで。もうそこにいる必要はないだろう?』

『わたしは』


 言うなら、今しかない。カーラは覚悟を固めた。


『帰らない』

『なぜ?』


 ソロの戸惑いが目に見えるようだった。どんな顔をして今、彼は日記帳に向かっているんだろう。


『ソロ、最初の話に戻るのだけれど、宝石眼の魔力が本人の意思に沿わないで害をなしている、という可能性はないのかしら。行方不明になった人たちは、ルビーさまの意志とは関係なく、宝石眼の魔力に呑まれてしまったのかも、みたいな』

『考えにくいな。宝石眼はあくまでただの魔力の塊だ。魔力というのは、感情に影響されるものなんだよ。怒れば増幅し、悲しめば縮小する。だから、自分の意志と無関係に、つまり自分の感情と逆方向に魔法が展開されるなんて、宝石眼の持ち主にはありえない。』

『でも、お城のまじない師さまは』

『まじない師?』


 カーラが書いてる文面に割り込むようにして、ソロが返事を書いてきた。


『まじない師さまは知ってるでしょう? お城のひとよ。王の命令で、ルビーさまに宝石眼の扱い方を教えた人』

『あの子がそんなことを?』


――ああ、やっぱり二人は知り合いなんだ。


 ソロの返事を見て、カーラはやっと二人が知り合いであることが腑に落ちた。それまでは、二人の雰囲気の落差がどうしても引っかかっていたのだ。二人の共通点なんて、仮面やらフードやらで素顔が見えないことくらいしかない。


『まじない師さまは、やっぱりソロの協力者だったのね』

『協力者?』

『あの人が、宝石がどこに隠されているかを教えてくれたのよ』

『あの子が、僕の動きを知っているはずがない』


 あれ、とカーラは思った。どうにも雲行きが怪しい気がしてきた。

 ソロが続けた文字を見て、その懸念が強まっていく。


『彼が動いている? そんなバカな。カーラはあの子に会ったの?』

『ええ、公爵家に来ていたわ。それに、あなたの協力者だと言っていた。違うの?』

『ちがう。あの子にそんなこと、頼めるわけがない。ごめんね、カーラ、僕は行かなくちゃ。急いで確かめないといけないことができちゃった』


 ソロが会話を終えようとしていることを察して、カーラは慌ててペンを走らせた。


『待って、一つ教えて。宝石眼が感情の影響を強く受けるなら、それを制御するにはどうすればいいの? あなたはどうやって、瞳を動かすの?』


 カーラはどきどきしながら、返事を待った。待っている時間はほんのわずかだったはずだが、体感時間ではとても長く感じられた。

 もうソロは日記帳を見ていないのかもしれない、とカーラが思い始めたころ、やっとソロの返事が帳面に映し出された。


『感情がコントロールを乱すなら、感情をなくしてしまえばいいんだ。そうすれば、ただ純粋な魔力だけを扱える。あとはただ、この魔力でみんなのために動くだけ』


 そこでようやく、カーラはソロの正体に近づいたのだ。

 宝石眼を操れるのは、感情という感情を押し出して、こころから感情をなくしてしまったからなのだとすれば、

 誰かを助けることは、彼の希望ではない。彼はただできることをしているだけだ。


 カーラを助けたのは、ソロが優しいからではなかった。それが正しいことだったからなのだ。彼の倫理観が優れていただけで、そこに心のはたらきはなかった。


――ソロ、あなたのこころは……からっぽなのね。


 カーラがそれに救われたのは本当だが、勇者とはそれほど、虚ろでなくてはならないのか。虚ろでなくては、なれないものなのか。

 戸惑いより怒りより、カーラは悲しかった。

 なにが彼を、誰が彼を、そうあるように定めたのだろう。


 それきり、日記帳に文字が追加されることはなかった。


 おそらくソロはもう、どこかへ行ってしまったのだろう。いくら日記帳に文字を書いても、すでにソロは見ていない。

 しかし彼の正体が虚ろであるなら、それにあまり違いはないのかもしれない。

 そんなことを考えてしまって、カーラはふるふると頭を振った。

 そして、もう一度ペンを握って日記帳に文字を書き始める。


『宝石は、もとあった場所に返しておきました。しかけのある書き物机に仕舞われていて、開け方にはコツがあります。お伝えするので、どうかお茶会当日にわたしを探してください。

 きっとキッチンと中庭を忙しく往復していると思います。


 このお屋敷に来てよかった。緊張することも多いけれど、いろいろな人と会えて、話して、自分が今まで狭い世界にいたことを知りました。

 ロミーナさんは厳しいけれど、効率的な仕事の進め方は見習うところが多かったし、シェフのエバンズさんには料理のコツも教わりました。ドフさんが公爵家の方々のために飾るお花を生けていくのも楽しいし、カドヴァスさんには家に仕えるということの基本を教えてもらった気がします。


 誰かのために働くって楽しいことだわ。彼らにはそういう喜びが溢れている。こんなときでもなければ、わたしはきっと彼らを疑わずに信じていたでしょう。

 そうありたかった、と今は思います。


 ソロ、きっとわたしを探し出してください。直接会って、話したいことがたくさんあるわ』


 日記を書き上げて顔を上げ、カーラはため息をついた。

 結局カドヴァスから聞いた話をソロに伝えることはできなかったし、まじない師については疑問ばかりが残った。


――今考えてもしかたないわ。明日、ソロに会っていろんなことを確認しなくちゃ


 カーラに与えられている使用人部屋の小さな窓から、中庭が見える。夜の闇に包まれて今は静かなそこは、明日には多くの人でにぎわうはずだ。


 明日、ついにお茶会が始まる。準備は足りているだろうか。

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