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お茶会編8

 ルビーのことが気になって仕方がない。

 ロミーナの用事を速攻で終わらせて、カーラはすぐにルビーの部屋に戻るつもりだった。部屋に入れなくても、せめて外から少しでも様子を見ようと思っていた。

 それなのに、ロミーナはまるでそれを見越していたかのように数々の用事をカーラに言付けた。


――もしかして、探ろうとしていたのバレてる?


 そうカーラが感じたのも無理はない。それくらいロミーナの用事は、的確にカーラの時間を消費させるものだった。


「お茶会に使ういくつかの品を、城下の洋品店に注文してあります。それをとってきてください」

「あの……でも、わたし、キッチンに戻らないと」


 街に出れば、ルビーの様子を窺うことは難しくなる。なんとかして屋敷にとどまりたいカーラだったが、ロミーナの返事は簡潔だった。


「シェフには私から言付けておきます。休憩するところだったと言っていましたね、ついでに少し、町で時間を潰してきなさい。どのみち夕食まではあなたの仕事はあまりありません」


 とりつく島なんてどこにもない。こちらの返事を聞くこともなく話を進めるロミーナの説得をカーラは早々に諦めて、街に出ることにした。




 公爵家の屋敷がある貴族街を出て坂を下っていけば、青い屋根の家が乱立する商店街に出る。

 舞踏会まではアルバイトや買い物でしょっちゅう来ていた城下町だが、ここ最近は忙しかったので随分久しぶりな気がした。

 商店が競って飾り立てる店の名前と紋章を記したカラフルな横断幕、通りを行き交う人々の喧騒、その人々を狙って露天で売っている食べ物の匂い。

 いつ訪れてもワクワクする、賑やかできらびやかな王都の風景だ。


 乗り合い馬車に乗って衣料品を扱う店が立ち並ぶ一角まで移動して、カーラが洋品店の扉を叩くと、中にいたおかみさんが扉を開けてくれた。


「あら、カーラじゃないか! どうしたんだい、またここで働きたくなったのかい?」


 以前アルバイトに来ていたカーラのことを覚えていてくれたおかみさんに挨拶をすると、上の階にいた針子たちやおかみさんの夫である店の主人までもが玄関までカーラを迎えに出てきた。元同僚である針子に囲まれて、カーラはもみくちゃにされてしまう。


「舞踏会はどうなったの?」

「公爵令嬢に何かされなかった?」

「またここで働くの? でも今着てるの、メイド服よね。どこに勤めてるの?」


 手を動かしながら噂話をするのが常の針子たちは、その達者な口でカーラを質問攻めにする。

 この洋品店には姉たちのドレスの調達など随分世話になったのに、舞踏会以来顔を出していなかったのだから無理もない。針子たちはずっと、カーラの話していた美しい姉と王子のロマンスの行方を夢想しながら、カーラの訪れを待っていたのだ。

 そうとは知らないカーラがいくつも繰り出される質問にびっくりしていると、店主が助け船を出してくれた。


「ほら、カーラが困っているだろう。お前たちは仕事に戻りなさい」


 その言葉にしぶしぶ従ってぶつくさ言いながらにぎやかな針子たちが二階に戻っていくと、ちょうどおかみさんがお茶をいれて持ってきてくれたところだった。

 少し懐かしい、庶民向けの紅茶を飲みながら、カーラはほっと一心地ついた気がした。


――ああ、わたし、緊張していたのかもしれない。


 だって、自分の素性を隠して仕事して、お宅の秘密を探し出すなんて、今までやったことなかった。そんなスパイみたいなこと、自分にできると思ったこともなかった。

 カーラが眉間にしわを寄せて深いため息をついたのを見て、店主が声をかけてきた。


「カーラ。今着ているのは公爵家のメイド服だろう? いったい何がどうなっているんだい」


 洋品店の主人たちには、カーラの姉たちが舞踏会に行くということしか伝えてない。つまり、公爵令嬢は姉の恋のライバルだというのが洋品店の人々にとっての認識である。

 カーラがその家に潜り込んでいるなんて、一体なにを企んでいるのか不思議なのだろう。


「ええと……」


 言ってしまっていいものか、カーラは少し考えた。


 公爵令嬢の犯罪を暴いて断罪をするためにスパイをしています。


 あやしすぎる。真っ黒なローブを着た人間より、もっとずっとあやしい。


 それに万が一、騒動にこの人たちを巻き込んでしまったら大変だ。公爵家から睨みをきかされたら、こんな洋品店一晩でつぶれてしまってもおかしくない。それぐらい危険なことを自分はしているのだ。

 そう思うと、せっかく紅茶で温まった体がずん、と重たく冷える気がした。


「ええとね、舞踏会はうまくいったんだけど、王家とのお付き合いにはお金が必要なの。公爵家のバイトがとても割りがいいから、ちょっと名前を伏せて稼がせてもらってるのね。だから、お願い、わたしのことは秘密にしていて?」


 とてもよくしてくれた二人に嘘をついているようで心苦しい。だけど、カーラにとってはこれが精一杯の理屈だった。


「ああ、わかったよ」


 多分カーラの挙動にあやしさを感じただろうに、洋品店を営む店主の夫婦はカーラを見て優しく笑った。


「あなたが悪いことなんてできるはずないものね。きっと誰かのために動いているんでしょう? でも、危険にだけは気をつけて。城下でも、舞踏会で刺された女の子がいるという話は流れてきていて心配していたんだよ。カーラが無事だったなら、それでいいさ」


 その言葉を聞いて、カーラは紅茶を吹き出しそうになった。

 その刺された女の子というのは紛れもなく自分のことである。噂になっていたのか。


 ごほんごほんとせき込んでごまかして、カーラは話題を変えた。


「それにしても、このお店が公爵家御用達になってるなんてびっくりしたわ! わたしが働いていたころは、そういう依頼はなかったと思うのだけれど」

「ああ、人づてに紹介してもらったんだよ。なんでも、以前御用聞きをしていた店は公爵令嬢の機嫌を損ねてしまって、依頼を出してもらえなくなったらしい。やっぱり、ルビーさまは噂に違わないプライドが山より高い、貴族主義のお嬢様なのかい? 機嫌を損ねないコツなんか教えてくれるとありがたいんだが」


 公爵令嬢、ルビーの市井における評判はすこぶる悪い。

 カーラも少し前まではその噂をまったく疑いもしなかったが、本人と交流し始めた今となっては、その評価に疑問を抱き始めている。

 洗濯物を飛ばしていたずらっぽく笑った笑顔。クッキーを受け取った掌のあたたかさ。

 少なくとも身分の低い者を不当に差別する貴族主義者だとは思えない。


「そういう人ではないと思うんだけど」


 そう言うと洋品店の主人は顔を曇らせた。おかみさんは「カーラは人を悪く言わない子だから」と言って主人の背中をばんばんと叩く。

 自分が感じている彼女の印象と、社会からの彼女の評価がこれほどかち合わない。

 まだまだ彼女について知らないことが多すぎる。だから判断を下すには早すぎる。


「わたし、そろそろ帰らなくちゃ。公爵家からの依頼品を取りに来ただけだから」

「あらあら、もっとゆっくりしていけばいいのに。今度は休日に遊びに来な」


 おかみさんはそう言いながらも、いつも通りのばつぐんの手際でカーラが持ち帰る公爵家の依頼品を用意した。

 予想していたよりもすごい量だ。

 一人で持ちきれるだろうか、台車を持ってくればよかった、とカーラは思った。


「一人で持てるのかい? 公爵家から誰かもう一人呼んだ方が……」

「ううん、大丈夫。これくらいなら……よい、しょっと!」


 積み上げられた箱をカーラが抱えると、持ち上がった箱が顔の位置より高くなって視界が塞がれてしまった。

 しかし、なにせ中身はほとんど衣類だから箱の中身はそれほど重くない。一度引き返して台車なり人手なりを用意するよりはこのまま持って帰ってしまったほうが結果的に仕事は少なくなるだろう。

 心配そうに声をかける洋品店の夫妻に別れを告げて、カーラはもう一度乗り合い馬車に乗って貴族街の入り口まで戻ってきた。


 貴族専用の入り口を避けて、使用人用の通路である端の階段を登っているところで、カーラは箱の向こう側、つまり死角から突然現れた人にぶつかってしまった。


「ご、ごめんなさい!」


 カーラは頭を下げずに謝った。今頭を下げたら、持っている箱がぜんぶ雪崩れて大惨事になってしまう。


「いえいえ、お互い前を見ないと危ないですね」


 ぶつかった相手はそんなカーラの様子を気にした風もなく、のほほんとそう言った。

 その声に聞き覚えがある気がして、カーラは身をよじって箱の向こうにいる人影を見つめる。


 真っ黒なフードを目深に被った男がそこにいた。公爵邸で見た、まじない師の男だ。

 おそらくルビーとの用事を済ませ、城に戻る途中だったのだろう。


 カーラはぶつかった姿勢のまま固まり、夕刻になって傾き始めた日の光がカーラの顔を真っ正面から捉える。

 すると、何かに気づいたようにまじない師はカーラの顔を覗きこむように前屈みになった。


「あなた、両目で目の色が違うんですねえ」


 口調は柔らかく、優しささえ感じるのに、その言葉はこころの中の、柔らかい部分を無遠慮に撫でられたみたいにゾクっとした。

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