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お茶会編7

 次の日から、カーラは身を粉にして働き始めた。

 やることはいくらでもあった。掃除、買い出し、洗濯、料理。

 料理はほとんどが雇われているシェフのエバンズが行ったが、細かい飾り付けや焼き菓子の補充など、彼の手の届かないところはカーラの仕事になった。


――こんなんじゃあ、お嬢様の部屋に行かれないわ。


 本来の目的を忘れそうなほど忙しい。もしかしたらこれも、公爵家の内情を探らせまいとするロミーナの作戦なのかもしれなかった。


「おい、カーラ。焦げてないか?」

「え、ウソ!?」


 カーラが慌ててオーブンから鉄板を取り出すと、そこに乗っていたクッキーはほんの少し焼き色が強くなってしまっていた。


「食べる分には問題ない、けど……」

「お茶会には出せないぞ。公爵家でそんな菓子出したら、末代までの名折れだ」

「そうよね……」

「ま、そんなしょぼくれんなよ。ずっと働きづめで疲れてるんだろ? ロミーナには俺が許可を出したって言っておくから、少し休憩してこい」

「いいの?」

「ただし! 戻ってからはきっちり働いてくれよ。時間は待ってくれないからな」

「ありがとう!」

「ああ、それと、その焼き色が強いクッキーは全部お前の腹に隠しておけよ。俺は甘いもんは作るのは得意だが、食うのは得意じゃないんだ」

「はあい」


 すぐそこに置いてあった清潔なテーブルナプキンにクッキーを包んで、カーラはキッチンを後にした。

 行くところは決まっている。エバンズも、おそらくそれを見越してカーラに休憩と、クッキーをくれたのだ。

 エバンズはカーラの事情なんて知らないが、ルビーお嬢様が年の近い友人をほとんど持たずにこの屋敷で過ごしていることを心配しているようだった。社交界で出会う腹を探りあう相手ではなく、気のおけない友人をもってほしいと思っていると、仕事の合間に聞かせてくれた。


――いい人、よね。


 あるいは自分は、そのいい人を裏切っているのかもしれない。だって、公爵令嬢の悪巧みの証拠を探しに来たのだ。自分の行動しだいでは、エバンズ本人をを窮地に陥れる可能性だってある。


 だけど、


――わたしはただ、ソロのために真実を見つければいいの。


 公爵令嬢が本当に悪いことをしていたなら、それは罰されてもしょうがない。自分は勇者の目として、真実を見つければいい、ただそれだけなのだ。


 心の中の罪悪感は見ないふりをして、カーラは歩き出した。目ざす場所はただひとつ、公爵令嬢の私室である。先日の邂逅で時間のあるときに話し相手になってほしいと言っていた彼女とは、日々の給仕や雑用でしかまだ顔を合わせていない。話せるチャンスがあるなら、一度じっくり話を聞いてみたかった。


 そこに行く途中で、玄関ホールの方角からロミーナの厳しい声が聞こえてきた。誰かが怒られているのかと思ったが、どうもそうではないらしい。


「ですから、お嬢様はおやすみ中ですと申し上げました」

「どこか体調が悪いのなら、なおさら診察が必要でしょう。どうぞお見舞いさせていただきたい」


 聞いたことのない、男性の声が聞こえた。

 玄関ホールに差し掛かってようやく、ロミーナと対峙している人物がカーラの視界にも入ってきた。漆黒のローブを身にまとい、屋内でも頭のフードをとらないでいる。


 見た目や洋服で人を判断するのはいけないことだとカーラにもわかっているが、正直めちゃくちゃ怪しい。不審者にしか見えない。ロミーナが追い出そうとするのも当然に思えた。


「おや、あのお嬢さんは新顔ですね」

「はい?……カーラ! そこで何をしているんです?」


 急に声をかけられて、カーラはびっくりして息をつまらせた。


「あ、きゅ、休憩です。ちょっとミスしてしまって、すこし頭を冷やしてくるように言われまして。お嬢様のところに顔を出させていただこうとしていたところです」

「何を言うんですか。お客様の前ですよ、はしたない……」


 何をしているのかって聞いたのはそっちじゃない、とカーラは少しむくれた。

 その様子を黒いローブの男が見て、カーラに声をかけてきた。


「ふうん、あなた、お嬢様と親しいんですねえ。ねえ、お嬢様を呼んできてくれますか。ロミーナ女史では話が通じない。まじない師が来たと言えば、お嬢様なら顔を出してくれるでしょうから」


 そんなこと言われても、と思う。カーラの直接の上司は目の前のロミーナだ。彼女の目の前で、彼女の意に沿わないことはできない。


「ええと……」

「おっしゃる通りに」


 意向を伺うように視線を向けると、苦みきった顔でロミーナがそう言うので、カーラは言うとおりにするためにお嬢様の部屋に走りだしたが、後ろで「屋敷で走らない!」と叫ぶロミーナの声が聞こえて、カーラは慌ててスカートを整えてしずしずと歩き出した。


――あの黒いローブの人は誰なんだろう。


 声からすると、そこまで年配のようには感じなかった。ロミーナとは知り合いだが、快く思われてはいないようでもあった。


 まじない師。


 その単語に聞き覚えがある。しばらく前に町で聞いた、公爵令嬢の噂話。


『公爵令嬢は、城のまじない師に魔法を習っているらしい』


 まさか、彼がそうなのだろうか。

 だとすれば、彼と公爵令嬢の話を聞けば、なにかわかるかもしれない。


 カーラは逸る心を押さえ、公爵令嬢の私室の扉をノックした。


「お嬢様」

「あら、カーラ? 入ってくださいな」


 かちゃりと扉を開けて中に入る。白を基調とした家具で纏められた私室の隅で、ルビーは書き物机に備え付けられた椅子に座っていた。赤い瞳をカーラに向けて、人形のように美しい顔を綻ばせる。


「やっときてくれましたね。ふふ、やっぱりロミーナは厳しいのかしら。さあ、座って、お話をしましょう」

「ああ、いえ、違うのです。まじない師だという方が、お嬢様をお呼びです」


 カーラの言葉を聞いた瞬間、ルビーの表情がさっと曇った。お出掛けできると聞いていた子供が、親の都合で急に予定が変更になって勉強部屋に閉じ込められたときのような変わりようだった。


「そう、呪い師さまが」


 余りにも意気消沈したその様子に、カーラは思わず声をかけた。


「あの、都合とか、具合が悪いって言ってお断りしましょうか?」


 ルビーはゆるゆると頭を振ってカーラに答えた。


「いいえ……そんなこと、できないわ。あの人にはなんでもわかってしまうんですもの。カーラ、まじない師さまをお通ししてください。そして、しばらくあなたは、この部屋に近づかないでください。……いいですね?」


 悲壮感すら漂わせてルビーは言う。ただならない気配を感じて、カーラはルビーに声をかけた。


「お嬢様……大丈夫ですか?」


 ルビーはカーラの言葉に驚いた様子を見せた。それから顔を上げて、しっかりと頷く。

 その様子を見てもなんだかカーラは心配で、手元に持ったままのテーブルナプキンをルビーに突きつけた。


「これは?」

「あの、ちょっと失敗しちゃったんですけど、わたしが焼いたクッキーです。お嬢様と食べようと思って持ってきたものですが、お嬢様に全部あげます。ええと、もちろん、失敗したからとかじゃなくて……うまく言えないんですが、お嬢様が呪い師さまに会いたくないの、なんとなくわかります。だから、ご用が終わったら、それ食べてください。わたし、甘いものいっぱい食べると元気出るから、それで……」


 ルビーがナプキンを受け取ろうと動かないので、ナプキンを持った手を思いっきり前に突き出したまま、カーラは固まった。


――もしかしたら、失敗作のクッキーを差し上げるだなんて、とっても失礼なことだったかしら。


 傷つけるつもりも、機嫌をそこねるつもりもなかった行動だったが、考えなしととられてもしかたのない行動であったのかもしれない。そう思うといたたまれなくなって、出した手を引っ込めようとした瞬間、ナプキンを掴んだカーラの指が、柔らかいルビーの手のひらに包まれた。


「ありがとう……」


 カーラが見上げると、ルビーは花がほころぶような微笑みでカーラを見つめていた。


「はしたなくてごめんなさい。だけど、そうなの。まじない師さまに会うのは、正直ちょっとだけ気がすすみません。けれど、今日はこのクッキーがあるから、勇気が出そうだわ」


「お嬢様……」


 気丈に微笑みを見せるルビーだが、無理をしていることはありありとカーラにも伝わってくる。呪い師とは一体何者なのかカーラは聞こうとした。

 ルビーなら、教えてくれると思った。

 ソロに聞いていた公爵令嬢のイメージから、全然ほんとに正反対の局地にいるような、まさしく深窓の令嬢なのだ。まだ数日しか共に過ごしていなくても、彼女は悪い人間ではないとカーラは思っていた。


 けれどその言葉は、ロミーナがカーラを呼ぶ声でかき消される。

 ルビーを呼びに行ったきり戻ってこないカーラに、業を煮やしたのだろう。


「行きなさい、カーラ。しばらくこの部屋に近寄らないように」


 それを聞いて、一切の笑みを消してカーラを追い出すルビー。


 一体彼女に、どんな秘密があるというのだろう。

 カーラは煮え切らない思いを抱えながら、公爵令嬢の私室を後にした。


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