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お茶会編4

 とはいえ、どうやって公爵邸に乗り込むのかとカーラは思っていたが、実はソロが持ってきたお土産の手紙は二通あった。一通は公爵令嬢のお茶会の招待状、もう一通は、ロバナッサ伯爵夫人名義の紹介状だ。そこには(大まかに言うと)カーラを公爵家のメイドに推薦する、と書かれている。


「どうやってこんなものを手に入れたの?」

「伯爵夫人は旧知だからね。ちょっと無理を言って書いてもらった」


 ソロは周到に用意していた公爵家のお仕着せメイド服をカーラに渡して、着替えたカーラと馬車に乗り込んだ。ちなみにカーラの特徴的になってしまった、宝石眼のオッドアイにはソロが目くらましの魔法をかけてくれた。莫大な魔力を秘める宝石眼は、さすがにソロの魔法をもっても隠しきれるものではなかったが、よほど注意深く観察しない限りはカーラのもとから持つ色に近くなった。

 カーラはそれを見て、ちょっぴり残念にも思うのだった。


――せっかく綺麗な瞳なのに、隠さないといけないなんて。もったいない。


 公爵邸に向かう馬車の中で、ソロはカーラに注意事項を伝えた。

「家の名前を出してはいけないよ。さすがに向こうもキャロルと同じ家の人間と知られれば警戒するだろう。あと、その瞳。僕がかけた目くらましのまじないなら魔力の気配も色もごまかせるけれど、きみ自身が魔力を使えば魔法は強制解除される。何があっても、自分から魔力を使ってはいけない」


 カーラは素直に感心しながら言った。


「そんなことまでできるのね、魔法って」


 ソロはしばらく黙って、不意にカーラの左頬に手を触れた。カーラは少しびっくりしてソロを見上げたが、ソロはカーラの左目から目を離さずに言う。


「気をつけてね、公爵令嬢がこの目に気づいたら、どんな行動に出るかわからない。公爵邸では、きみは魔力をもたない一般市民としてふるまうんだ」


 カーラはその体勢のまま、安心させるようにソロに微笑みかけた。


「大丈夫よ、もとから魔法なんて使えないもの」

「貴族なのに?」


 ソロは小首をかしげてカーラに疑問を呈した。


 魔法とは、八百年前に始祖ダンタリオン・ドラスターグがドラゴンと契約したことで手に入れた超常の力のことだ。魔法を使えば、この世界のありとあらゆる現象に対して、身に秘めた魔力を代償に介入することができる。

 始祖はその力をもってこの国を平定し、王となった。王がその身に宿したドラゴンの魔力は子孫に引き継がれることになり、それによって、魔法は王家から徐々に人々の間に浸透していった。

 時と共に魔力という常ならざる力を持つようになった人々は増加の一途をたどり、それをまとめるために、王家は魔法学校を作って力を人々のために使うように教育した。さらに、その力を管理するために貴族制度を作り上げた。魔力を持つ人々に特権と責任を与え、国に縛り付けるためだったと言われている。

 だから、今のこの国で貴族という身分があるものは誰でも魔力を宿す血筋をもっているのだ。とはいえカーラのトルフ家のような没落貴族ではそんな血もごく薄いものだ。キャロルやシェリルにはほんのわずかな資質があるのでお守りを作るくらいのことはできるが、カーラにはさっぱりそんな素質が顕現することがなかった。しかし、カーラはそのことを特に惜しいとは思っていない。


「魔法学校にも行っていないし、家のことやバイトをする分には魔法なんてなくていいのよ」


 そりゃあ、魔法が使えるなら使ってみたいと思ったこともあるが、魔法を私欲で乱用したら重罪だ。魔法を持つ者は、国に資質を問われ続けることになる。貴族の中には魔法が使えることこそが自分たちが神に選ばれた証なのだ、と選民思想に凝り固まっている人間も多いが、そんな窮屈に人生を生きるくらいなら、さっぱり魔法のことはあきらめて生きていた方がシンプルでいいとカーラは思う。


 ソロはカーラの言葉を聞いて、仮面の奥の視線を険しくした。どうしたのか、とカーラが疑問に思うより先に、ソロの瞳がまた赤く光るのが見える。

 魔法を使ったのだ。

 さっき目くらましの魔法を使った時に気づいたが、ソロが魔法を使うと、カーラの左目がずきんと痛む。


――まるで、彼に戻りたがっているみたい。


「きみにはお姉さんたちが用意してくれたお守りがあるから大丈夫だとは思うけれど、それでも対処できないような事態になったら、すぐに僕の名前を呼んで。それですぐに駆け付けられるようにまじないに魔力を織り込んでおいたから」

「名前を、呼ぶ? それだけでいいの?」


 仮面の中からまっすぐに見つめられて、カーラは顔を赤くした。ソロはときどき、距離を縮めてくる。それも、びっくりするほど突然に。そのふいうちにどうしても、カーラの鼓動は早くなる。


「僕の名前をきみが口にするのをパスワードにして、君の瞳と僕の瞳が共鳴するようにしておいた。だけど気をつけて。ルビー殿は証拠を残さないくらいには周到だけど、その行動は短絡的で、感情的だ。追い詰められたら何をしてくるかわからない」

「今、あなたの名前を呼んだらどうなるの?」


 カーラの素朴な疑問を聞いて、ソロはちょっと驚いた様子で答えた。


「そりゃあ……そうか。僕は一回転移してしまうだろうな。そうしたら、多分この馬車の中で床にたたきつけられてるな。カーラがいきなり僕の名前を呼ばない、慎重な子でよかった!」


 そういって笑って、ソロの手がカーラの頬から離れていく。

 ソロが体に残した体温が消えていくのを、痛む左目が名残惜しいと訴えている気がした。


 公爵邸に着くと、ソロは馬車を降りずにカーラを見送った。仮面の勇者と新しいメイドが一緒にいたら、公爵邸の関係者は警戒を深めるのではないか、と警戒してのことだろう、とカーラは思った。


「気をつけて」

「まかせて」


 それだけの言葉を交わして、カーラは馬車を降りて、公爵邸の裏手、使用人用の勝手口に回る。コンコンとノックを二回すると、すぐに返事が返ってきた。


「どなた?」


 出てきた老婦人に、カーラは伯爵夫人の紹介状を渡しながら元気いっぱいに自己紹介した。


「はじめまして、カーラ・ダリアです! 今日からこちらで、メイドとしてお世話になります!」



 老婦人はカーラの大きな声に一瞬戸惑って、そのあとで自分の仕事を思い出したように威圧的に言った。


「はいはい、聞いてますよ。けどね、このお屋敷ではそんなに大きな声は出さなくてよろしい。もっとおしとやかな子に来てほしかったんですけどねえ……それになんなの、その前髪! 不衛生だったらありゃしないわ。ご一家の御前に上がる前に、身だしなみはきっちり整えなさい」


 カーラの前髪は、左目の色の違いをごまかすために少しだけ長く伸ばしてあった。ソロの目くらましの魔法があるとはいえ、前髪をおでこに上げてしまえば、カーラのオッドアイが明かりのもとで目立ってしまうだろう。それは、いらない詮索を招くかもしれないのでソロが禁止していたことでもある。


――だけど、虎穴に入らずんばなんとやらだわ。


 公爵邸で何が待ち構えているかわからない。リスクは最小限に抑えておきたいが、まずは入り込まないとなにも手に入れることはできないだろう。


 カーラはえいや、と気合をいれて、ポケットに入っていたヘアピンで前髪をおでこの位置で留めた。


「これでいいでしょうか!」

「声は小さく。でもまあ、いいでしょう。公爵邸に勤めるからには、身だしなみも立ち振る舞いも最上級に整えなさい。あなたが失敗すれば、あなたを紹介した伯爵夫人にも迷惑がかかりますよ」


 老婦人に招き入れられ、カーラは公爵邸の敷居をまたいだ。

 これが公爵邸。公爵令嬢が暮らす家。このどこかにある、公爵令嬢が魔法を使って人を陥れている証拠を探さなくてはならない。


 何より気を付けなければならないのは、自分の正体を知られること。姉やソロに負担のかからないように、速やかに仕事を実行すること。


――ここから先は、一人きりでの戦いだ。


 カーラは両頬を両手でぱちんと叩いて、前に進む老婦人を追いかけた。

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