3 そして彼は、最強になった
初めての転生で、龍一郎は文字通り最強の存在になった。
元の世界とはすべてが真逆だった。見た目は長身イケメンそのもので、知性と運動能力も高く、おまけに異世界特融の魔法適正もすさまじかった。どれほど素晴らしいかというと、世界に存在するありとあらゆる魔法を習得可能な状態で、RPGで例えるならすべてのステータスがカンストして振り切れそうなほどだった。
そうして、龍一郎は初めての世界を救った。彼の力を持ってすれば容易だった。
「は~案外あっけないな。それに、今回は単純に人々を助けることに一生懸命だったから、女の子と遊んだりしてないし……でもそろそろ元の世界に帰る頃か……あ! もう一回転生するか。このステータスを引き継げるならどこに行っても余裕だろ」
龍一郎の目論見通り、それから何度転生を繰り返しても、彼より強い者は存在せず、楽々世界を救って回った。ハーレムを作ったり、あらゆる料理を食べたり、名誉をほしいままにしたり、大富豪になって豪遊してみたり、彼がしたいと思うことはほとんどした。
しかし、人間というのは不思議なもので、あれだけ望んでやまなかった異世界での生活ですら、十三回転生した頃に飽きてしまった。最後の世界を救った時、龍一郎は部屋に引きこもることを決めた。もちろん、初めての転生で得た最高のステータスを引き継いだまま。
当然、元いた世界でも龍一郎にかなうものはいなかった。
世界を何度も救った結果五年の月日が経ち、彼はすでに高校三年生に上がる頃だったが、勉強はもちろん運動でも困ったことがなかった。当然のことだ。最強とうたわれる魔王を軽々倒し、世界を何度救った男に出来ないことがあるわけがなかった。
しかし、全知全能に近い龍一郎は学校での生活にも飽きてきた。初めは自分をいじめていたやつに復讐でもしてやろうと思ったりもしたが、あまりに強大すぎる力を持っているとそれもむなしく、結局やることと言えば家に引きこもって大好きだったアニメとゲームに興じることだけだった。
「は~やっぱり我が家が一番! アイスでも食うか……」
毎日アイスを食べながら同じことを繰り返す日々。
しかし、龍一郎はこれが一番楽しかった。敵をなぎ倒す爽快さも、女にもてる優越感も、名誉をもらう光栄さも、人の役に立つ幸福も、すべて嫌というほど知っていたのだ。
時刻は朝四時。この日も龍一郎は部屋にこもってアニメを見ていた。部屋の電気は点いていなかった。PCのモニターだけが怪しく光る。まだ外は薄暗く、辺りは静まり返っていた。
「……ん? 何か妙な気配がするな」
不意に龍一郎は寒気を覚えた。異世界生活の中で身に着けた護身術だ。どれだけ些細でも人の気配を感じとることが出来る。
「そこにいるやつ、出てこい」
PCとテレビ、ベッド、本棚しかない閑散とした部屋の端、年中締め切っている窓の外に向かって龍一郎は言った。するとすぐに窓が叩かれた。椅子から立ち上がり、面倒さを感じながらも窓を開いてみる。
「……っておい。お前、誰だよ」
窓の外には、見たことのない少女がふわふわと浮かんでいた。
「というか何で浮いてる? もしかして異世界帰りか?」
少女はフード付きの黒い外套に身を包んでいて、一本の杖を持っていた。杖を握る手は細く、ずいぶんと小柄で華奢だ。なぜか靴を履いておらず、裸足だった。
フードの下には陶器のように白い肌に覆われた端正な肌が見えていて、特に黒目がちな瞳が強く印象に残った。長いまつ毛の下にある目は、龍一郎のことを射抜くように見つめていて、多くの女が彼に向ける媚びるような視線ではなかった。今までに会ったことのないタイプの人間に思えた。
少女は窓を再度叩く。秀は吸い寄せられるように、その窓を開いた。
夏の夜風が顔をかすめた。
「……お願いです。どうか、世界を救っていただけませんか?」
それが、龍一郎と少女の出会いだった。