放浪者ヨシノ (7)
「僕らがマーガンの近くで遊んでいたとき、アインが男の人とぶつかったんだ」
「マーガンっていうのはあの工場のこと?」
ハイドは今いる場所から東の方向を指差す。マーガンとは駐屯軍に武器の部品を提供している小さな工場である。
「ちょっと待ってね。……一人ずつ名前を聞いて良いかな?」
「……僕がバルト、こいつがアインでそっちがカップ」
バルトが一人ずつ名前を紹介していく。ハイドはその名前を記憶しながら、一人一人の特徴を確認した。
バルトは三人の中で最もしっかりしていて、今もハイドと対話をしている。その隣に引っ付いているのがアインで、気の弱そうな雰囲気がある。カップは集めてきたお金を握り締めてハイドを警戒していた。
「ありがとう。僕はハイド。年はいくつ?」
「みんな十二。……それが何か関係あるの?」
「一応ね。……話を続けて?」
不信感は消えていない。ハイドは警戒されないように笑顔で振る舞い、話を続けるように指示した。
「……それで、その男の人がアインの胸ぐらを掴んで怒ったんだ。見たことない人だったから怖くて、アインなんて泣いてたし」
「泣いてない!」
バルトの話にアインが口を挟む。その情報は大きな意味を持っていないが、アインにとっては重要な問題のようだった。
「それで、その後どうしたの?」
「それで、男の人がお金を出せって。でも、持ってなかったからどうすることもできなかった」
「……なるほど、そこに女の人が来たんだね?」
ようやくハイドはヨシノとの関係を理解する。バルトはそれに頷き、続けて説明を行った。
「女の人はアインを放すように言ってくれた。だけど、金を払わないとダメだって聞かなかったんだ。でもその時に女の人がつけていた指輪を見て、それをくれるなら放すって」
「それがあの指輪なんだね?」
「その話の後、女の人はどこかに行っちゃったから見捨てられたんだと思った。だけどすぐに戻ってきて、お金を男の人に渡したんだ。男の人はそれでどこかに行った」
「その男の特徴とか覚えてないかな?」
ハイドは恐喝を行った男の特徴を聞き出そうとする。その男は処罰されなければならないのだ。しかし、三人は首を傾げた。
「僕とカップは後ろからしか見てなかったから、髪が長くて茶色の服を着てたことくらいしか。……アインは何か覚えてる?」
バルトがアインに問いかける。すると、アインは小さく首を横に振った。よほど怖い体験をしたのかもしれない。
「女の人はどうしたの?」
「女の人もすぐにどこかに行こうとした。だけど、戻ってきたときに指輪がなかったから、きっとそれをお金に換えたんだと思って謝った。だけど、気にしないで良いって通りに行っちゃった」
「で、返すために指輪を探してあの店で見つけたってことなんだね?どうしてすぐに自警団や他の大人に話さなかったの?」
ハイドはやや強く問い詰める。事件が早く認知されていれば、ヨシノの窃盗を未然に防げたかもしれなかったのだ。
「自警団は頼りにならないっていつもお父さんが言ってたから」
「そっか」
三人の保護者は自警団に良い印象を持っていないらしい。ハイドにはそのことで三人を責めることはできなかった。東地区には自警団が西地区の利益のために動いていると考えている人が多いのだ。
「大体は分かった。後はどうやって解決するかってことなんだけど、三人はどうしたい?」
「………」
大雑把な質問に三人は口を閉ざす。そんな三人に助言する意味合いでハイドは言葉を続けた。
「もうこんな時間だし、三人は家に帰った方が良いかもしれない」
「でも……」
「分かってる。あの指輪を返したいんだよね?」
ハイドが確認すると三人が同時に頷く。
「でも、君たちにはそれができない。あの店主は十万モールで売ると言ってて、それだけのお金を集めることはできないだろうから」
ハイドの指摘は事実である。唇を噛んではいたが反論してくることはなかった。
「だから一つ案がある」
「嫌だ。僕たちがあれを取り戻す。ハイドさんは関係ない」
バルトが何かを察知して反対してくる。ハイドは対立を避けて宥めた。
「僕の提案は、君たちにそのお金を貸そうかってこと。僕が買うわけじゃない」
「……どういうこと?」
バルトは提案を理解できていない。裏があると疑っているようだったが、ハイドにそんなつもりはなかった。
「女の人は今もずっと黙り続けてる。だから、本当は奉仕活動だけで許されるはずなのに、軍に引き渡されてしまうかもしれない。そうなったらもう指輪を返せなくなる」
ハイドは次第に脅迫しているような気分になっていく。案の定、三人は黙り込んでしまった。
「君たちは間違っていない。だけど、誰がそんな大金を貸してくれる?それとも別の方法でお金を集めるかい?」
「それは……」
三人は困った表情をお互いに確認し合う。しばらくしてバルトが口を開いた。
「じゃあ、ハイドさんはどうしてそんなことをしようとするの?僕らを騙そうとしているんじゃ?」
年齢の割にバルトはしっかりとしている。ハイドはバルトと対等であることを自覚して対応した。
「僕にも問題を解決する義務があるからだよ。女の人が窃盗をしたのは僕の店だった。……だから、ね」
結局、ハイドは大人の対応とはほど遠い曖昧な理由を伝える。それでも、バルトはそれを聞いて決断した。
「……分かった。それで、僕たちはどうやってその大金を返せば良いの?」
「それはまた後で決めよう。今はあの店が閉まる前に指輪を買い戻して、自警団本部に行かないといけない」
「そんな大金持ってるの?」
「今はない。だから急いで取りに行ってくる。その間、三人はあの店主に店を閉めないでと言っておいて」
「分かった!」
バルトが威勢良く理解を示す。その後、ハイドはヘリー修繕店との間を走って往復した。
息を切らして戻ってくると、三人は店主にまとわりついて閉店を阻止していた。
「……交渉は上手くいったのか?」
店主は面倒そうに質問する。ハイドは息を落ち着かせつつ、そうだと答えた。
「じゃ、これを貸すから」
ハイドは堤を手渡す。頭を下げて受け取ったバルトはそのまま店主に差し出した。
「あの指輪を買いたい」
僅かな夕日の明かりで店主が金を数え始める。そして十万モールを確認するなり指輪をバルトに渡した。
「おい、あんた」
店主がハイドの背中に声をかける。その声はどこか刺々しかった。
「お人好しが過ぎるんじゃないか?」
「分かってますよ」
店主の違和感は承知の上である。ハイドは一度頭を下げてから立ち去った。
指輪を手に入れた三人の顔には安堵が浮かんでいる。しかし、まだ一つ大きな仕事は残っていた。
「返しに行こう。きっとまだ何も話していないだろうから」
「うん」
解決はすぐそこまで迫っている。空は薄明、明るい星が輝いていた。
「その前に三人の家の人と話さないと」
「別に大丈夫だよ」
「いや、ちゃんとしないと」
自警団への協力であっても、未成年を夜に連れ回すことは褒められることではない。幸い、三人の家は近く、ハイドは一軒一軒に回っていった。
子供たちによるハイドの紹介はほとんど同じだった。この自警団の人は良い人だから。ハイドにとっては新鮮な感覚だった。
保護者の同意を得たハイドは責任を持って三人を自警団本部に連れていく。その間、会話は全くなかった。
「こんな時間まで一体何してた!?」
戻った矢先、ハイドはチタルノの文句を浴びた。マグネットはそんなチタルノを手で制して、場違いな子供について質問した。
「その三人は?」
「ヨシノの窃盗の動機に関与していると思われる三人です。彼らにヨシノと話をしてもらおうと思いまして」
「なんだ?俺たちにできないからって子供に任せるのか?さんざん時間を無駄にしておいて……」
「チタルノは冷静になれ。……それで、その三人と話をすると彼女は口を開いてくれるのか?」
「可能性があります。……少なくとも僕たち以上に」
断言はできないものの、価値があることを保証する。マグネットはすぐに首を縦に振った。
「では、その三人に任せよう」
「ありがとうございます」
礼を告げたハイドは三人をヨシノがいる部屋に連れていく。その後ろからはチタルノやバナードがついてきている。
「……本当に同じ人かな?」
入室直前になって、バルトからそんな心配が漏れる。しかし、ハイドは自信を持って大丈夫だと伝えた。
頭を垂らして座っていたヨシノは扉が開く音と同時に顔を上げる。やつれた表情は驚きに変わっていった。バルトたちも安堵と緊張が混じった顔をしている。
「あの、えっと、あの時は本当にありがとうございました」
バルトが頭を下げると、隣の二人もそれに合わせる。ヨシノは目を丸くして固まっている。
「それでこれ返したくて。僕たちの力で取り戻したわけじゃないけど」
バルトが机に買い戻した指輪を置く。ヨシノはそれを見つめてから、もう一度三人の方へ顔を上げた。
「どうしてこれを……?」
「三人はヨシノさんに感謝していたんです。指輪を見つけ出したのも三人なんですよ?」
「……待て、私たちにも分かるように説明しろ」
話を理解できないバナードが割り込む。そこでハイドは推論を話した。
「ヨシノさんは東地区でこの三人がある男に因縁をつけられている状況に偶然遭遇したんです。三人は金銭を要求されていた。ヨシノさんはそんな三人を助けるため、自分の指輪を換金して解決を図ったんです」
「ちょっと待て……そんなお人好しをする理由はなんだ?」
「それは後で本人に聞きましょう。三人とヨシノさんはその場で別れた。ですが、ヨシノさんにとってこの指輪は特別に大切だった。指についている指輪の跡から予想できます。そのため、ヨシノさんは売った指輪を取り戻すことを考えたんです」
「その資金を調達するために窃盗を」
マグネットがなるほどと頷く。ハイドの話は推論でしかなかったが、それでも矛盾している箇所はなかった。
「ヨシノさんが僕の店から盗もうとした指輪は高価なものではありませんでした。きっともっと高価なものも盗めたのでしょうが、自分の指輪の価値を客観的に判断して決めたのでしょう」
この窃盗が成功したところでヨシノが指輪を取り戻せなかったことをハイドは知っている。しかし、そのことは今回の話に直接関係なく、この場で話すことはしなかった。
「それじゃ、話してくれませんか?僕が話したこの推論が正しいのかということと、自分自身のことを」
話を終えたハイドはヨシノにとって話しやすい環境を作る。後はヨシノの口が開くときを待つだけだった。
ただ、ヨシノは口をつぐんだままハイドに視線で何かを訴えかけてきた。どうやらバルトら三人を気にしたらしい。ハイドは小さく頷いた。
「……やっぱりそれはまたの機会にしましょう。もうこんな時間ですから」
ハイドは独断で勝手な決定を行う。他の自警団員は当然のごとく眉間にしわを寄せた。それでもハイドは解散に向けて強引に雰囲気を持っていく。チタルノは今にも怒りを爆発させてしまいそうだった。
しかし、マグネットが同調したことで雰囲気は落ち着いた。
「確かに、子供はもう家に返さなければならない。……今日はこれで一区切りつけよう。チタルノ、少しの間彼女を見ていてくれ」
マグネットはそう言いながら子供の背中を優しく押し、部屋の外へ誘導していく。マグネットに対しても文句を言いかけたマグネットは乱暴に椅子に座り込んだ。
「……君たちのおかげで分からなかったことが分かりそうだ。本当にありがとう」
「あの、それでヨシノ……さんはどうなるんですか?」
カップが心配そうにマグネットに尋ねる。三人にとってヨシノは犯罪者ではなく恩人なのだ。
「心配しなくていい。勿論、彼女は間違ったことをした。だからそれを償う必要はある。だが……また話はできると約束する」
マグネットはそう言って三人を安心させる。三人の表情は納得していなかったが反論はなかった。
「自警団員に家まで送らせよう。今日は本当にありがとう」
マグネットがもう一度感謝の言葉を述べる。その後、三人は他の自警団員に任せることになった。
「……彼女がこれを?」
三人が離れてからマグネットが質問する。ハイドは肯定した。
「さて、話をしてもらいましょう」
三人が自警団本部から出ていくのを見届けてから、ハイドらは部屋に戻った。