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放浪者ヨシノ (6)

 自警団本部から出たハイドは体を大きく伸ばす。取り調べは誰にとっても苦痛である。体を酷使する仕事が続いていたハイドはそれなりに疲れていた。


 ただ、バナードらを差し置いて楽をするわけにもいかない。ハイドは力強く足を動かし始めた。


 調べようとしていたのはヨシノの指輪の跡についてだった。ヨシノに大切にしていた指輪があったことはまず間違いない。問題はなぜ現在手元にないのかということである。


 単になくしてしまったとも考えられる。指輪を失うのは一瞬の出来事なのだ。そうであった場合、ハイドにできることはない。


 しかし、ハイドは指輪の跡と窃盗の因果関係を疑っている。指輪をなくしたという仮説ではその因果関係を説明できないため、考えとして排除していた。


 そこで次にハイドが次に考えたのは、ヨシノがその指輪を売った可能性だった。大切な指輪を売る目的は全く想像できないものの、その仮説では窃盗の理由が必然的に見えてくるのである。


 ハイドが向かう先はメンデレーの貴金属店である。売ったとすれば、相手は貴金属店である可能性が高いのだ。


 「すみません」


 メンデレーに数店舗ある貴金属店の内、東地区と西地区の境界にある一つの店に到着する。特徴は取扱量が多いことで、ハイドの仮説を立証する可能性が最も高い店だった。


 「つい最近に売られた指輪はありますか?」


 「なんだい、兄ちゃん。指輪をお探し?」


 店主の男は機嫌良さそうに笑顔を振りまく。ハイドはそれに頷いた。


 「最近売られた指輪ねえ……あるけど大したものじゃないよ?」


 店主はそう言って、鍵がかけられた箱から一つの指輪を取り出す。不純物が多い鉄製のようで、メッキのはがれた箇所から錆が進行している。ハイドは見た瞬間に首を横に振った。


 「もっと小さなもの。厚みももう少し薄い」


 ハイドは指輪の跡から推測した大きさを伝える。すると、店主は唸って首を横に振った。


 「そういうのはないな。……最近売られたって条件がなければたくさんあるんだけど?」


 「いや、それならいいんだ。ありがとう」


 用を済ませたハイドは簡単に礼を告げる。足早に次の貴金属店に向かった。


 次に向かう貴金属店は東地区にあり、周囲の治安は良くない。メンデレーの中で近寄りたくない場所の一つだった。


 店主も地域に適応した体つきの良い男である。ハイドは勇気を出して声をかけた。


 「すみません」


 ハイドの姿を捉えて店主が肩を張る。しかし、ハイドの貧弱さに気付いたのか、すぐに柔らかい目つきになった。


 「何か探してる?」


 「指輪を探しているんですけど。……特に最近売られたもので」


 「最近売られたもの?」


 不自然な条件を提示したことで、再び鋭い視線が飛んでくる。そんな圧力にハイドは体を退けた。


 「……ええ、何かないですか?」


 ハイドが勇気を持って話を続けると、店主が一つの指輪を取り出す。所々に傷があり、安価な青の鉱石が小さく装飾されている。大きさも想像と一致していた。


 「手に持っても良いですか?」


 「そうやって盗もうとした奴が何人居たことか。見るのは自由だが、触るのはなしだ」


 店主はかなり警戒している。些細な問題を解決するため、ハイドは懐から自警団手帳を取り出した。


 「自警団活動の最中なんです。これを預かってもらって良いんで、よく見ても良いですか?」


 ハイドが手帳を手渡すと、店主はそれをじっくりと眺める。そうして手帳と指輪をハイドに渡した。


 「……何か分かりましたか?」


 店主はハイドの姿を見て頬を釣り上げる。しかし、ハイドはかなりの収穫を得ていた。


 「はい。……ところで、この指輪はいくらなんですか?」


 ハイドは指輪を返す。店主は不機嫌そうに答えた。


 「十万モールだ」


 「十万モール!?」


 予想外の回答にハイドは目を見開く。店主はその反応を見て笑った。


 「不満なら売らないだけだ」


 「いや、さすがにおかしいんじゃないですか?同じようなものは高くても一万モールで購入できます」


 ハイドは類似の指輪の価格から価値を見積もる。しかし、店主は耳を貸さなかった。


 「嫌なら買わなくていい。それにこれにはもう買い手がついているからな」


 「この値段で買うと言った人が?」


 「三人組の子供だ。これがどうしても欲しいと言っていた」


 店主が子供から大金を巻き上げる計画を伝える。役所が知れば間違いなく是正命令が出る。ハイドは呆れるしかなかった。


 「売買は契約が成立すれば問題ない」


 「未成年の場合は保護者の同意が必要だ」


 ハイドは自警団であることを伝えてしまっている。本当に問題があるならば、ハイドが対処しなければならなかった。


 「あんたはそれなりに知識を持っているみたいだが、役所に指輪の適正価格を判断できる人間はいない。そうだろう?」


 「……それで、その子供は今どこに?」


 「さあ?金を集めるのに必死になっているんじゃないか?」


 店主はあたりを見渡す。ハイドも同じように周囲に目を向けたが、子供らしき姿はなかった。


 「もし子供が購入を断念した場合、それをこっちに売ってくれますか?」


 「なんだ、あんたもこれが欲しいのか?それならもっと値段を上げても良いな」


 店主が悪い顔をする。ハイドは何も言わなかった。


 「……嘘だよ。ただ、もう値段は変えられない。確かに、この指輪は一万モール程度の価値しかない。だが、買い取りのときに二万モールで買わされたんだ。それを帳消しにしたい」


 「どうしてそんな金額で?……それに、帳消しなら三万程度で良いだろうに」


 「クソ女が俺を騙して、この装飾が連邦では価値があると言ってきたんだ!連邦での売値が十万モールだったと聞いて、二万なら買いだと思ったわけだ」


 「それで良く調べてみれば大した装飾じゃなかったと」


 「そうだ!あの女、今度会ったらただじゃおかねぇ。ちょっとばかり綺麗だったから優しくしてやったのにこの有様だ。十万で売るのはそんな俺の私怨だ!」


 ハイドは店主の話を聞いて溜息をつきたくなった。この指輪がヨシノのものだったことは間違いない。加工方法が連邦北部でよく採用されているものだったのだ。


 「……じゃあ、その値段でいい。子供を待たせてもらうよ」


 「ああ」


 店主と話をつけたハイドは近くの壁にもたれかかる。その間、ハイドはヨシノが指輪を売った理由を考えた。しかし、有力な推論は見当たらなかった。


 三人の子供が貴金属店にやって来たのは、日が沈む直前だった。全員男の子で、三人の足取りはかなり重たい。


 「……全然足りねえじゃねえか。これを買いたがってる奴は他にもいる。ガキの相手はしてられないな」


 店主は子供にきつい言葉を並べる。ハイドは警戒されながら子供らのもとに向かった。


 「実はこれを必要としている人がいるんだ。良かったらこれを買わせて欲しいんだけど」


 ハイドは優しく話しかける。しかし、一人が即座に反対した。


 「嫌だ!これを買うのは僕らだ!」


 子供はやけにあの指輪に執着している。指輪を巡って何があったのかハイドは気になった。


 「向こうで話してきて良いですか?」


 「いいよ。ただもうすぐ閉店だ」


 ハイドは店主に頷いて子供を近くの空き地に誘導しようとする。しかし、子供らはその場に根を張った。


 「ダメだ!あれは僕らが買う!」


 「分かったから。……でも、君たちが用意できる金額じゃなかっただろ?どうして欲しがってるの?」


 「そんなの関係ないだろ!?」


 東地区出身であるからか、子供の威勢はハイドを圧倒している。ハイドはどうしたものかと困りながら粘り強く交渉した。


 「実はあの指輪を必要としている人がいるんだ。その人がどうして売ったのかは分からないけど、大切なものなんだと思う」


 「じゃあ、その人を連れてこいよ!」


 議論は平行線を辿る。そんな時、ハイドは一つの可能性を見出した。


 「もしかして、君たちはあの指輪を誰かに返そうとしてる?」


 「……関係ない」


 子供の表情が露骨に変化する。図星のようだった。


 「少し身なりの汚い女の人が元々これを所有していたはず。その人を知ってる?」


 「……誰のことだよ」


 「肩までの黒髪をした青い目の女の人。……知らない?」


 ヨシノの特徴を列挙する。すると、子供らはさらに反応を示した。ハイドは子供とヨシノに何か関わりがあったことを確信した。


 「知らない」


 「その人は今、自警団に拘束されてる。僕はその女の人のことを調べていたんだけど」


 ハイドが自警団手帳を見せると、子供はとうとう動揺を隠しきれなくなった。最初は黙っていた三人だったが、少しすると一番大人しそうな一人が口を開いた。


 「……どうして捕まっているんですか?」


 ヨシノを心配しているのか、その男の子の表情は不安に覆われている。ハイドは正直に答えた。


 「盗みをしたんだ。……指輪をね」


 「えっ!?」


 「その女の人はまだ何も話していないけど、もともと持っていた指輪はとても大切だったんだと思う。だから、取り戻すために別の指輪を盗んだ。僕はそう考えてる」


 ハイドは自分が立てた仮説を話す。子供はそれを聞いて頭をうなだれさせた。


 「……その女の人と何があったのか、話してくれないかな」


 ハイドはもう一度三人に尋ねる。すると、一人の子供が渋々といった様子で口を開いた。

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